【コラム】

欧州から眺めるITトレンド

85 ファイル共有を称賛する「Kopimism」を宗教団体として認めたスウェーデン

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「つくづく面白い国だな」と思う。北欧の大国・スウェーデンのことだ。福祉にスポットが当たることが多いが、トップレベルのブロードバンド普及率を誇るIT立国であり、「環境をビジネスに」と環境立国も目指している。さすがはヴァイキングの子孫、したたかさと合理さを併せ持つのがこの国の人々だ。

今回驚いたのは、新しいベンチャー企業誕生などの類ではない。ファイル共有(正確には「知識の共有」)を推奨する思想グループが、国から正式に宗教団体として認められたと聞いたからだ。"ファイル共有の温床"と指摘されることもあるBitTorrentの検索サイト「The Pirate Bay」を生んだこの国では、インターネットは産業にとどまらず、政治・哲学・宗教といった分野に影響を及ぼし始めているように見える。

クリスマスの直前に宗教団体として発足したのは「Kopimistsamfundet(英語名はChurch of Kopimism、以下Kopimism)」だ。Kopimiの意味は「Copy Me」で、情報やコンテンツのコピーによる共有を奨励している。

「「Kopimistsamfundet」のWebサイト

Kopimismの創始者は20歳の哲学専攻の学生であるIsaac Gerson氏だ。コンテンツの共有は「海賊(=pirate, piracy)」と言われることが多いが、Gerson氏は情報の共有は「美」や「愛」と考えている。Gerson氏はブログで、「情報は高徳なもので、コピーすることは神聖な行為」「コピーされることは賞賛の最高形」と説いている。シンボルはピラミッドの中央にC(コピー)を配したマークで、「Ctrl+C」「Ctrl+V」(おわかりだろう、コピーとペーストのコマンドだ)を崇拝物としている。

Kopimismのニュースを読みながら、スウェーデンで発足した政治団体「海賊党」を思い出した。2009年の夏、欧州議会選挙で議席を獲得して勢いに乗っていた海賊党の創始者、Rickard Falkvinge氏と話をする機会があった。Falkvinge氏は特許システムの廃止と著作権法の見直しを柱に政党を打ち立てた人物で、「共有はよいこと」を基本的な考えとしている。「インターネットによって容易になる共有の時代に向け、制度も変えていこう」というのがFalkvinge氏のアイディアで、海賊党はその後、ドイツ、英国にも広がった。特にドイツでは、2011年のベルリン市議会選挙で大躍進し、15議席を獲得したことが大きく報じられた。

スウェーデンの英語情報誌「The Local」などを見ていると、やはりKopimismは海賊党と関係があるようで、Gerson氏は海賊党のサポーターとして活動していたとのこと。哲学を学ぶGerson氏は、共有の思想から宗教性を見いだしたのかもしれない(宗教には明るくないが、どの宗教も基本的に共有することを推奨しているとは思う。だが、17・18世紀に法律として登場した著作権のあるものとなるとどうなのだろう?)。

Gerson氏は2010年にKopimismの土台構想を練り、その後1年以上にわたり、宗教団体としての申請を試みた。現在、KopimismはGerson氏のほか、チェアマンとしてGerson氏の右腕を務めるGustav Nipe氏が主導しているようだ。Kopimismによると、宗教団体として認められた後、信者は急増し3,000人を超えるという。

Kopimismとはどういうものか、もう少し詳しく説明しよう。情報はそれ自体に価値があるという大前提の下、各自が持つ情報を等しく分け合うよう諭している。他の人の情報をコピーやリミックスすることは、敬意を表する行為、受け入れを示す行為であり、情報がコピーされれば価値も増えていく

このように、コピーという行為はKopimismにおいて柱となっている。単にコピーするだけではない。情報を持つメンバーに対しては、自分のコンテンツやWebサイトにkopimiのロゴを付けてほかの人と共有したいという意思を示すことも奨励している。KopimismのWebサイトには、"Copy and Seed"(コピーして種を蒔け)という文言が繰り返し見られる。

Kopimismのメンバーになるのに大きな制約はないようだ。Kopimismの思想に同意して実践する、そのためにKopimismにいくつかの個人情報を開示することに同意すれば、誰もが信者になれる。実際、ロシア語のWebサイトが立ち上がったと思ったら、この1~2日間でカナダ、米国、フランス、デンマーク、ルーマニアと、各国で次々とKopimismのサイトが立ち上がっている。

Kopimismは宗教団体として認められたが、「セクト(カルト)ではなくなった」というだけで、法が変わったわけではない。著作権のあるものの複製が法で認められない限り、著作権を持つ音楽や映画をファイル共有すると不正行為となる。なお、The Localによると、スウェーデンで宗教団体として認定されることは、企業の登記とそれほど大きく変わらないとしている。

コピーが正しいことなのかは各人により意見が異なる。だが、スマートフォンを一度使い出すとフィーチャーフォンに戻れないように、インターネットにより一度得た"イネーブラー"を人々から奪うことは難しい。

海賊党のFalkvinge氏は、「海賊党結成という事象は、環境の主義・主張を政治に反映させようと政党(緑の党)が誕生したのと同じことだ」と語っていた。新しい時代とはどうあるべきか、スウェーデンの試行錯誤から世界が学ぶことは少なくないように思える。

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インデックス

連載目次
第87回 子供たちにプログラミングを - 35ドルコンピュータ「Raspberry Pi」の願い
第86回 人間には「忘れられる権利」がある - EUが17年ぶりにデータ保護法改正
第85回 ファイル共有を称賛する「Kopimism」を宗教団体として認めたスウェーデン
第84回 Hadopi 3でストリーミングも取り締まるフランス、P2P対策不要としたスイス
第83回 決断迫られるAssange氏、WikiLeaks活動にも危険信号
第82回 英国暴動とソーシャルメディア - Twitter規制検討の一方で警察は捜査に活用
第81回 英国でCDリッピングが合法に、著作権法改正の道筋示した英政府
第80回 LulzSecやAnonymousはオタクの発展系!? 英国で逮捕された19歳の横顔
第79回 ネット業界と政府で議論が分かれた、初開催のネット版G8「e-G8」
第78回 音楽サービス「Spotify」の施策から読み取る、音楽ビジネスの最新動向
第77回 "オリンピックまで"は断念! 世界最古の地下鉄でモバイル環境は整備されるか
第76回 訴訟問題に悩まされるPlayStation 3、オランダでは輸入指し止め令
第75回 普及を阻むものはライセンス構造か違法DLか… 課題山積のデジタル音楽業界
第74回 ISPレベルでポルノ遮断は可能なのか? ネット上の規制に悩む英政府
第73回 "Angry Birds"で頭ひとつ抜け出したスマホの有望ベンチャー Rovio Mobile
第72回 iPadオンリーのメディアビジネスに参戦したVirginとNews Corpの勝算
第71回 米AppleがエンベデッドSIM開発中? あの手この手で対抗する欧州オペレータ
第70回 次の世界大戦はサイバー戦争!? - EU加盟国が大規模な"軍事演習"を実施
第69回 好決算ながらも人員削減、Symbianへの不安も消えず… 波乱含みの新生Nokia
第68回 抵抗するISPも… Hadopiスタート後も難航する仏の違法ダウンロード対策
第67回 Webアプリ開発のクロスプラットフォーム環境を目指す"Webinos"
第66回 あの"iPadキラーではない"WeTab、初のMeeGoタブレットとして9月デビューへ
第65回 SNSの負の影響から就職活動を守れるか? ドイツ政府の新プライバシー法案
第64回 スウェーデンこそは最後の砦 - WikiLeaksは"報道の自由"を貫けるのか
第63回 "Project Canvas"前進中 - インターネットとTVの融合が現実味を帯びてきた
第62回 ワールドカップ惨敗に続き…公式Webサイトダウン&偽造で悩めるフランス
第61回 ル・モンド身売りが象徴する既存メディア再編の時代
第60回 結局何の意味があったのか? 英国の生体認証IDカード、1年足らずで廃止へ
第59回 英国版"事業仕分け"でICT教育機関が廃止に - デジタルデバイドが悪化する?
第58回 ドイツで厳しい監視下に置かれているGoogle Street Viewの撮影車
第57回 TwitterにFacebook、ソーシャルメディアが英国総選挙に果たした役割は…
第56回 あまりにもフリーダム!? 10カ国のプライバシー機関がGoogleに抗議
第55回 違法ダウンロード対策は曖昧なまま… 反対派を押し切って英国でDEBが成立
第54回 BBCの"無料(フリー)"戦略に反発と危機感を強める既存メディアたち
第53回 街がまるごとLinuxに移行 - 欧州政府機関はOSSがお好き
第52回 欧州ブラウザ騒動 - DL大幅増のOpera、シェア下落のIE、不満残るベンダも
第51回 欧州で強まるGoogle包囲網、後ろで操るのは本当にMicrosoftなのか
第50回 スマートフォンのトレンドは"小型化&ミッドレンジ" - MWC 2010を振り返る
第49回 突然のCEO交代に見るSAPの内憂外患 - ERPの王者が抱える重たい苦悩
第48回 著作権と人権のはざまで揺れる英国の違法ダウンロード対策のゆくえ
第47回 "スマートフォンシェア40%"は本当か - 勢いを失った王者・Nokiaの現状分析
第46回 "インターネットの父"バーナーズ・リー卿が指揮する英国政府のデータ公開
第45回 イノベーションは文化の敵!? - フランスで持ち上がる"Google税"
第44回 今度こそ宇宙へ発てるのか - 測位衛星システム「Galileo」への期待と不安
第43回 "違法ダウンロード規制"こそ違法? HADOPIスタートで幕を開けた2010年
第42回 ユーザーからの得票合戦に発展 - MySQLをめぐって激化するOracle vs. EC
第41回 Virgin Galacticが宇宙船「SS2」をお披露目へ - 初の宇宙旅行実現なるか?
第40回 スイス政府、「Google Street View」はプライバシーに反すると提訴
第39回 O2とOrangeのマルチオペレータ方式でも成功する英国iPhone市場
第38回 Skypeの設立者、狙い通りSkypeの株主に復帰するも前途は多難!?
第37回 祝「Ubuntu 9.10」リリース! 直後の英Canonical本社を訪問してきました
第36回 フランスで違法ダウンロード対策法"Hadopi 2"が成立
第35回 スマートフォンで遅れを取るNokiaを救うのはQtか
第34回 1年半で自殺者24人、フランステレコムの事件が問いかけるもの
第33回 Skype創業者の狙いはeBayからのSkype奪還か - 激化する訴訟合戦
第32回 「Google Books Search」和解案 - あせりと保護主義が錯綜するEU
第31回 大事なのはJavaじゃなくてMySQLの扱い - Oracleに"待った"をかけたEUの思惑
第30回 携帯電話メーカーからコンシューマブランドへ - Nokiaの新たな方向性
第29回 小宮山社長が退任、ストリンガー会長が就任 - ソニエリは立ち直れるのか
第28回 久々に成功しつつある無料音楽配信サービス"Spotify"のビジネスモデル
第27回 革新的なテキスト変換技術か、ただの読み上げか - 英SpinVoxへの疑惑
第26回 Webブラウザの選択画面とEU向け高価格 - Microsoftの対EC政策に批判の声
第25回 オープンソース転身を進めるSymbian Foundationの課題
第24回 モバイルで起爆するSNSとTV - TVにはまだ可能性がある!?
第23回 The Pirate Bayが売却へ、それでも残る音楽業界の課題
第22回 NokiaとIntelの提携は何を意味するのか - 大きく揺れるモバイル市場
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第18回 汎欧州"iTunes Store"が実現するか - オンライン音楽市場を巡る各者の思惑
第17回 オープンソースは政治問題に? - 欧州議会選挙でフリーソフト団体が市民活動
第16回 違反者は"欧州納税者のスポンサー" - EC、今度は米Intelに10億ユーロの罰金
第15回 モバイルで再び輝きはじめたSkype、その運命は?
第14回 オンライン広告技術"Phorm"で問われるプライバシー侵害の境界線
第13回 違法ダウンロードに対するネットアクセス遮断法案が難航中のフランス
第12回 15周年を迎えたOpera Softwareの独自路線 - PCだけが戦場じゃない
第11回 Nokiaがモバイル決済ベンチャーに出資、欧州でもおサイフケータイ市場が!?
第10回 Google Street Viewが英国で開始、プライバシー懸念の声も…
第9回 発展するEUのオープンソース利用、加盟国共同で活用へ
第8回 Skypeはまだ敵なのか? NokiaのSkypeバンドルに反発する欧州オペレータ
第7回 世界最大のモバイルイベント「Mobile World Congress 2009」取材後の感想
第6回 独SAPがモジュラー式「Business Suite 7」を発表、気になるSaaS戦略
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