セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼CEO(経営最高責任者)が突然の辞任を表明し、世間を驚かせました。鈴木会長はセブン-イレブンのみならず日本のコンビニエンスストア育ての親とも言われるカリスマ経営者です。それだけに今後セブン&アイの経営がどうなるのか、コンビニ業界の勢力図に変化が起きるのか、大きな関心を集めています。

今回の辞任劇の原因は、鈴木会長が中核子会社であるセブン‐イレブン・ジャパンの井阪隆三社長兼COO(最高執行責任者)を退任させる人事案を取締役会に提案したところ、取締役会が否決したためです。一般的に言って、CEOの提案を取締役会が否決すること自体が珍しいことで、ましてカリスマ的な存在である鈴木会長の人事提案が取締役会で否決されるなど、以前なら考えられなかったことです。

鈴木会長は井阪社長を交代させようとした理由を「彼が作り出したものは何もない」(7日の記者会見)などと語りました。自分が今日のセブン-イレブンを作ってきたという自負に加えて、現在でも重要な経営判断はほとんど自分で行ってきた鈴木氏の目には、「井阪氏はCOOとして物足りない」(同)と映ったのでしょう。

企業経営のあり方に3つの問題点

実際に鈴木氏と井阪氏の間にどのようなことがあったのか事情はわかりませんが、企業経営のあり方から見て3つの問題点を指摘することができます。

第1は、まず業績面です。ちょうど鈴木会長が辞任表明した日の4月7日にセブン&アイは2016年2月期決算を発表しましたが、営業利益は前期比2.6%増の3523億円と5期連続で最高益を更新しました。そのうち井阪社長率いるセブン‐イレブン・ジャパンは2350億円(前期比5.2%増)の営業利益を上げており、セブン&アイの稼ぎ頭となっているのです。

セブン&アイ・ホールディングスの業績推移 - 営業利益は5期連続で最高益

セブン&アイにはスーパーのイトーヨーカ堂、百貨店のそごう・西武などの主要な子会社がありますが、こちらは業績が低迷しており、セブン-イレブンがグループ全体の業績を支えていると言っても過言ではありません。その社長を交代させるというのは、やや無理があったように見えます。

セブン&アイ・ホールディングスの主要会社別業績

第2は、企業統治(コーポレートガバナンス)の観点です。セブン&アイには指名報酬委員会という組織があり、報道によると実は井阪社長の交代案について事前に議論したものの反対論が出て委員会としての結論は出ていなかったそうです。

この指名報酬委員会というのは、役員やグループ各社の社長などの人事について取締役会で決める前に、社外取締役などもメンバーに入って議論する組織です。一昔前までは、企業の役員人事はトップの腹一つで決まるもの、議論して決めるようなことではないというのが半ば常識でした。しかし今の時代は株主や市場が納得する透明性と説明責任が求められており、それにこたえるものとして、指名委員会を導入する企業が増えています。

セブン&アイの委員会は、同社の鈴木会長と村田社長、それに2人の社外取締役の合計4人がメンバーとなっていますが、その2人の社外取締役は井阪氏のセブン‐イレブン・ジャパン社長交代案に反対したと報道されています。それにもかかわらず鈴木会長は人事案を取締役会に提案したわけで、コーポレートガバナンスから逸脱した行為と批判されてもやむを得ないところです。

逆に言うと、社外取締役や指名報酬委員会はコーポレートガバナンスの機能を発揮したとも評価できるでしょう。

また今回は、「モノ言う株主」として知られる米投資ファンドの反対もあったと伝えられています。取締役会で否決されたのは、こうした流れが背景になったと推測できます。

いかに偉大なトップであっても、これら関係者の理解を得られないまま自分の考えを押し通すことはできないことを示したわけで、これもガバナンス機能が働いた結果と言えそうです。

第3は、後継者選びという課題です。一般的に、偉大なトップほど後継者選びが難しいと言われます。鈴木会長が今日のセブン&アイを作り上げたことは誰もが認めるところです。重要なことはすべて鈴木会長が決定を下し、細かいところにまで目を配ってダメ出しをすることもしばしばだったそうです。

それだけに、後継者や部下に求める要求水準が高くなっていたことは想像できます。鈴木会長が井阪氏について「物足りない」と語ったのは、鈴木氏の正直な評価だったのかもしれません。しかしその井阪氏を中核子会社の社長に据えたのは鈴木氏なのです。それを「物足りない」と言って退任させるといような人事をしていると、往々にして後継者がなかなか育たないという弊害を生み出しがちです。同社ではこれまでも後継者候補と目されながら辞めていった人が何人かいるそうです。

その一方で、今回ささやかれていたのが鈴木会長の次男・康弘氏への世襲観測でした。最近になって康弘氏は取締役に就任するなど異例の出世を遂げていたそうです。鈴木会長は退任記者会見でこのことを問われ「なぜ息子の話が出てくるのか。社内でもその話が飛び交っているときいて驚いた」と世襲説を否定しましたが、こうした観測が出ていたことが今回の騒動と絡んでいたとすれば、後継体制作りの難しさが表れていると言えるでしょう。

今後のセブン&アイはどうなる?

それでは今後のセブン&アイはどうなるのでしょうか。19日に取締役会を開いて新しい経営体制を決めるとのことで、当面はその人事が焦点です。基本的な経営路線は今後も継続されると見られますが、カリスマ経営者が退任した後もセブン&アイが強さを発揮し続けることができるか注目されるところです。

現在のコンビニ業界ではセブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンが3強と言われますが、売上高、利益など業績はセブンの強さが際立っています。コンビニの新しい商品開発やサービスなども常に業界他社に先んじて手がけてきました。これらについては、ちょうど1年前に本連載で詳しく書いた通りです(第24回「セブンが独走し明暗分かれるコンビニ業界--セブン好調はマック低迷と関係!?」2015年4月21日付け)。

コンビニ3社の業績など(2016年2月期)

これを作り上げたのは、間違いなく鈴木会長です。こんな話を聞いたことがあります。セブン-イレブンは数々の新商品を次々に開発していますが、その一つ一つについて役員試食会を開催し、最終的に鈴木会長のOKが出たものだけが店頭に並ぶそうです。商品によっては10回以上もやり直しを命じられたものもあるということです。

その鈴木会長がいなくなるのですから、先行きに不安が出てくる可能性はあります。ライバル各社は「今がチャンス」とセブン攻略に力を入れることでしょう。特にファミリーマートはサークルKサンクスを傘下に持つユニーと今年9月に統合を控えており、攻勢を強めることが予想されます。

ただセブンには新商品開発力、きめ細かい配送システム、地域ごとの専用工場など強固な仕組みが出来上がっており、これが強さの源泉となっているのですが、これはトップが変わったからと言ってそう簡単には崩れるものではないでしょう。ただ消費者ニーズや時代の変化は激しいだけに、絶え間ない革新がカギとなりそうです。

セブン&アイとしての経営の課題はむしろ、コンビニ部門よりもスーパー、百貨店部門の立て直しです。その点では、イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊氏と伊藤家の存在が気になるところです。今回の井阪氏の社長交代案に伊藤氏は反対したそうで、これも鈴木氏が退任を決めるきっかけの一つになったと見られますが、その結果、今後は伊藤家の発言力が高まる可能性がありそうです。

しかし前述の米投資ファンドはスーパーと百貨店事業のリストラを要求しており、現在のセブン&アイにとっては、その伊藤氏が創業したイトーヨーカ堂の経営立て直しが求められているのです。伊藤家の発言力が高まるとすれば、それがスーパーなどの立て直しに何らかの影響を及ぼすのかどうか、これも注目点の一つになるでしょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。