【コラム】
この連載では、「Adobe InDesign CS5.5」からタブレット端末向けの電子マガジンを作成・配信できる「Adobe Digital Publishing Suite」(以下、ADPS)を中心に、電子出版制作のための新しいワークフローについて考えていく。前回にひき続き、今回も、2011年の電子出版の状況や問題点を振り返りつつ、来年の動きについて考えていきたい。
電子出版の閲覧環境が整いつつある状況であるが、コンテンツのマーケットについてはどうだろう。iPad、iPhoneにはepubやpdfで電子書籍を提供する「iBookStore」はあるものの、日本語の書籍は全くといっていいほど販売されていない。現状のiOS、AndroisOS端末向けの電子出版物の販売スタイルとしては、単体のアプリや、限られた出版社が提供するストアサイトでの閲覧アプリ配布+データ販売が主流であり、確固たる地位を築いているサービスはまだ登場していない。
Amazonが展開する電子書籍ストア「Kindle」の日本版開始にあたり、大手出版社がAmazonとの交渉をしているという情報もあるが、本稿執筆の2011年12月21日時点では、まだ実現されていない。ただ、2011年10月29日に公開されたBLOGOS編集部の記事『「こんなの論外だ!」アマゾンの契約書に激怒する出版社員 国内130社に電子書籍化を迫る』や、それを受けて角川グループホールディングスの取締役会長の角川歴彦氏が2011年11月8日に語った内容『「11条件くらいに煮詰ってきた」角川会長、アマゾン電子書籍の交渉を認める』などによると、Kindle日本版ストア開始も間近に迫っていると予想される。
電子書籍を閲覧できる端末は売れているが、電子書籍の強いストアがない。このような状況が続いているが、この1年で急速に延びた電子出版ビジネスがある。それは「自炊代行」サービスだ。読者が持っている本をスキャンしてPDFなどのデジタルデータにすることが「自炊」と言われ、それを1冊あたり100円程度で代行する業者が続々登場したのだ。
本自体は裁断してスキャンされるため、物理的には元に戻らないが、読書好きのユーザーにとっては、場所をとる本をデジタルデータにしていつでも見られる状態にできることから歓迎されている。筆者の周りにも、数百冊の蔵書を思い切って処分(自炊代行業者に依頼)してタブレットで楽しんでいるという人もおり、自炊代行ビジネスの浸透を身近に感じている。
この自炊代行業にあまりいい顔をしていないのが出版社だ。所有している本を私的複製の範囲としてスキャンする行為は著作権法として認められているものの、「本来の持ち主以外の者が複製をする行為は適法か」という議論や、裁断された古本の販売および自炊代行と称して、その実デジタルデータのみを販売する行為も考えられるなど、出版社の既存のビジネスを脅かす可能性があるからだ。
今年、大手出版社や名だたる作家らが、複数の自炊業者に対して質問状を送ったり、その質問に満足のいく回答を得られず、その業者を訴えるといった動きもあった。一方では、「自炊代行と不正コピーは別の話」、「そもそも電子書籍を売ってくれれば自炊する必要はない」、「買った本を送るから、出版社自身が自炊してくれ」といった意見もある。
書籍に限らず海賊版の問題は以前からあり、現状では有効な解決策も見つかっておらず、不正なコピーや配布行為を防ぐのは難しい。出版業界にとって、既得権益や既存ビジネスの保護も必要だが、それとは別の方向で、デジタルならではの新しい商品を開発していくことも重要なのではないだろうか。
多くの顧客を持つAmazonがこれから行うであろう、日本市場での雑誌・書籍のデジタル版販売も、出版社にとっての新しい取組みのひとつだ。また、角川グループの電子書籍サイト「BOOK☆WALKER」とドワンゴの「ニコニコ静画(電子書籍)」の連携で、作品と読者コメントを同時に楽しめるといった、従来にはない読書の取組みも始まっている。
本連載で紹介しているADPSも、文字と写真だけでなく、ビデオやサウンドに加え、ソーシャルなコメントなど、紙の本にないインタラクティブな要素を盛り込んだ電子出版物を作る事ができるツールだ。当初発表されたエディションでは最低でも年単位のサブスクリプションが必要であったが、2011年10月には単体のアプリごとに料金を支払うシングルエディションも発表された(InDesign CS5.5からiPadへの配信はアプリあたり395ドル)。
これにより、大手出版社だけでなく、中小規模の企業内プロジェクト、個人の作家やフリーランスのデザイナーなどでもリッチメディアを使った電子書籍を配信できるようになった。商品PRのための無料コンテンツや、マニア向けの有料コンテンツなど、さまざまな取組みが増えていくのではないだろうか。小規模または個人の作家・クリエイターなら、一般ユーザーを相手にしたコンテンツもさることながら、大手の発注主(企業)に自分たちのアイデアや技術をアピールするための手段のひとつとして有効かもしれない。
ADPSが扱えるコンテンツは多岐に渡り、電子書籍だけでなく、工夫次第ではゲームのようなコンテンツを提供できる能力を持っていると思う。しかし現状ではiPadやAndroidなどのタブレット端末に向けたソリューションであるため、日本語のみのコンテンツを提供することを考えると、大きな市場性があるとは言い難い。シングルエディションの登場で、作り手の裾野は広がると思うが、個人的には、iPhoneやAndroisスマートフォンなど、ユーザー側の裾野も広げていってほしいと思う。
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