過去3回に渡り、民航機を中心として、航空機が使用する測位・航法・管制関連の装備やシステムについて取り上げてきた。ところがこの分野も日進月歩、いろいろと新しい技術や考え方が出てきている。

民航機の飛行状況が分かる「flightradar24.com」

飛行機好きの方ならご存知の「flightradar24.com」というWebサイトがある。世界各地の民航機の運航状況をグラフィック表示するものだ。

「flightradar24.com」の画面例。これは羽田空港の近隣

ただ眺めているだけでも面白いが、どこかの空港の近所に撮影に行こうと思ったときに、このサイトを調べると、風向きに合わせて変わる離着陸の向きが分かる、なんていうメリットもある。

そこで問題である。「flightradar24.com」は、運航状況に関するデータをどうやって得ているのだろうか。

「flightradar24.com」の画面を見てみると、右の方にこんな表示がある。これを見ると、「REAL TIME ADS-B data」と「5MIN DELAY FAA data」の2種類があることが分かる。

「flightradar24.com」の分類表示。「ADS-B data」と「FAA data」の2種類があるようだ

FAAとは米連邦航空局(FAA : Federal Aviation Administration)、つまりアメリカの航空行政を仕切っている組織で、管制業務もここの担当になる。だから、そこからデータを得られれば、管制システムに入ってくる運航状況が分かるのだろう、と推測できる。では、「ADS-B」とは何か?

ADS-Bは自機位置をリアルタイムでブロードキャストする

ADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)とは、航空管制において被監視側となる個々の機体が自ら、自機の緯度・経度・速度・高度などといった情報を無線(1,090MHzの電波)で発信するシステムである。 本連載の第1回で取り上げた慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)やGPS(Global Positioning System)があれば、自機の位置に関する精度の高い情報が得られる。それを自機の航法に役立てるだけでなく、自機の位置に関するリアルタイム情報を周囲に発信することで、自らの存在を能動的に告知している。

ということは、もしも飛行中の機体が相互に他機からのADS-Bデータを受信できるようになれば、自機の位置だけでなく、周囲にいる機体との位置関係も把握できるということである。

そこで関わってくるもうひとつのシステムが空中衝突防止装置(TCAS : Traffic alert and Collision Avoidance System)である。こちらは本連載の第2回で取り上げた二次レーダーと同様に、個々の機体が搭載するインテロゲーターが1,030MHzの電波で周囲の航空機に対して「誰何」を行い、それを受信した側のトランスポンダーが1,090MHzの電波で「応答」するシステムだ。

これを利用することで、自機の周囲にいる航空機との相対的な位置関係を把握、それに基づいて衝突の危険があるかどうかを判断・警告するのがTCASの仕事だ。

個々の機体が搭載するTCAS装置がカバーできる範囲は、TCAS Iで4海里(1海里=1.852km)、TCAS IIで40海里と、あまり広くない。だから、TCASはあくまで対象範囲を自機の周辺に限定して衝突回避を図るという単一目的のシステムである。

どちらにしても、誰何と応答(TCASの場合)あるいはリアルタイム情報の受信(ADS-Bの場合)を連続的に繰り返すことで状況を認識するのは同じだが、ADS-Bの方が情報量が多いので、その分だけ、状況認識能力や、衝突回避のための予測能力が高まるといえる。もちろん、ADS-Bの情報を地上で受信すれば、一次レーダーや二次レーダーで得られるデータを補強する役に立つ。

TCASにしろADS-Bにしろ、高精度の測位システム、通信技術、データを処理するためのコンピュータがなければ成り立たないシステムであり、情報通信技術が威力を発揮する一例といえる。

ただ、TCASにしろADS-Bにしろ、所定の機材を搭載した機体でないと機能しない。だから、これらの機材を搭載していない機体の存在を知るには一次レーダーや二次レーダーが必要であり、「ADS-Bがあればレーダー施設は要らないよね」というわけにはいかない。

ところでACARSとは?

民航機で用いられている情報発信のシステムとしては、マレーシア航空370便(MH370)の行方不明事件でも名前が出てきたACARS(Aircraft Communications Addressing and Reporting)もある。これは2,400bpsの伝送能力を持つ無線データリンクで、機体の登録番号、出発地・目的地、出発時刻・到着時刻、便名、搭載燃料などのデータを、機体と地上の間でやりとりするものだ。

TCASやADS-Bとの混同に注意したい。TCASは「衝突回避のために、飛行中の航空機同士で相対的な位置関係を得るシステム」、ADS-Bは「空域状況認識のために絶対的な位置情報屋速度に関する情報を得るシステム」、そしてACARSは「エアラインが運航管理のために個々のフライトに関する情報を得るシステム」という相違がある。それぞれ目的が違えば得られる情報も違うから、相互補完の関係にある。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。