連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


なぜ原油価格は下落している!?

このところ原油価格の下落が目立っています。原油価格はここ数年は1バレル=100ドル前後で推移していましたが、今年秋以降は下落が続き、特にOPEC(石油輸出国機構)が11月27日に開いた総会で減産を見送ったことから一段と急落しました。NYの原油先物市場で代表的な油種であるWTIは1バレル=65ドル台まで下げ、2010年5月以来約4年半ぶりの安値をつけました。

原油価格の推移

このような原油価格下落は世界的な原油の供給過剰が背景にあり、供給過剰の最大の原因が米国のシェール革命です。シェール革命という言葉はニュースなどで聞いた人が多いと思います。従来は、地下深い岩盤のシェール層(日本語では「頁岩=けつがん」)と呼ばれる地層の中から原油や天然ガスを採掘することは困難でしたが、21世紀に入り大量に採掘できる技術が米国やカナダで開発され、その生産が急増しています。

シェールオイル掘削リグの内部。ここからパイプが地中深くもぐっていく(C)石井清

その結果、米国の原油生産全体が大幅に増加しています。米エネルギー情報局の原油生産週間統計によると、11月に日量平均900万バレル台に乗せ、1983年の同統計開始以来、最高を記録しました。米国は世界最大の石油消費国ですが、この原油増産によって原油の輸入量は激減し、そのため世界的に原油が余り気味になっているのです。

なぜ「OPEC」は原産しないのか?

こうして原油価格の下落が続けば、これまでなら価格維持のためOPECが減産するところです。今の若い人は「OPEC」と聞いてもピンとこないかもしれませんが、かつてはOPECは原油価格の決定権を握り世界経済の命運を左右するほどの存在でした。1973年にイスラエルとアラブ諸国による第4次中東戦争が勃発すると、OPECは1バレル=3ドル程度だった原油価格を一気に12ドルに引き上げるとともに、イスラエルを支援する欧米諸国への供給削減を通告、第1次石油危機を引き起こしました。1979~1980年には原油価格をさらに3倍に引き上げ、第2次石油危機が起きました。

OPECの現在の加盟国は12か国。定期的に開く総会で加盟国合計の生産量の上限を決めて生産調整をしており、原油価格が下落すれば生産量を減らして価格の下落に歯止めをかけるのが常でした。ところが今回、これほど価格が下落しているにもかかわらず減産を決めなかったのです。そのため価格がさらに急落したというわけです。

OPEC(石油輸出国機構)の加盟国

OPECが減産に踏み切らなかった理由も、これまたシェール革命でした。シェール革命によって米国の原油生産が増えているため、ここでOPECが減産するとシェアが減ってしまうからです。OPECが価格維持よりシェアを優先したことで、価格下落は一段と進む可能性があります。市場には「OPECと米国との安値我慢比べ」との見方も強まっています。

原油価格下落はどのような影響をもたらす?

それでは、原油価格下落はどのような影響をもたらすのでしょうか。総じて言えば、日本経済にとってプラスです。すでにガソリン価格の下落が進んでいることは周知の通りです。資源エネルギー庁の調査によると、11月25日時点のレギュラーガソリン価格(全国平均)は1リットル158.3円で、20週連続の下落、今年3月10日以来約8か月ぶりの安値をつけました。ただその時点では消費税が5%でしたから、実質的にはもっとさかのぼって2013年7月以来の安値となります。

国内ガソリン価格の推移(レギュラー、全国平均)

もともとガソリン価格は、円安の影響で上昇傾向が続いていました。最近は一段と円安が進行していることを考えればガソリン価格も上昇してもおかしくないわけで、原油価格の大幅な下落が円安による輸入価格上昇分をも上回っていることを示しています。

原油価格の下落はガソリンなどの石油製品だけでなく、原油由来の幅広い原材料価格の引き下げにもつながり、企業にとっても個人にとっても恩恵をもたらします。日本の景気が微妙な状況になっているだけに、そのプラスのインパクトは大きいものがあります。

1980年代後半も原油価格が急落、日本経済に大きなメリット

実は、今回の原油価格下落の様子を見ていて、1980年代後半を思い出しました。ずいぶん古い話で恐縮ですが、その時期にも原油価格が急落し日本経済に大きなメリットをもたらしました。それは、前述のように1970年代~1980年にかけての2度の石油危機で原油価格が跳ね上がった結果、世界中が不況に陥り原油の需要が落ち込んだことが発端でした。また日本など先進国が省エネを推進したことも原油需要の減少に拍車をかけ、1980年代後半から一転して世界的に原油が余るようになったのです。そのため原油価格は30ドル台から一気に10ドル割れまで急落しました。

そのおかげで日本では折りからの円高と金利低下に原油安を加えた「トリプルメリット」と呼ばれる現象が起きたのです。ちなみに円高メリットとは、輸入物価が下落したことによって海外からの高級ブランド品やワイン、輸入車などが割安で買えるようになり購買力が拡大したことを指します。当初は円高によって不況に陥りましたが、この「トリプルメリット」のおかげで、短期間で景気は回復し、これがやがてバブル景気へと発展していったのです。それほどトリプルメリットはインパクトが大きかったのです。

今回の原油価格下落は同じような効果をもたらす可能性があると見ています(バブル再来ではなく景気回復という意味で)。「新・トリプルメリット」と言ってもいいかもしれません。金利低下も同じですが、現在の金利水準の方がはるかに低いので、当時以上のメリットです。円高と円安は逆ですが、もともと日本経済にとっては円安のメリットが大きいのです。最近は円安によって輸入物価が上昇して経済にマイナスとのイメージが強くなっていますが、経済全体が上向いて来れば本来の円安のメリットが発揮されてくるでしょう。

このように恩恵の大きい原油価格下落ですが、注意すべき点も忘れてはなりません。その最大の懸念は、価格下落が長期化すれば有力産油国である中東諸国の経済に打撃を与える可能性があるということです。それは中東情勢の不安定化につながる恐れもあります。またOPEC加盟国ではありませんが世界有数の産油国であるロシアにも影響が及ぶ可能性もあり、これらが世界経済にとって波乱要因になりかねません。こうしたリスクもしっかり頭に入れておく必要があります。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。