今回の選書

ゲームが変わった(瀧本哲史) 東洋経済新報社

ゲームが変わった(瀧本哲史) 東洋経済新報社

選書サマリー

日本は今、生産や研究開発の拠点として、市場として、つまりは経済活動全体において、急速に魅力を失いつつある。経済面での、「ジャパン・パッシング」が静かに進行しているのだ。

たとえば、日産自動車は2010年、主力車種の一つ、マーチの生産拠点をタイなどの新興国へ全面移転した。タイヤ大手の仏ミシュランも同年、群馬県の工場を閉鎖し、日本での生産を中止した。

スイスの製薬大手ノバルティスファーマや、米テキサス・インスツルメンツも研究開発拠点を日本から撤退させた。こうして徐々に経済的魅力を失いつつある日本は、今後どう稼いでいけばいいのか。

はっきりしているのは、高度成長期のように、先進国にキャッチ・アップするため「坂の上の雲」を目指して、他国が発明したものを商品化して輸出するような時代には戻れないということだ。

新興国の発展は急激で、中国、韓国、インドなどで生産される財は、安価でありながら、品質が高くなっている。今後、これらの国の企業と真正面からぶつかって勝ち抜くことは難しくなるはずだ。

日本企業は、なぜ稼げなくなったのか?端的に言ってしまえば、ビジネスのゲームが変わったのだ。それなのに、日本企業は、いまだにそれに適応できていないからだ。

日本は1980年代後半、先進国の中で、価格面でも技術面でも、日本製品を凌駕するものがないほどの競争力を持つようになっていた。

しかし、それが原因で日本企業は「技術」や「ものづくり」を過信するようになった。それだけが製品販売の必要十分条件だと誤認してしまったのだ。

そして、知らず知らずのうちに、消費者ニーズや適正な価格という観点を軽視するような戦略を取るようになった。いわゆる「ガラパゴス化」の始まりだ。

日本企業は、消費者ニーズを置き去りにして、先端技術のみを追求してきた。そして「あれもこれも」できる機能満載の製品ばかり作り始めた。

さらに、国内の競合他社との戦いを勝ち抜くために、一般消費者には、どこが変わったのかわからないような製品のマイナーチェンジを頻繁に行うようになっていった。

その結果、日本企業の製品は、製造にコストばかりかさむようになった。一部の「おたく」にしか使いこなせないような高機能ばかり充実した、高額な製品ばかりになったのだ。

かつては、ものづくりで日本を脅かす国はなかった。しかし、最近は韓国、中国等の新興国も競争相手として名乗りをあげてきた。当初は「安かろう、悪かろう」と言われていた。

ところが、彼らは徐々に技術を磨き、消費者の信頼を獲得していった。同時に日本のように製品を多機能化させることなく、消費者が本当に必要としている機能に絞り、安価で売り出した。

新興国市場で求められるのは、高機能だが高額な製品よりも、安くて最低限の機能を持つ製品であることが多いのだ。

さらに、1985年のプラザ合意以降の円高傾向や賃金上昇などもあり、日本製品の価格競争力はますますなくなってきている。これらは、日本企業にとって「ゲームが変わった」いうべき劇的な変化だ。

今、世界がしのぎを削っているのは、生産拠点、また市場としても魅力的な新興国のプレーヤーが作った「新興国参入型」ゲームだ。

問題は、この新しいゲームに、日本が対応できていないことだ。それどころか、相変わらず旧来のゲームをプレーし続けている。過去の成功体験から抜けられず、従来と同じ戦い方をしているのだ。

それを象徴するのが「ものづくり」「技術」重視の発想だ。これを改めなければ、日本の復活はあり得ないのだ。

選書コメント

経済面で魅力を失う日本の企業の置かれた現状を分析し、日本が復活するための方策まで提示する本です。

日本の企業が世界で稼げなくなったのは、ゲームが変わったのに、かつての成功法則で戦っているからです。ゲームが変われば、当然戦い方も変わるはずです。

ところが、日本企業はなまじ過去の栄光があるため、それにすがっています。結果、野球の勝ちパターンでサッカーの試合に臨むようなことになっています。これが、日本の敗因と著者は指摘します。

書かれたのは、経済産業省の方です。圧倒的なデータと、冷静な分析で大局的、かつニュートラルに語ってくれます。貴重なデータは文中にも豊富にちりばめられ、説得力があります。

日本の産業界がすがる旧来のルールと、新しいルールを概観し、ものづくり、研究開発、システム輸出のそれぞれの分野に1章を割き、問題点と課題、今後のあるべき姿などを描いていきます。

もちろん、単なる分析でなく、処方箋も提示してくれます。あくまでも私見としながらも、大胆かつ地に足の着いた内容です。ものづくり一辺倒に思えるこれまでの施策とは大きく異なっています。

なぜ、こういう視点と発想をお持ちの方が方が官庁にいながら、政策に反映されてこないのかが不思議で残念ですが、一縷の望みとして希望にもつながります。

円高、産業空洞化、TPPなど、産業界もグローバルな話題で持ちきりです。日本企業が世界の潮流の中で、今どのような位置に置かれているのかを正確に知るためにお勧めしたい本です。

選者紹介

藤井孝一

経営コンサルタント。週末起業フォーラム代表。株式会社アンテレクト代表取締役

1966年千葉県生まれ。株式会社アンテレクト代表取締役。経営者や起業家という枠にとどまらず、ビジネスパーソン全般の知識武装のお手伝いを行うべく、著作やメールマガジン、講演会、DVDなど数々の媒体を活用した情報発信を続けている。著書にベストセラーとなった『週末起業』(筑摩書房)はじめ、『かき氷の魔法』(幻冬舎)、『情報起業』(フォレスト出版)など。

この記事は藤井孝一氏が運営するビジネス書を読みこなすビジネスパーソンの情報サイト「ビジネス選書&サマリー」」の過去記事を抜粋し、適宜加筆・修正を行って転載しています。