前回、新興武器輸出国の「公式」として「自国向けの装備調達案件に際して、技術移転や現地生産といった条件を盛り込む」という話を取り上げた。ちょうど、その典型例みたいな話が決まったところなので、いい機会だから取り上げよう。

インド空軍のマルチロール戦闘機受注合戦

インド空軍では、老朽化したMiG-21の後継機となる新戦闘機の調達計画「MMRCA (Medium Multi-Role Combat Aircraft)」を進めている。そして2012年1月31日に、フランスのダッソー・アビアシオン社が提案していたラファールを採用する、との報道がなされた。

リビア方面で作戦行動中のラファール(Photo : Dassault Aviation)

ちなみに、競合していたのは航空自衛隊のF-X候補機でもあった、ユーロファイター・タイフーンである。このほか、F/A-18E/F(ボーイング)・JAS39グリペン(サーブ)・MiG-35(ロシア航空機)も候補になっていたが、2011年4月に候補機種の絞り込みを行った時点で脱落した。

ただし、厳密に言うと、「採用」あるいは「調達決定」という表現は正しくなく、「最低価格を提示したことで優先交渉権を得た」だけである。これから取引条件に関する詰めの交渉を行い、契約書に調印した時点で初めて「調達決定」である。優先交渉権は得たものの、その後の交渉で折り合いがつかずに話が壊れた事例はいくつもあるので、契約書にサインするまでは安心できない。

MMRCAは126機・総額100億ドル超という超大型案件である。それだけに買い手市場となるのは致し方なく、インド側は特に取引条件として技術移転を重視している。そして、126機のうち108機は自国の国営メーカー「HAL(Hindustan Aeronautics Ltd.)」でライセンス生産することになっている。

インドはこれをテコにして自国の防衛産業を強化しようという目論見があるため、最新のレーダーをはじめとする電子機器など、さまざまな分野で技術移転を求めるであろうことは容易に想像できる。そして、そこで好条件を出さなければ交渉が頓挫する怖れがある。

その背景には、武器輸出をひとつの柱にしようという思惑がある。実は、自国向けに国内で開発、あるいはライセンス生産している事例は少なくないインドだが、こと武器輸出となると実績に乏しい。そこで海外からの技術移転と防衛産業の育成を図っている最中であり、そうなるとMMRCAは絶好の機会である。

ヨーロッパのメーカーはもともと、オフセットや技術移転で大盤振る舞いをする傾向があり、日本のF-Xでもタイフーンが「ノー・ブラックボックス」を旗印にしていた件は記憶に新しい。フランスでも相応に好条件を提示するであろうことは容易に想像できるが、それでも厳しい交渉になるのは間違いないだろう。

実は、ラファールは他国でも交渉権を確保するところまで行きながら、そこから先で足踏みして契約調印に持ち込めない事例が相次いでおり、「売れる売れる詐欺」などと陰口を叩かれている。そういう事情もあるので、何とか初の輸出商談を実現することで対外輸出に弾みをつけたいところだ。なぜなら、自国向けの需要だけでは生産ラインの維持が難しくなっているからだ。

インド軍はタフ・ネゴシエーター?

ちなみにインドの装備調達規定では、「もっとも安価な提案を行ったメーカーを採用しなければならない」と決められている。今回のMMRCAでも、ラファールの提案価格はタイフーンの提案価格より安価だったと報じられているので、話の筋は通っている。

以前、インド空軍が空中給油機としてロシア製のIl-78を退けてエアバス・ミリタリー社のA330給油機を採用した際は、「提案価格が高い機種を採用したのは問題がある」と財務当局が噛みつき、話を白紙に戻してしまった。

そのラファール陣営はJAS39E/FグリペンNGの採用を決めたスイスに対しても、グリペンより安価な提案を出し直して逆転を狙っている。もともと、コストや利益を考慮に入れて見積りを作成したのであろうに、そこからさらに値引きを仕掛けてきたとなると、裏で何があったのかと勘繰りたくなるが、それはともかく。

しかもインドの装備調達規定では、3,000万ドル超の案件では30%のオフセット率を実現しなければならないことになっているが、大口案件のMMRCAでは足下を見て(?)、特別にオフセット率を50%に引き上げている。もともと安価であることを求められているのに、さらにその中から半分を見返りとして持って行かれるのだから、これで利益を確保するのは大変だ。

そのインドに対して、日本から新明和US-2飛行艇を輸出しようとする動きがある。ついつい機体自体の優劣にばかり目が行ってしまうが、航空機では間違いなく3,000万ドルの閾値を超えるので、30%のオフセット率をどう実現するかが問題だ。

機数が多くないことを考えるとライセンス生産や現地組み立ては現実的ではないし、生産参画といっても通信機のような電子機器に留まる可能性が高い(作戦情報保全の観点から、通信機はカスタマーごとに仕様が異なるのが常である)。

生産段階でのオフセット実現が難しいとなると、納入後のサポート体制作りなどでインド企業を参画させるのが現実的と考えられる。ともあれ、競合するロシアやカナダの飛行艇より安価な価格を提示しつつ、かつオフセットに関する課題をどう解決するか、売り込みに際しては頭の痛いところであろう。