【コラム】

航空機の技術とメカニズムの裏側

89 飛行機の燃料(8)燃料をめぐるこぼれ話

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燃料に関する話の締めくくりとして、雑多な「こぼれ話」をいろいろ集めてみた。こぼれ話だけに、燃料がこぼれる話も出てくる(!?)

漏れる燃料

ロッキードSR-71ブラックバードという偵察機があった。今はすべて引退してしまったが、アメリカ国内の博物館で展示品になっている機体があるので、現物を見ることはできる。

このSR-71は、マッハ3で飛行できる。それぐらいのスピードで巡航するとなると、空力加熱がすさまじいことになるので、一般的なアルミ合金では耐えられない。そこでSR-71は機体構造の93%をチタン合金B-120VCA(Ti-13V-11Cr-3Al)で作っている。

ところが、チタン合金といえども金属であり、高温になれば延びるし、低温になれば縮む。そこで問題になったのが燃料タンクだった。

高速で巡航飛行を行うだけに、SR-71の燃料搭載量は膨大で、約36トンもある。その燃料を効率良く収容するために、胴体内と主翼内に複数のインテグラル燃料タンクを設けた。つまり、機体構造の内部に独立した燃料タンクの容器を用意するのではなく、機体構造材の継目に漏れ止めを施して、内部空間をそのまま燃料タンクにする方法である。

これ自体はよくある方法だが、問題はSR-71のスピードと空力加熱。空力加熱によって機体構造材が延びるので、SR-71は最初からそれを想定した設計になっている。ということは、地上に駐機しているときには機体構造材は縮んだ状態になるわけだ。

そして前述したように、SR-71はインテグラルタンクを使っている。するとどうなるか。地上に駐機している時は機体構造材が縮んでいるから、インテグラルタンクを構成する機体構造材同士の継目部分に隙間ができる。そのため、地上にいる時のSR-71は、わずかながら燃料を漏らし続ける仕儀となった。

同じようにマッハ3巡航を企てた機体としてXB-70バルキリーがあるが、こちらは機体構造が異なる。チタンではなくステンレス・スチールのハニカム材だ。初号機は燃料タンクの漏れが発生したというが、2号機では解決できたとされる。

XB-70の場合、ハニカム構造によってある程度の断熱性を持たせる考えがあったようだ。だから、使用する燃料は凝固点が-54度と低い、JP-6という特殊燃料である。

B-58ハスラーも超音速巡航する爆撃機だが、こちらはマッハ2止まり(!)なので、アルミ外板を使用するハニカム構造による断熱で事足りた。ただし、エンジン排気を浴びる部分は温度が高くなるから、ステンレス・スチールのハニカム構造になったそうである。

駐機中のSR-71。燃料タンクが空ならいいが、燃料が入っていると、少しずつ漏れ出してくるそうである Photo : USAF)

冷やすための燃料

ちなみに、気温が極めて低い高々度を飛行するSR-71の燃料は、一般的なJP-4やJP-8ではなく、JP-7という特殊規格品になっている。米軍の規格名称はMIL-DTL-38219。

JP-7は原油を蒸留する方法ではなく、精製した炭化水素を合成する方法で製造している。窒素不純物や水分をほとんど含んでおらず、主成分はアルカン、シクロアルカン、アルキルベンゼン、ナフタレンなどだ。

JP-7の引火点はJP-8の38度に対して60度と高く、沸点は282~288度。析出点は-43.3度だから、際立って低いわけではない。しかし、巡航中は機体が空力加熱で温められている上に、JP-7燃料をコックピットや電子機器室などの冷却に使用しているので、それによっても温められる。よって、低温によって流動性が下がる問題はないわけだ。

この辺の考え方は、前述したXB-70とだいぶ違う。XB-70は空力加熱の影響が燃料に及びにくい設計(といっても程度問題だが)とする一方で、低温でも流動性を維持できる燃料を使った。一方、SR-71は空力加熱などで温められることを前提としていたので、低温での流動性をXB-70ほどには要求しなかった。

XB-70バルキリー。「死の白鳥」というニックネームを付けるなら、B-1Bよりもこちらのほうが似つかわしいと思うのだが Photo : USAF

ちなみに、SR-71の燃料には「エンジンの燃料」「機体の冷却」に加えて、もう1つの仕事がある。エンジン周りのいくつかの部品を動作させるための作動油としても使われていた。

燃料に作動油を兼ねる設計はSR-71の専売特許ではなく、実はF-35BのF135-PW-600エンジンでも、排気ノズルの向きを変える部分で使っている。燃料(fuel)を油圧(hydraulic)の代わりに使うので、両者を合成した fueldraulic という造語の名前がつけられている。

漏れない燃料

SR-71は構造上の理由から、地上にいる時は燃料を漏らし続ける。しかし、揮発性が高いガソリンを使っている飛行機で同じことが起きたら一大事である。

燃焼にしろ爆発にしろ、揮発性が高い石油製品のほうが要注意だ。第2次世界大戦中は、揮発したガソリンが艦内に充満して、それに引火したせいで爆発・火災に至って手がつけられなくなった空母が何隻もあった(珊瑚海海戦やマリアナ沖海戦について書かれた本を読んでみよう)。

そこの事情は飛行機も同じで、燃料タンクに機関銃の弾が当たって引火したら、たちまち機体は火だるまである。そこで、弾が当たった時にできる破口をふさぎ、中に入っているガソリンの漏出を防ぐ燃料タンクが考案された。

それがいわゆるセルフシーリング式燃料タンクで、タンクの内側にゴムを貼り付けた構造になっている。銃弾が貫通して穴が開いても、そのゴムが溶けて穴をふさいでしまうので、燃料漏れは防げる。

セルフシーリング式燃料タンクを実現しようとすれば、「撃たれて破口が開いた時に自動的に溶けて塞ぐ」性質を備えたゴムを大量に調達する必要があり、さらに、それを燃料タンクの内側にきちんと貼り付ける製作技術も必要になる。口でいうのと、実際にモノを作ることの間には壁があるという一例。

念を入れるのであれば、燃料を消費した後にできる空間に窒素みたいな不活性ガスを充填するほうが安全である。実際、SR-71やXB-70はそうやっている。しかし、第2次世界大戦中の戦闘機に、そこまで期待するのは無理があっただろう。

そもそも、充填する不活性ガスをどこから供給するかという問題がある。1ポンドでも軽くしたい飛行機に窒素ガスのボンベを追加するのは性能低下の元だし、窒素ガスを大量に確保して搭載する手間もかかってしまう。結局、第2次世界大戦中の機体では穴をふさぐ仕組みだけでよしとされたわけだ。それでも、ないのとあるのとでは大違いである。

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インデックス

連載目次
第90回 特別編・ATR42-600リポート(1)ATR42とはこんな機体
第89回 飛行機の燃料(8)燃料をめぐるこぼれ話
第88回 飛行機の燃料(7)空中給油のメカニズム
第87回 飛行機の燃料(6)燃料補給の方法いろいろ
第86回 飛行機の燃料(5)燃費改善と空力対策
第85回 飛行機の燃料(4)変わった燃料タンクいろいろ
第84回 飛行機の燃料(3)機内に設置する燃料タンク
第83回 飛行機の燃料(2)ジェット燃料を巡るあれこれ
第82回 特別編・民航機の非常事態を宣言で注目「2次レーダーとスコーク7700」
第81回 飛行機の燃料(1)燃料の種類とアブガス
第80回 軍用機の兵装搭載に関わる制約
第79回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(5)戦闘機と推力重量比
第78回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(4)戦闘機の場合
第77回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(3)軍用機の場合
第76回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(2)
第75回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(1)
第74回 トランスミッションに関する補遺とブレード折り畳みの実況
第73回 STOL/VTOL(10)無人機(UAV)の短距離/垂直離着陸
第72回 STOL/VTOL(9)DARPAの実験機「VTOL X-Plane」
第71回 STOL/VTOL(8)スウェーデンのハイウェイは滑走路!?
第70回 STOL/VTOL(7)F-35Bの面白い挙動
第69回 STOL/VTOL(6)VTOLの実現手法いろいろ(3)リフトファン
第68回 STOL/VTOL(5)VTOLの実現手法いろいろ(2)サンダーバードとテイルシッター
第67回 STOL/VTOL(4)VTOLの実現手法いろいろ(1)リフト・エンジンその2
第66回 STOL/VTOL(3)VTOLの実現手法いろいろ[1]リフト・エンジンその1
第65回 STOL/VTOL(2)STOL機の事例
第64回 STOL/VTOL(1)短距離離着陸と垂直離着陸の基本を知る
第63回 ヘリコプター(12)マルチコプターの操縦
第62回 ヘリコプター(11)高温・高標高などへの対処
第61回 ヘリコプター(10)ヘリコプターの降着装置
第60回 ヘリコプター(9)人や貨物の変わった乗せ方
第59回 ヘリコプター(8)オートローテーション
第58回 ヘリコプター(7)速度限界の突破~ティルトローター機
第57回 ヘリコプター(6)速度限界の突破~推進装置を別に持つ
第56回 ヘリコプター(5)エンジンの数と配置
第55回 ヘリコプター(4)ローター・ヘッドとトランスミッション
第54回 ヘリコプター(3)最高速度の限界とローター失速
第53回 ヘリコプター(2)ヘリコプターの操縦
第52回 ヘリコプター(1)ヘリコプターの形態
第51回 操縦室(10)ヘルメット・マウント・ディスプレイ
第50回 操縦室(9)ヘッド・アップ・ディスプレイ
第49回 操縦室(8)グラスコックピット(その2)
第48回 操縦室(7)グラスコックピット(その1)
第47回 操縦室(6)計器の表示方法と配置
第46回 操縦室(5)計器の種類
第45回 操縦室(4)操縦室の場所と配置
第44回 操縦室(3)機体の姿勢
第43回 操縦室(2)高度・針路・方位
第42回 操縦室(1)いろいろな速度と計測の方法
第41回 客室と貨物室(8)客室のあれこれ - オーディオ、ビデオなど
第40回 客室と貨物室(6)ギャレーと機内での食事
第39回 特別編「国際航空宇宙展2016」で見かけたあれこれ
第38回 客室と貨物室(5)扉を巡るあれこれ
第37回 客室と貨物室(4)超特大貨物用輸送機
第36回 客室と貨物室(3)荷物室と貨物室
第35回 客室と貨物室(2)腰掛けと荷棚
第34回 客室と貨物室(1)窓周り
第33回 降着装置(8)しりもち対策
第32回 降着装置(7)空母搭載機の降着装置
第31回 降着装置(6)降着装置を巡るあれこれ
第30回 降着装置(5)タイヤとブレーキを巡るあれこれ
第29回 降着装置(4)降着装置の畳み方いろいろ
第28回 降着装置(3)降着装置の収納方向
第27回 降着装置(2)脚柱と衝撃吸収
第26回 降着装置(1)降着装置の配置
第25回 航空機の動力系統(12)電動式航空機
第24回 航空機の動力系統(11)同一機種にエンジンいろいろ
第23回 航空機の動力系統(10)エンジンの騒音低減
第22回 航空機の動力系統(9)エンジンの配置と架装
第21回 航空機の動力系統(8)推力の向きを変える
第20回 航空機の動力系統(7)2スプール・3スプール・GTF
第19回 航空機の動力系統(6)タービン爆発事故と品質管理
第18回 航空機の動力系統(5)エンジンの羽根を冷やす
第17回 航空機の動力系統(4)アクセサリーいろいろ
第16回 航空機の動力系統(3)エンジンの始動とAPUとRAT
第15回 航空機の動力系統(2)エンジンの動作を妨げる要因
第14回 航空機の動力系統(1)エンジンの種類と動作原理
第13回 飛行機の操縦(6)その他のあれこれ
第12回 飛行機の操縦(5)動翼の作動方法
第11回 飛行機の操縦(4)スポイラーとエアブレーキ
第10回 飛行機の操縦(3)高揚力装置
第9回 飛行機の操縦(2)動翼にまつわるあれこれ
第8回 飛行機の操縦(1)三次元の操縦操作と動翼
第7回 航空機の構造(7)航空機の機体構造材[2]
第6回 航空機の構造(6)航空機の機体構造材[1]
第5回 航空機の構造(5)主翼の配置と翼胴結合
第4回 航空機の構造(4)戦闘機の機体構造
第3回 航空機の構造(3)胴体の構造
第2回 航空機の構造(2)主翼の内部構造
第1回 航空機の構造(1)揺れたり、反ったり、空間が空いたり

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