プロに発注は正しいが

日本全国に支店をもつ企業が、ホームページからの問い合わせを各支店で対応することになり、フォームをそれぞれ作ることにしました。今までは本部で受けていたのですが、細かな対応は支店ごととなり、本部から客へ連絡した後に支店から客へ確認するといった二度手間も多いことから、各支店での対応にすることしたのです。

そこで、ホームページの管理会社にリクエストを告げると渋い顔をします。各支部単位でのデータ処理と、本部でストックしていたデータとの整合性をとるのが手間だと理由を並べ、時間を要求します。

後に分かったことですが、この会社はデータベースのカスタマイズやサーバコンピュータの管理を本業としており、「ホームページ」はあまり得意ではなかったのです。そして、稼いだ時間で「勉強」しようとしていました。笑い話のようですが、よくある話です。

サーバ管理とホームページ作りにはそれぞれ別のノウハウが求められます。自動車のディーラーを想像してください。ショールームで接客をする営業マンと、クルマの下に潜り込み機械油と汗にまみれる整備士は同じ「クルマ屋」であっても、職務内容が異なるようにです。 

IT、ホームページといっても全く異なる仕事をしていることがあり、そして喜劇が生まれます。

営業ツールとしてのホームページ

建築業界は縦と横のつながりが絡み合うことで成り立ち、一社だけで全ての仕事を請け負うことは現実的ではありません。横のつながりとは同業者、協力会社のことで、大きな現場や受注が重なった時は応援を頼み、大工なら左官や表具師といった専門職と連携して家を建てます。

また、縦のつながりは元請けと下請けの関係で、その階層は俗に孫請けひ孫受けといわれるもので、玄孫受けまで耳にしたことがあります。

建築業を営むS社長はデベロッパーの下請け仕事をしていましたが、折からの不況で仕事は激減し、危機感は日増しに強くなっていきます。しかし、これまで縦横のつながりで仕事を受けてきたことからS社長に営業経験はなく、どうやって仕事を取るのかが分かりません。

飛び込み営業をするにしても、賃貸住宅の居住者に声をかけていくのか、戸建て住宅を訪問して「建て替えませんか」とするのかも分かりません。そんな時、仕事仲間が「ホームページがいいらしいぞ」と囁きます。仲間も詳しくないと前置きした上で、ホームページを見たと勝手に電話がかかってくるといいます。夢のような話とS社長は飛びつきました。

お見合いする日々

ホームページ制作ができる社員を採用することにしました。求人広告を出すとすぐに応募があり、ひ弱そうな風体が「それらしい」と即決採用しました。給料は彼の希望額30万円で、いまだにホームページ制作には数百万円単位の投資が必要という都市伝説があり、それから比較すれば安いものです。

デスクだけはあり合わせですが、パソコンもソフトも彼が希望する品をすべて調達しました。内装などの配線は「本業」ですから簡単です。さて、ホームページ作りです。

彼は「業務内容は?」と訊ねます。営業をしたことがなく、仕事ぶりを見た同業者や関連企業から声がかかり取引先を増やしてきたS社長に「語れる」業務などありません。家を建てることなら全部できます。できないことは「仲間」の力を借りるのがこの業界の常識で、これをもって「できない」と答えることはありません。

そもそも自分の仕事を端的に説明できる人は希です。上手く説明できず、ひとまず業務に慣れて貰うために事務処理を手伝わせます。売り上げなどを表計算にまとめ、顧客情報をデータベースソフトに登録させます。しかし、すぐにやることがなくなります。縦と横のつながりだけでの取引先は何百件、何千件もないからです。そして、事務所の空間は彼と社長の沈黙に支配されます。

専門家のためいき

沈黙に耐えられなくなったのは彼でした。例えば「自分で考えてホームページをつくらんかい!」と怒鳴り命令すれば、もう少し違った結果となったのかもしれません。しかし、昔やんちゃをしていたものが多い職人の世界と違い、怒鳴れば倒れてしまいそうな体つきに言葉を控えていると、入社2週目に彼から退社を申し出ました。

彼のプロフィールには習得したスクリプト言語が颯爽と並び、開発に携わったサイトのなかには有名なモノもありました。IT業界での彼は引く手あまたかも知れません。しかし、全くゼロからサイトを作り上げた経験はゼロで、さらにはPerlやRubyときいて「宝石?」と聞きかえすような非IT業界人に、彼は宝の持ち腐れであると同時に無用の長物だったのです。つまりは、ミスマッチ0.2。需要と供給が完全にすれ違っています。

これはIT業界の孕む問題でもあります。プログラムを組むだけの社員がSEを名乗り、テンプレートをカスタマイズするだけのデザイナーに、客からの原稿をHTMLに置き換える作業をプロデュースと呼ぶコンサルタント。

コンテンツを作る能力はHTMLやプログラム作りの能力とは別の次元で論じられるべきですが、いまだにこの命題への答えが棚上げにされ、今日もどこかでミスマッチという喜劇の幕が開きます。

エンタープライズ1.0への箴言


「専門家の得意分野はみな微妙に異なる」