ここまで、訓練がらみで取り上げてきた職種というと、パイロットや整備員、軍用機のミッション・システムを扱うオペレーターというところだろうか。ところが、航空に関わる重要な職種でありながら、まだちゃんと取り上げていなかった分野がある。管制官だ。

管制業務のシミュレート

管制官というと、真っ先に連想するのは飛行場の管制塔から指示を飛ばす管制官だが、それだけではない。巡航中の航空機に対して「交通整理」を行う管制官もいる。

また、航空自衛隊には要撃管制官というポジションがある。地上、あるいは早期警戒機のレーダーで探知した敵機に関する情報に基づいて、味方の戦闘機を誘導したり、敵機の所在や動向に関する情報を伝えたりするのが仕事だ。領空侵犯をしそうな不審機を探知したときに、緊急発進した戦闘機に情報を与えて触接を図らせるのも、要撃管制官である。

飛行場の管制塔なら目視がメインになるが、レーダーの画面を見ながら仕事をする管制官もいる。どちらにしても、いきなり「さあやれ」といわれて務まる仕事ではないから、訓練と経験がものをいう。

昔ならOJT(On the Job Training)がメインだっただろうが、当節ではシミュレータ訓練の出番である。ということで検索してみたら、いくつか管制官向けシミュレータの製品紹介が出てきた。

TOP > サービス > シミュレータ (キャドセンター公式Webサイトより)

ULANS (ウラノス) 統合連係航空ネットワークシミュレータ (テクノブレイン公式Webサイトより)

ちなみに、鉄道業界でも運行管理システムにシミュレーション訓練機能を組み込んでいる事例があるようだ。と、それはそれとして。

管制用シミュレータの勘所

フライト・シミュレータの場合、実機の操作系や飛行特性を忠実に再現するところがキモになる。では、管制官を訓練するためのシミュレータはどうか。

管制塔なら前述したように目視が基本になるから、管制塔から見た外部の映像をビジュアル装置で再現する必要がある。レーダーを使用する場合には、レーダーの画面を再現する必要があるが、映像ではなくブリップと文字情報だけで済むから、再現表示の部分だけ見れば、こちらの方が実現しやすそうに見える。

ただしどちらにしても、本当に大変なのは、実機の運航状況・飛行状況を再現する作業だろう。所定のスケジュール通りに飛ぶ状況であれば、実際に使用する運航スケジュールを基にして再現できるから、「いつ、どこから離陸して、どういう風に高度をとって、どこを経由して、どこで高度を下げて、どの経路でアプローチする」というシーケンスを組み込めばなんとかなりそうだ。

しかし、それだけでは訓練にならない。突発的に異常事態が降ってきたときにどう対応するかが大事なポイントであり、それをどうやってシミュレートするかが問題である。教官が手作業で「状況」を設定してもよいが、人間が手作業でやると、ついつい似たような「状況」が頻発してしまわないとも限らない。

となると、実際に起きた事案、あるいは起きそうな事案に基づいてさまざまなシナリオをコンピュータに組み込んでおいて、その中からアトランダムに選んだシナリオを割り込ませることになるのだろうか。

そこで、割り込みがかかりそうなシナリオの例をいくつか考えてみた。

  • 急に風向きが変わってランウェイチェンジがかかった (着陸進入中の機体に対して、経路変更の指示を出す必要がある。離陸する機体もタキシングする経路や行先が変わる)
  • 天候が悪化して飛行場がクローズになった (ミリタリーなら敵機の空襲で破壊されたというのもアリだ)
  • 緊急事態を宣言した機体が現れたために、着陸機の順番を変えて、緊急事態を宣言した機体を真っ先に降ろす必要が生じた
  • 離着陸中の機体が事故を起こした (当然、滑走路はクローズである)
  • 軍民共用の飛行場で、スクランブルの指令がかかったために戦闘機を真っ先に上げなければならなくなった (近年、那覇空港あたりで多発していそうな事態である)
  • 巡航中の機体からハイジャックされたとの通報が来た
  • 滑走路や制限区域に不審者が入り込んだ

いちいちシナリオを想定して、それをシミュレータに組み込むのは面倒そうな作業だ。でも、訓練段階でさまざまな状況を模擬体験しておかないと、いざ本番というときに困ってしまう。安全に危険な経験ができるのがシミュレータのいいところだから、できるだけいろいろなシナリオを盛り込んでおくに越したことはない。

シナリオだけでは終わらない

実は、シナリオを作成する過程では、「どんな事態を想定するか」という話だけでは終わらない。機体の性能・特性が問題になることもある。

つまり、戦闘機と大型の旅客機では飛行性能が大きく異なるのだから、シミュレータ上でも実機の性能を反映した飛び方をしてくれないと訓練にならない。機敏に動ける戦闘機と、そうでない旅客機では管制のやり方に違いがあるだろうから、それだって模擬体験しておきたいメニューのうちである。

また、大型の機体が離陸する場面では、次に離陸する機体との間のセパレーションを広めにとる必要があるはずだ。管制官はそんなことも考えなければならないが、これもまた、模擬体験しておきたいメニューである。いざ本番となってから「前に離陸するのが大型機だからセパレーションを大きくとるように」といわれても、パッと対応できるかどうか分からない。人間、ついつい訓練された通りに本番をやろうとするものだから。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。