前回、「二次レーダー用のトランスポンダーにセットするのは4桁の数字コード」「しかし、管制用のレーダー・スコープには便名の情報が現れる」という話を書いた。するとIT屋の皆さんなら容易にお分かりの通り、機上のトランスポンダーに設置するコードと、その機の便名を紐付ける仕組みが必要」という話になる。

飛行計画書の提出と運航票

中国2013年11月に、東シナ海を対象とする防空識別圏 (ADIZ : Air Defense Identification Zone)の設定を行った。その中で、「ADIZを通過する飛行機はすべて、飛行計画書(フライト・プラン)を提出すること」としていた。

どちらにしても、民航機はフライト・プランを提出するものだから、それはさほどの大事ではない。問題は、ADIZ内を飛行する「すべての」航空機に対してフライト・プランの提出を義務付けたところと、誰でも自由に飛行できる公海の上空で「中国当局の指示に従わなければ対応措置をとる」という、他国と異なる俺様ルールを設定したためなのだが、それはそれとして。

もちろん、日本の国内線を飛ぶ旅客機であっても、フライト・プランは作成・提出している。フライト・プランについて、かいつまんで書くと「航空機形式と便名」「出発地と目的地」「経由地」など、運航に際して関わってくる情報をまとめたものだ。実際には関係者しか分からないような略号の羅列で書かれているのだが、見る人が見れば意味は分かる。

これの提出先は、各国の航空交通管制当局である。日本であれば、これは国土交通省の管轄下にある。そして、航空交通管制当局では提出されたフライト・プランの情報をとりまとめて、管制情報処理システム(FDP : FlightPlan Data Processing system)と呼ばれるシステムに入力する。

FDPと二次レーダーの関係

実は、ここで二次レーダーの話が関わってくる。フライト・プランを提出してデータがFDPに入ったときに、個々の便ごとに異なる識別コードを割り当てて、そのデータもFDPで管理しておく。

そしてFDPから「運航票」(ストリップ)と呼ばれるペーパーを出力して、これが管制官の手元に回される。そこにはやはり、便名、航空機形式、出発地、目的地、経路、二次レーダー用の識別コード、といった情報が書かれている。そして、管制官が出発を承認する際には二次レーダーの識別コードを指示してトランスポンダーにセットさせる。

これがつまり、二次レーダーの識別コードと、便名などの情報を紐付ける仕組みである。一次レーダーが探知した航空機に対して二次レーダーのインテロゲーターが誰何して、当該機のトランスポンダーから返ってきた識別コードの情報は、FDPに回して照会すればよい。両者の対応関係はFDPが把握しているからだ。その照会・識別の機能を受け持っているのが、レーダー情報処理システム(RDP : Radar Data Processing System)である。

そして、対応する便名などの情報がFDPから返ってきたら、それをスコープに表示する。もしも、照会した識別コードに該当する航空機がFDPに登録されていなかったら、ひと騒動になる。

ということは、二次レーダー用の識別コードが同じエリア・同じタイミングで重複すると、厄介なことになる。そのため、重複がないように便ごとの識別コードを割り当てる仕組みが必要になる。また、割り当てた識別コードをパイロットが正しくトランスポンダーにセットしないと、これもまたトラブルの元になる。

アンノウン機とFDP

このように、事前にフライト・プランを提出して識別コードの割り当てを受けておくことで、異なる国の間をまたいで飛行する民航機は自らの身元を明らかにして、「私は怪しいものではございません」と説明できる仕組みを作っている。

しかし、フライト・プランを提出せず、トランスポンダー用の識別コードの割り当てを受けていない飛行機もありそうだ。たとえば、報道ヘリとか自家用の軽飛行機、グライダーなどといったものが該当しそうである。ただ、そうした飛行機は限られたエリアで、かつ低空しか飛行しないことが多いから、衝突回避みたいな話を別にすれば、大して問題にならない。

問題は、他国から日本の領空に接近してきた飛行機がトランスポンダーに識別コードを設定しておらず、「正体不明」になっていた場合である。そこで問題になるのが、日本なら航空自衛隊が担当している、対領空侵犯措置である。

航空自衛隊は、民間航空当局とは別に自前の対空レーダー監視網を構築しており、日本の領空に接近する飛行機の動向を常に監視している。もちろん、外国から民航機が日本の領空に接近してきた場合にも航空自衛隊のレーダに捕捉されるが、それは前述した二次レーダーと同様に誰何してトランスポンダーの識別コードを取得できるし、その情報を航空交通管制当局のFDPに照会すれば便名や行先が分かるので問題ない。

そして、識別コードを返してこない機体については正体不明機、いわゆるアンノウン機となる。それが日本の領空に接近する針路をとっていて、領空侵犯のおそれがあるとなったら、最寄りの基地から戦闘機が発進して対応する。いわゆるスクランブルである。

つまり、自衛隊の防空指揮管制システムは、民航機を担当するFDPのデータも照会できるようになっていないと具合が悪い。民航機がみんなアンノウン機になってしまったら仕事にならない。ここでは、異なるシステムを連接するというシステム・インテグレーションの課題が生じるわけだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。