こんにちは。織田隼人です。

前回は「決めさせる技術」ということで、買い物後の満足感がどのように生まれてくるのかについての男女差を説明しました。「満足感」のような主観的な要素には、もちろん個人差も大きく関わってきます。かといって、「自分がこうだから、皆もこうだろう」というマーケティングを行うのは非常にリスキーです。

一般的な傾向として、男性は大物一発狙い、女性は「質より買い物の回数」を重視することを頭に入れた上で、改めてマーケティングを行ってみると、違ったものが見えてくるかもしれません。その意味では、マーケティングに関わる話はすべて「決めさせる技術であると同時に、決める技術でもある」と言えるでしょう。

さて、今回はそこから、少し決断寄りに話を戻すことにします。

「一貫」の価値は - 職人はなぜ崇拝される?

「一貫性の原則」という法則をご存知でしょうか。この言葉をすでにご存知の方は、この回は読み飛ばしていただいてもかまわないかもしれません。

1年前、民主党の総裁が「発言のブレ」を指摘され、ニュースやワイドショーでも多く取り上げられたことは記憶に新しいと思います。あの報道からもわかるように、「一貫している」ことは、日本人の価値観に照らした場合、「良いことである」と捉えられる傾向にあります。

"職人"の技術はたしかにすごいが、自分の仕事以外は無関心な人もけっこう多い

政治とビジネスの場合は少々事情が異なりますから、より身近な例に引きつけてみましょう。

「職人」という言葉があります。一つ事を極め、商売にできるレベルにまで昇華させることに成功した人びとのことです。日本人は元来職人気質であり、身内どうしで商品のクオリティを競い、磨き上げることに長けているとも言われています。

「職人」という言葉で形容される人の話を聞いたり、自伝を読んだりすると、尊敬の念や、憧れの思いが湧き上がってきませんか?

このように、「一貫している」ことへの価値は、往々にして高く見積もられる傾向にあるようです。

「一貫性の原則」はいい意味ではない

しかし、ビジネスのシーンで「一貫性の原則」という言葉が用いられる場合、それは一般的にネガティブな意味で使われます。

技術が進歩し、「職人」と呼ばれる域に達することはなくとも、それなりの労力を重ねれば技術やノウハウが身につく時代です。コツコツと物事を積み上げることに対する価値は以前高いままですが、その「蓄積」をどう扱うかを考えたとき、「過去はこのやり方で成功したのだから、次もこのやり方でやればいいだろう」という安易な決断に直結してしまう可能性があるのです。「過去」の蓄積、特に成功体験や苦労話を過度に正当化して、「現在」や「未来」に影響する決断に介入しがちになること、これが「一貫性の原則」です。

たしかに、過去の成功体験をなぞることや、自分が今まで積み上げてきた技術/ノウハウを信じることは、プロジェクトの開始時点においてはそれなりに的確な選択なのかもしれません。しかし、自分の主観を中心に商品を展開して緻密なマーケティングを怠ると大やけどすることがあるように、そればかりにとらわれてしまうと、重要な決断を誤る可能性が大きいのです。

「過去」は終わったことであり、「現在」や「未来」にまったく同じストーリーが再現されることは万にひとつもありません。

一貫性の「原則」

新しいプロジェクトを過去と同じやり方で始めたとき、仮にそのプロジェクトがうまく回らなかったとします。そのようなときに、「今は一時的に業績が良くないだけで、そのうち上向いてくるだろう。昔もそうだった」と思い始めたら危険信号です。

また、転職の際にもこの原則を頭に入れておくことをお勧めします。「自分は今までこんなに頑張って現職の技術を身につけたんだ。この技術はまだ有用なはずで、無駄になるわけがない」という前提で転職を行う、あるいは転職をためらうと、結果として手応えのある変化を得られないまま、機会を逸してしまうことにもなりかねません。

「一貫していること」はたしかに価値があります。しかし、「過去」の成功や蓄積は、多くの場合において、決断の際の視野を圧倒的に狭めてしまう一大ファクターでもあります。 何となくうまくいかない、とくに自信を持って行っていることが失敗の様相を呈してきたら、「一貫性の原則」を思い出して、自分の決断が過去にとらわれていないか意識してみるようにしましょう。

そして、「一貫性の原則」がなぜ「原則」という言葉で強く規定されているのかを考えてみてはいかがでしょうか。「原則」という言葉には、「過去が人間を規定する力は思っているよりも強い。だから意識して行動せよ」というメッセージがこめられている。そういうことなのではないかと私は考えています。

転職先で過去の成功体験をひけらかしても、「だから何?」と言われるのがオチ。どんなに輝かしい栄光があったとしても、それが新しいキャリアパスを保証してくれることはないのだが……

(イラスト ナバタメ・カズタカ)

執筆者プロフィール

織田隼人 (ODA Hayato)

心理コーディネーター&経営コンサルタント。心理についての解説の仕事をメインにしながら、経営のコンサルティング業務も行っている。元々は経営コンサルがメインで、マーケティングに関わりながら心理学を学んできた。心理の仕事では特に「男女の心理の違い」や「意思決定」を専門としている。男女の心理の違いを解説したブログに「男心と女心」があり、月間アクセス数は100万を超える。ほかにも心理学を学べるWebラジオやアニメーションも配信している。Webサイトはこちら → 知りたい! 相手の気持ち