米国の宇宙企業スペースXは3月31日、「ファルコン9」ロケットにとって初めてとなる、一度打ち上げた機体をもう一度打ち上げる「再使用打ち上げ」に成功した。
ロケットのコストを劇的に引き下げ、人類の宇宙活動を大きく発展させる可能性を秘めたロケットの再使用化は、スペースXにとって設立以来の目標であり、長年挑戦と失敗と試験を繰り返し、開発を続けてきた技術である。彼らは自信と自負を込めて、このロケットをあえて「再使用」という言葉ではなく、「成功が約束されたファルコン9」(Flight proven Falcon 9)と呼ぶ。本連載ではその挑戦の歴史と、ロケットの仕組み、そして再使用ロケットがもつ可能性と未来を解説する。
第1回では、ロケットの回収と再使用に挑むまでの経緯について紹介した。
今回は、実際にファルコン9はどのようにして回収され、再使用されるのか、そしてかつての再使用ロケットである「スペース・シャトル」との違いはどこにあるのか、などについて紹介したい。
高度な技術で、シンプルな再使用
イーロン・マスク氏が2011年に、「ファルコン9」ロケットの再使用化について明らかにした際、スペース・シャトルの"失敗"を引き合いに出し、否定的な見方をする人々は多かった。
スペース・シャトルは開発当初、「毎週1機の頻度で打ち上げ、1回あたりの打ち上げコストは30億円」という目標を掲げていた。しかし実際には、打ち上げごとに500~800億円ほどのコストがかかったといわれ、結局引退まで、その目標を達成することはできなかった。
もちろん、多くの宇宙飛行士を運び、衛星を回収して持ち帰ったり、あるいはそのまま軌道上で衛星を修理したり、国際宇宙ステーションの建設を行ったりと大活躍し、大きな成果を残した偉大な乗り物であったのは間違いない。けれども、再使用ロケットとしては失敗に終わった。
マスク氏は2014年に、ファルコン9とスペース・シャトルとの違いについて、このように語っている。
「スペース・シャトルは不運な機体だったと思います。もともとの設計は良かったですが、必要条件の変化によって、効率的に再使用することができない機体になってしまいました。しかし私たちは、今考えている条件を守り続けることができれば、迅速に繰り返し打ち上げができる、完全再使用ロケットは開発できると考えています」
実際に、ファルコン9とスペース・シャトルとでは、異なる点は多い。むしろ異なる点しかないとも言えよう。
たとえばスペース・シャトルには、滑空飛行し、着陸するための大きな翼があるが、ファルコン9にはなく、小さな翼で姿勢を制御をしつつ、エンジンを逆噴射して着陸する。
またスペース・シャトルは、中心となる宇宙船部分「オービター」が衛星軌道まで行き、そこから大気圏に再突入して帰ってくる。この場合、減速に多くのエネルギーが必要で、何より再突入時の加熱に耐えるため、耐熱シールドなどが必要になる。
一方、ファルコン9の場合、帰ってくる第1段機体は、高度こそ宇宙空間といえる100kmあたりまで到達するものの、速度は秒速2kmほど、つまり人工衛星になるための秒速7.9kmに対して25%ほどしか出ていない。そこから帰ってくる場合、耐熱シールドは不要であり、オービターと比べると着陸の難易度は低くなる。
一言でいえば、スペース・シャトルが、再使用するために複雑なシステムになってしまったのに対して、ファルコン9はその失敗を教訓に、シンプルなシステムで再使用できるようになっている。
スペース・シャトルは狙った場所にゆるやかに着陸することができるものの、大きな翼と滑走路が必要になる (C) NASA |
ファルコン9はエンジンを逆噴射しながら、小さな安定翼やスラスターで姿勢を制御しつつ降下、着陸する (C) SpaceX |
狙った場所に正確に着陸でき、滑走路もいらない「パワード・ランディング」
しかしスペースXは、そのシンプルさを保つために、難しい技術開発も厭わなかった。その最たるものが、エンジンを逆噴射しての着陸技術である。
ロケットがエンジンを逆噴射しながら着陸する方法は、「パワード・ランディング」と呼ばれる。パラシュートのように空気抵抗で速度を落としながら着陸するのではなく、あるいはスペース・シャトルのように、大きな翼で滑空飛行して滑走路に着陸するのでもなく、ロケット・エンジンの噴射の力(パワー)で速度を落としながら降下して着陸(ランディング)することから、そう呼ばれる。
このパワード・ランディングには多くの利点がある。たとえばパラシュートを使う場合、風によって流されるため、ある場所を狙って正確に着陸することもできない。また、着陸時に完全に速度をゼロにすることもできないので、接地時にのみ噴射する小さな逆噴射ロケットをつけたり、あるいはある程度の衝撃が加わることを前提とした設計にしたり、少しでも衝撃が少なくなるよう海に降ろしたりといった配慮が必要になる。
スペース・シャトルのような翼は、パラシュートと違って飛行機のように狙った場所に目がけてゆるやかに着陸することはできるものの、そのために長い滑走路が必要になる。また、翼は打ち上げ時にはただの重りでしかなく、その分打ち上げ能力にとっては損となる。さらに余計な空力が発生するため、それを打ち消したり、制御したりする仕組みも必要になる。
その点、ファルコン9のようなパワード・ランディングであれば、エンジンの向きや機体の姿勢を制御することで狙った場所に着陸することができ、滑走路もいらない。もちろん着陸のための余分な推進剤や着陸脚、機体を制御する小型の翼などは必要になるものの、一方で逆噴射に使うエンジンはそもそも打ち上げでも使うため、"着陸に必要な追加部品"は最小限で済み、スペース・シャトルにとっての大きな翼ほど大掛かりなものにはならない。
ただし、こうした利点と引き換えに、それを実現するための技術はとても難しい。たとえば、地面まであと何mなのかを測り続け、それに合わせてエンジンの噴射力をリアルタイムで制御するのは至難の業である。
同時に、機体の姿勢を制御する難しさもある。手のひらに箒を立てる遊びがあるが、ロケットの下部でエンジンを噴射しながら機体の姿勢を制御し続ける難しさは、まさにその遊びに似ている。とくに、着陸寸前のロケットは推進剤のほとんどを使い果たしているため、機体の重心が打ち上げ時とは変わっている。また降下してくるにつれて速度を落とすため、横風などから受ける影響も大きくなる。
こうした速度が速すぎず遅すぎず、倒れないように、狙った場所に降りることの難しさは、スペースXが実際に成功するまでに、構想を含めると5年ほどの歳月がかかったことからも伺える。
もともとスペースXは、小型ロケット「ファルコン1」を開発していたころから、機体を回収し、再使用することを考えていた。当時は第1段機体をパラシュートで海に着水させることを考えていたものの、着水時の衝撃が大きく、機体が損傷してしまうため、とても再使用できないことが判明。そこで、ロケット・エンジンを逆噴射しながら着陸するという、難しいものの機体への負担が軽くできる方法へと転換した。
回収は海と陸のどちらでも
こうして考え出されたファルコン9の第1段の回収方法は、そのやり方は実にシンプルなものになった。
まず打ち上げられたファルコン9は、機体を徐々に傾けつつ高度を上げ、おおよそ高度80kmにさしかかったところで、第1段機体と第2段機体を分離する。ここまでは他のロケットとあまり変わらない。
しかしファルコン9が違うのは、この分離の時点で、第1段機体の中にはいくらかの推進剤が残されていることである。分離後、第1段機体はこの残った推進剤を使って、9基あるロケット・エンジンのうち3基を噴射する「ブーストバック噴射」を行う。これにより、今飛んできた向きと逆に戻るように飛行する。
やがて高度が落ち、機体は大気圏に突入する。このときエンジン1基を噴射する「突入噴射」を行い、落下速度を抑えつつ、さらにエンジンの噴射ガスで、大気から受ける空力加熱から機体を守る。
そして、グリッド・フィンと呼ばれる格子状の小さな翼や、窒素ガスを噴射するスラスターで姿勢や飛行方向を制御しつつ降下し、発射台の近くにある着陸場の真上にさしかかったところで再びエンジンを点火。この「着陸噴射」によって、まるでヘリコプターのように舞い降りる。
その後、機体はスペースXの工場へと運ばれ、点検や整備、場合によっては部品の交換などを行った後、再度組み立てられ、そして再び打ち上げられる。これを何度も何度も繰り返すこと、すなわち旅客機のような運用できるようにすることで、ロケットのコストを下げようというのがスペースXの考えである。
ファルコン9のもうひとつの特徴は、打ち上げの状況に応じて、第1段機体を発射台に程近い場所にある「第1着陸場」に降ろす場合と、海上に浮かべた船に降ろす場合とを、使い分けられるところにある。
第1着陸場に降りる場合は、第1段機体は前述したブーストバック噴射でUターンし、それまで飛んできたコースを引き返すようにして飛ぶ。船の場合はブーストバック噴射の量を少なくするか、あるいは一切行わずにほぼ自由落下するようにそのまま降下させ、あらかじめ回収用の船を降下先に待機させておき、その上に降ろす。
両者にはそれぞれ長所と短所がある。たとえば陸に戻る場合はUターンをする分、推進剤に多くの余裕が必要になる。しかし、発射台や整備棟に近い場所に降ろせるため、再打ち上げまでの輸送やメンテナンスの手間は楽になる。
一方、船に降ろす場合はUターンの必要がないため、推進剤は最小限で済み、衛星の質量や打ち上げる軌道の都合で余裕が少ない場合でも機体を回収できるようになる。しかし、水平方向の速度がある程度残った状態での着地になるため、技術的な難易度は上がり、さらに船を出したり、回収したロケットを港まで運んだり、さらに港で陸揚げしたり、と手間が増える。
後々のことを考えると陸への着陸のほうが良いものの、それでは回収できる機会が限られてしまうため、船での回収も併用する。陸地まで戻すか、それとも海上の船に降ろすかは、打ち上げの条件によって使い分けられている。もっとも、陸まで戻せる打ち上げというのはそう多くはなく、どちらかというと船で回収する場合のほうが多い。
陸に降りた際の長時間露光写真。長く続く明るい線が打ち上げ時のエンジンの光で、細く途切れつつ延びているのが降下し、着陸するまでのエンジンの光 (C) SpaceX |
海で回収する際に使われる船 (C) SpaceX |
参考
・Reusability: The Key to Making Human Life Multi-Planetary | SpaceX
http://www.spacex.com/news/2013/03/31/reusability-key-making-human-life-multi-planetary
・Background on Tonight's Launch | SpaceX
http://www.spacex.com/news/2015/12/21/background-tonights-launch
・SpaceX says reusable stage could cut prices 30 percent, plans November Falcon Heavy debut - SpaceNews.com
http://spacenews.com/spacex-says-reusable-stage-could-cut-prices-by-30-plans-first-falcon-heavy-in-november/
・SpaceX Dragon Headed to the ISS - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Nz60GcmKOvc
・Spaceflight Now | Falcon Launch Report | SpaceX achieves controlled landing of Falcon 9 first stage
https://spaceflightnow.com/falcon9/009/140419reusability/