【コラム】

どこでもサイエンス

113 アップル…いや、グレープコンピュータ

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20世紀の終わりごろに、日本で「グレープ(GRAPE)」というコンピュータシリーズが開発されました。東京大学の教養学部の一研究室が、びっくりするほどの低予算で、突如として開発したこのコンピュータは、天文計算のしかも特定の用途専用ながら、世界最高性能のコンピュータとしても知られるようになります。その後タンパク質の研究などにも応用されました。今回は、グレープコンピュータのお話でございます。

先日、日本の電気情報通信学会が、100周年事業として「マイルストーン」を定めました。マイルストーンは、日本語だと一里塚。旅の経過を知る目印ですな。それが転じて、技術開発の転機となった偉業をそう呼んでいるのでございますな。

このマイルストーンは、なかなか「へぇ」という感じで、単に「すごい製品」とかではなく、基礎的な理論や概念もあれば、製品としては普及しなくても、多大な影響を与えたものなんかも入っています。一種の博物館みたいなものでございます。

まあ、身近なところではテレビアンテナに使われる「八木・宇田アンテナ」とか携帯電話でおなじみの「LTE」とか「地上ディジタル放送」なんてのあり、一方で「ファミコン」があると思えば「指紋認証」があったりと色々です。リストをながめるだけでも、なかなか楽しいですよー。それぞれに、学会が作ったにしては? やさしめのというか、ここをとっかかりに調べ物がしやすそうな解説もついています。すばらしい!

さて、このマイルストーンの中に、ちょっと異彩を放っているのがまざっております。それは「天文学のための専用スーパーコンピュータ GRAPE」でございます。これが「ファミコン」とか「LTE」とか「指紋認証」みたいに、万人が使うものにまざっているのです。また、「クロスバー交換機」とか「国鉄旅客用システム」みたいな、縁の下の力持ちでもないんですね。まあそのなんというか、ほとんど天文学者、それも計算機でシミュレーションをする一部の天文学者にしか縁がないようなものでございます。ユーザーの少なさではリスト随一じゃないかというくらいですな。

だいたい、コンピュータのGRAPEというのが変な感じです。重力パイプライン、グラビティ・パイプ(GRAvity PiPE)から来ている名前ですが、もちろんこれはアップルコンピュータをもじって、強引にグレープコンピュータにしたのです。いかにも研究室プロジェクトな名前ですな。ま、天下のiPS細胞も、アップルのiPodをもじったらしいので、似たようなものでございますが。

さて、ただこのGRAPE、ある意味、アップルコンピュータよりスゴイのでございます。マイルストーンに選ばれるのもわからんではないのです。というのは、ACMというコンピュータの国際学会にゴードン・ベル賞(Gordon Bell Prize)という計算科学の世界で高い成果を示したコンピュータに贈られる賞があってですね、その賞をシリーズで8回も取っているのです。そう「1番じゃないと取れない」賞を取っているのですね。GRAPEシリーズは世界が認めた、最高性能のコンピュータなのです。

ただ、GRAPEは、世界すべてのコンピュータで最速なのではなく(そういうこともありましたが)、価格性能比とか特殊用途で最高のコンピュータとして評価されてきました。ちなみに最初のGRAPEは20万円程度の材料費と、数名の大学院生で作られ、当時のスーパーコンピュータを超える性能を発揮したのです。その後は、この成功で数千万円~億のプロジェクトとはなったものの、トップクラスのコンピュータが1000億円以上のプロジェクトとなったので、コストパフォーマンスが非常によいコンピュータとして評価されていきます。いったいなんで、ということでございますね。

その秘密は、GRAPEが専用コンピュータであるということにつきます。専用というのは、特定の用途の計算しかできない。ということです。これは、たとえば「リンゴの皮むき器」見たいなものです。リンゴの皮むきは、包丁を使えばやれますが、専用の皮むき器を使うと一瞬で終わります。ただ、包丁は肉も切れれば、キャベツの千切りも、コンニャクに切れ込みを入れることもやれますが、皮むき器はそんなことはできません。これと同じで特定の計算しかやれないが、それのみを超高速でやれるようにハードを設計することで、目的を達成するという考え方です。最近はGPU(グラフィックプロセッサ)がそうですね。

GRAPEは「重力パイプ」の名前の通り、当初、質点の重力の計算しかしない計算機として設計されました。天体は、実際は大きさもありますし、重力以外の力、たとえば電磁気的な力だって働くし、爆発した天体から広がるガスの圧力とか放射の圧力も働きます。ただ、結構な場合は、天体はただの点とみなせ、間に働くのは重力としても問題ないのです。ただ、問題となるのは天体の数が「星の数ほど」あることですね。たとえば天の川銀河(銀河系)には2000億もの恒星があり、たがいに重力で結びついています。天の川銀河がどう変化するかは、非常に多数の天体同士の重力を計算しなければならないのです。

そして2000億の天体の互いの重力を一個一個しらべるとパンクするので、それを100個とか1000個くらいに減らして計算をしていたのですね。それでも大変なのは、想像にかたくないと思います。2個なら1つの関係ですが、3個なら3つ、4個なら6つ、5個なら10と、数が増えるほど解かないといけない関係はモーレツに増えていくからですな。

ただ、計算そのものは、距離の2乗で弱くなる重力を解くだけ。数は同時に多数の計算を並行してやることでスピードをあげられます。そうした考えで高速化をはかったのがGRAPEなんですな。その後、GRAPEは規模を大きくし、また天体の計算だけでなくタンパク質の計算などにも応用されていきます。そして1990年代から2000年代にかけて名をはせることになるわけです。

ただ、いまではGRAPEはそれほど名前を聞きません。市販のパソコンやGPUの性能があがってきて、専用の機器を作るメリットが薄くなったのかもしれませんね。ただ、GRAPEで育った人たちや考え方、アルゴリズムがその後もあちこちで活躍しているのはまちがいないことです。

ということで、いささか変わったコンピュータGRAPEでございますが、ある意味アップルコンピュータに負けない輝きを放ったのでございました。名前負けしなかったのですな。

ところで、このGRAPEの初号機を1989年に作ったのは、当時東大の大学院1年生だった、伊藤智義さんです。現在は千葉大学の教授ですが、この人、漫画週刊誌のヤングジャンプで「栄光なき天才たち」というシリーズの原作を学生のときに手がけていたのでございます。伊藤さんの本には、大学の先生たちよりも年収が上だったという話も登場します。伊藤さんは、その後、コンピュータの歴史の「BRAINS」という漫画シリーズの原作もしていますし、漫画ではないですが、GRAPEの開発のウラを赤裸々に書いた新書も出しています。いずれも面白いですので、ぜひ手にとってくださいませー。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。

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インデックス

連載目次
第114回 月の地名のまめちしき
第113回 アップル…いや、グレープコンピュータ
第112回 太陽フレア、とりあえず知っとく?
第111回 土星を巡って13年 - 土星探査機カッシーニ・2017年9月15日に最後の日(後編)
第110回 土星を巡って13年 - 土星探査機カッシーニ・2017年9月15日に最後の日(前編)
第109回 世の中を変えた発明、なんでしょう。
第108回 ハイテク素材と赤い炭
第107回 8月7日(月)深夜・月食を見よう!
第106回 2017年の宇宙、どうでしょう? - 下半期・その2
第105回 2017年の宇宙、どうでしょう? - 下半期・その1
第104回 予言者? ジュール・ヴェルヌ
第103回 幻の毎日新聞プラネタリウム館 - 東日(毎日)天文館
第102回 地球は、どう、動いてる?
第101回 アインシュタインの方位磁石 - サイエンスな人の一品
第100回 アストロバイオロジーって、何それ、オイシイの?
第99回 太陽はスゴイ? - 成績発表会
第98回 実験装置、見たい?
第97回 地図と星は仲がいい
第96回 山が変える惑星の模様
第95回 ほとんどの星は爆発しない
第94回 それも「バラ科」ですか……!?
第93回 2017年の宇宙、どうでしょう? - 上半期編その2
第92回 2017年の宇宙、どうでしょう? - 上半期編その1
第91回 流れ星を見つけるコツ
第90回 コピー機の発明について、調べてみたよ
第89回 いにしえの中国やインドの宇宙
第88回 「火星の呪い」が発動
第87回 来年のノーベル賞予想ごっこ
第86回 天文学研究のため、レンジは使わないでください
第85回 カフェでリア充、科学者ハレー
第84回 お月見の日は、どう決まる?
第83回 たまご、熱すると固まるナゾ
第82回 8月12日のペルセウス座流星群と黒い彗星
第81回 絶滅のサイエンスとリョコウバトとウナギ
第80回 ジュノー探査機、木星到着
第79回 「ニホニウム」で知ったかぶりをするための知識5連発
第78回 2016年の「宇宙どうでしょう?」 (下半期)
第77回 増やせばワカルDNA - 「PCR」のお話
第76回 宇宙人を探すなんて、できるの?
第75回 海がない国 スイスで生まれた深海潜水艇
第74回 とりあえず春は、北斗七星。
第73回 くらべてワカル!? 宇宙の世界
第72回 さくらが春に咲くのは、寒さを越えるプログラムがあるから
第71回 ひさしぶりの日食のお知らせ - 日本は2016年3月9日午前11時前後
第70回 「重力波」つかまえました
第69回 春のこよみのサイエンス
第68回 火星をざっくり知っておきましょー
第67回 冬はハワイが近い!? - ジェットストリーム
第66回 2016年の「宇宙、どうでしょう?」(上半期)
第65回 年間最多の流れ星が見える! 12月14日夜はふたご座流星群
第64回 毒についてチョット調べてみました
第63回 凧とかみなり、フランクリン
第62回 はやぶさ2も見られるの?? 人工衛星を見るはなし
第61回 ノーベル賞をゲットしたニュートリノ探知装置
第60回 科学者が、虹遊びをすると…
第59回 日本人は、元素の名づけ親になれるか!?
第58回 数字のケントーをつける話=フェルミ問題
第57回 「星の名決定」総選挙に参加できるぞ!
第56回 夏休み、おてがるサイエンス
第55回 冥王星に接近しました
第54回 硬い冷たいダイヤだよ
第53回 2015年の「宇宙、どうでしょう?」(下半期)
第52回 潜水艦を発明した愛すべきおっさん
第51回 冥王星まめちしき10連発(ビフォー編)
第50回 ジュラ紀とかエディアカラとか、実はローカルな地名ばかりの地球の歴史年代
第49回 夜空の神2共演 - 金星と木星が接近するぞ!
第48回 キャンディをかむと光るのは本当か?
第47回 2015年4月4日夜9時。むこう3年ない皆既月食をみのがすな!!
第46回 浦島太郎とか双子とかとカーナビなサイエンス
第45回 100万年かけて、あったかいーの
第44回 電話より先に発明されたファックス
第43回 世界の「宇宙窓」から
第42回 圧力鍋は、できそこないのエンジン!?
第41回 2015年の「宇宙、どうでしょう?」(上半期)
第40回 12月13~14日は、年に一番流れ星が多い時期
第39回 はやぶさ2、打ち上げそして旅の友
第38回 これだけ知っとこ、小惑星探査機「はやぶさ2」
第37回 誘導ミサイルとポップコーン
第36回 地球上の生物は推定870万種。実はその9割が発見されていない
第35回 祝・日本のお家芸・青色LEDがノーベル賞
第34回 2014年10月8日夜8時。ゼッコーの皆既月食をみのがすな!
第33回 シロウトにチャンス到来・惑星の名前をつけられるぞ!
第32回 スゴイぜ! 彗星探査機「ロゼッタ」
第31回 天才&変人キャベンディッシュ
第30回 渡り鳥が作るV字型編隊の謎
第29回 やってはいけない!サイエンス
第28回 フロッピーの栄枯盛衰
第27回 2014年の宇宙、どうでしょう? - 下半期編その2
第26回 2014年の宇宙、どうでしょう? - 下半期編その1
第25回 100円で作れるちょっぴりキケンな科学オモチャ「アストロ・ブラスター」
第24回 5月24日土曜夕方に本当にでるのか!? - 「きりん座流星群」
第23回 いま、サイエンスで一番アツイ? - タンパク質ギョーカイをのぞく
第22回 英国科学雑誌のQ&Aコーナー - そんなに熱くなるなんて…
第21回 2年2カ月に1度のチャンス! - 火星ただいま接近中
第20回 科学なパーソナリティ列伝
第19回 今年が寒いのは太陽のせい? - 実は暗い太陽の未来
第18回 日本に降る雨は「だいたい雪」、だそうです
第17回 どこでもサイエンス-チョコレートは惚れ薬?
第16回 江戸時代からある「クローン」
第15回 2014年の宇宙、どうでしょう? - 上半期編
第14回 謎実験 - ニュートンビーズ
第13回 12月14日はふたご座流星群の日! - サクッとわかる観察ポイント
第12回 新月が出たぞという意味の「カレンダエ」からはじまった「カレンダー」
第11回 気持ちよく歌えるエコーのおはなし
第10回 ノーベル賞を楽しむネタ知識あれこれ(後編)
第9回 ノーベル賞を楽しむネタ知識あれこれ(前編)
第8回 ただいま接近中 ‐ アイソン彗星
第7回 信号ひとつは70ワット - 交通信号機にまつわる科学のはなし
第6回 いますぐ使える「月」の知識11連発(後編)
第5回 いますぐ使える「月」の知識11連発(前編)
第4回 飲める「リトマス試験紙」
第3回 カンタン工作 - 百均虫めがねで「カメラ箱」を作ろう
第2回 8月12日と13日の夜はペルセウス座流星群を観察しよう
第1回 教科書を覗いてみよう - 小学校3年生の理科より「明かりをつけよう」

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