連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
中国が"ソフトムード"に変化した背景は?
日本政府は、中国が主導して創設するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加見送りを決めましたが、その是非をめぐり議論が続いています。ちょうどそのさ中、安倍首相と習近平国家主席との日中首脳会談が行われ、続いて安倍首相はオバマ米大統領との首脳会談などのため訪米の途につきました。日米・日中の関係はきわめて重要な局面を迎えています。
22日にインドネシアで行われた日中首脳会談のニュース映像を見ていて、両首脳がぎこちなさを残しながらも笑顔で握手していたのが印象的でした。昨年11月の初会談の際は習主席が終始仏頂面で険悪なムードでしたが、それから比べるとずいぶん態度が変わったものだと感じます。内容の面でも「日中関係は一定の改善」で一致しました。
また首脳会談に先立ち、安倍首相はアジア・アフリカ会議(バンドン会議)で演説し、先の大戦への「深い反省」を表明しましたが、「植民地支配と侵略」や「心からのおわび」には触れませんでした。しかしそれに対する中国政府のコメントは批判をかなり抑制した内容でした。
中国がこのようにソフトムードに変化した背景には、AIIBへの日本の参加を促したいという思惑があるからです。AIIBにはヨーロッパの主要国が軒並み参加し、創設メンバーは当初の想定を上回る57カ国に達しました。中国としては上出来のスタートとなったわけですが、それでも運営が不透明になるのではないかとの疑念が国際的には強いのが実情です。そこで中国は、AIIBが国際機関としての信用力を高めるためには日本の参加が必要だと認識していると見られます。
「シルクロード構想」と「AIIB」で中国主導の経済圏を形成していく戦略
AIIBは、アジアなど新興国のインフラ投資のプロジェクトに資金を融資することを目的としていますが、中国はAIIBの最大の出資国として影響力を強め、米国に対抗する大経済圏を作る狙いがあります。
一方で、習近平政権はシルクロード(一帯一路)構想を掲げています。これはアジアから欧州に到る国・地域の鉄道や道路、港湾など陸と海のインフラを2ルートで整備する構想で、2014年末に中国人民銀行の傘下に「シルクロード基金」を創設しました。同基金がアジア各国のインフラ整備を支援するというものです。つまり、「シルクロード構想」とAIIBがクルマの両輪のような形で中国主導の経済圏を形成していく戦略なのです。
そして中国のこの国際的な経済戦略は、軍事的にも海洋進出を進め大国としてのプレゼンスを高めているのと軌を一にしています。安保と経済は密接につながっているのです。
したがって日本がAIIBに参加すれば、中国は日米の間にくさびを打ち込み、中国主導の国際金融の枠組みに日本を取り込めることになります。それはとりもなおさず、日米同盟に亀裂を生じさせることを意図するものなのです。したがってこの観点からは、日本がAIIB参加を見送ったことは妥当だったと思います。
IMF(国際通貨基金)やアジア開発銀行などに多くの国が不満
逆に言えば、だからこそ中国は日本に対してソフトムードで参加を呼びかけ続けているのです(もちろん、戦後70年談話の内容次第ではまた事態が変化するかもしれませんが)。ただ、AIIBは欧州など多数の国が参加したことによって、より透明な運営が求められるようになり、中国が恣意的に影響力を行使することがしにくくなる可能性もあります。ある意味では中国にとっては痛しかゆしかもしれません。今後は日本が参加して内部から監視するという選択肢も排除すべきではないでしょう。
また、欧州やアジア各国が予想以上にAIIBに参加したことは、IMF(国際通貨基金)やアジア開発銀行など既存の国際金融機関の運営に対し、多くの国が不満を持っていることの表れです。日本はIMFへの第2位の出資国、アジア開発銀行は第1位の出資国ですので、それらの改革にも取り組む必要がありますし、個別プロジェクトによってはAIIBとの連携などの模索も必要かもしれません。ただそれにしても、今後もAIIB問題は、前述のような中国の狙いと戦略をよく頭に置いたうえで議論していく必要があります。
AIIBの狙いと戦略に対応するのが「TPP(環太平洋経済連携協定)」妥結
では日本と米国は、中国のそのようなAIIBの狙いと戦略にどのように対応すべきでしょうか。その答えの一つがTPP(環太平洋経済連携協定)妥結なのです。
安倍首相の訪米を控えて、TPPについての日米の交渉が精力的に行われ、全面決着には至りませんでしたが一定の前進がありました。皆さんの中には、TPP問題はしばらく動きがなかったのに、急に最近になってニュースになっているなあと感じている人が多いのではないかと思います。それには安倍首相の訪米前というスケジュールの事情もありましたが、同時にAIIB創設という中国の動きをにらんだものなのです。
TPPはもともとシンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの4カ国で2005年にスタートしましたが、2010年以降に米国などが交渉に加わり、現在では12カ国が交渉に参加しています。TPPは原則「関税ゼロ」の自由貿易圏を作ることが目的で、それによって参加各国の経済成長に貢献するとともに、広い範囲で自由経済圏を形成し世界経済全体にも利益をもたらすことが期待されています。と同時に、そのことは経済の面での中国の影響力拡大を抑えることにつながるのです。
そしてその中心にいる米国と日本が、まさにこのタイミングで連携を強めることが重要になっているのです。TPPをめぐっては、よく「日本が米国に都合よく利用される」「日本の一部産業や農業が打撃を受ける」として反対する声がありますが、TPPのこのような意義をしっかりと認識した上で議論すべきです(そのうえで、マイナスの影響が出る分野については激変緩和措置など個別に政策的な対応策をとることが必要になるでしょう)。TPPによって日本が関税引き下げとゼロの恩恵を最大限に生かすとともに、アジアの成長を取り込み、日本経済の本格的な復活につなげることが重要です。これはアベノミクス「第3の矢」・成長戦略でもあるのです。
このような観点から、今回の日米首脳会談は従来にも増して重要な意味を持っています。日米同盟の強化と経済連携、そして中国に対する対応で、どのような内容になるかに注目しましょう。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。