【コラム】

航空機の技術とメカニズムの裏側

64 STOL/VTOL(1)短距離離着陸と垂直離着陸の基本を知る

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滑走路を使わずに離着陸できるヘリコプターの話をしばらく続けてきたので、その話の流れで、短距離離着陸(STOL : Short Take-Off and Landing)と垂直離着陸(VTOL : Vertical Take-Off and Landing)が可能な航空機の話に移ろうと思う。これがまたメカニズムの見地からすると面白い分野だが、挑戦と挫折で死屍累々という分野でもある。

STOLの基本となる考え方

STOL(「えすとーる」と読む)とは、離着陸の際に必要とする滑走距離が、通常型の機体と比べて大幅に少ない状態を指す。ちなみに、通常型の機体はCTOL(Conventional Take-Off and Landing)というが、「滑走距離が××メートルを下回ったらSTOL、××メートルを上回ったらCTOL」という業界統一の閾値はないようだ。

離着陸時に滑走を必要とするのはなぜかと言えば、離陸の際は「主翼が充分な揚力を発揮できる速度まで加速する必要があるから」であり、着陸の際には「主翼が充分な揚力を発揮できる速度から安全に減速・停止する必要があるから」である。

「それなら、迅速に加減速すれば離着陸時の滑走距離を縮められるんじゃない?」

おおせのとおり、その通り。だから、エンジンの推力が不足気味だった昔のジェット軍用機では、JATO(Jet Assisted Take-Off)あるいはRATO(Rocket Assisted Take-Off)と呼ばれるロケット・ブースターを機体に取り付けて加速力を上げていた。

空母から発艦する際にカタパルトで射出するのも、狭い飛行甲板を滑走するだけでは不十分な加速を補うためである。空母の場合、さらに艦が風上に向けて全速航行することで合成風速を稼いでいる。

では着陸はどうするかというと、以前に本連載で取り上げたことがあるように、エンジンを逆噴射させたり、エアブレーキ(スピードブレーキ)を展開したり、制動用パラシュート(ドラッグシュート)を展開したりする。空母だと、着艦拘束ワイヤに機体側のフックをひっかけて強引に止める。

しかし、JATOやRATOは離陸する度に取り付けて、用済みになったら投棄しなければならないから面倒だ。しかも、機体の側に取り付け用の穴を用意しなければならない。ドラッグシュートにしても、減速した後で切り離すから、それをいちいち回収して折り畳んで再装着する手間がかかる。

といった具合に、CTOL機で離着陸滑走距離を縮めようとすると、いろいろと面倒な事情がある。そこで考え方を根本的に変えて、「主翼が充分な揚力を発生できる速度」そのものを低くするという考え方が出てきた。それがSTOL機である。高揚力装置を取り付けて揚力を稼ぐとかいう、生易しいものではないレベルで。

VTOLの基本となる考え方

その考え方をさらに推し進めて、「主翼が揚力を発生しなくてもエンジンで機体を支えられるようにすれば、滑走する必要がなくなる」という話になる。それがVTOL機である。VTOLは「ぶいとーる」と読む。

その名の通り、垂直離着陸を行う際には機体は前後方向に移動しないのだから、主翼で揚力を稼ぐことはできない。そこで、エンジンの動力に頼って機体を支えながら離着陸を行うことになる。そして、離陸に成功したら水平飛行に遷移する。着陸の際には逆で、水平飛行から速度を落としつつ垂直着陸に遷移する、という話になる。

当然、垂直離着陸の際には真下に向けて推進力を発揮しなければならない。しかしそのままでは水平飛行ができないから、推進力の向きを切り替える仕組みが必要になる。それを実現できて、かつ信頼性が高いメカを作ること。それと、垂直離着陸に加えて水平飛行との間の遷移を安全・確実に行うこと。それが、VTOL機を実現する際の最大の課題になる。

だから、VTOL機はSTOL機以上に多様な形態が考案されたし、その大半がなにかしらの不備を抱えていて、結果的に頓挫した。モノになった機体はごくわずかといってもいいぐらいだ。

そして、複雑なメカニズムを持ち、複雑な操縦操作を必要とすることになれば、これは民間機としては実現しがたい。よって、民間で滑走路いらずの機体が欲しい場合にはヘリコプターをどうぞ、という話になり、VTOL機が多用される分野は軍用、という状況になっている。

STOVLとスキージャンプ

実際には、離陸時は短距離滑走、着陸時は垂直着陸、という折衷的な運用を行う機体もある。これをSTOVL(Short Take-Off Vertical Landing)という。「えすとーぶいえる」と読む。2017年1月に岩国基地に飛来したF-35BライトニングIIや、その前任のAV-8BハリアーIIが典型的なSTOVL機だ。

以下の動画は、テキサス州フォートワースの飛行場でF-35Bが短距離離陸した後に水平飛行に遷移して、さらにホバリングを行うというもの。「えっ」というぐらいに短い滑走距離で浮揚している様子がよくわかる。

参考 : First F-35B Hover in Fort Worth

実はF-35Bにしてもハリアーにしても、燃料や兵装の搭載量を抑えて、機体の重量がエンジンの推進力を下回る状態にすれば、理屈の上では垂直離陸ができる。しかし、搭載できる燃料や兵装が少なすぎると実用的ではなくなる。つまり、航続距離が極端に短くなったり、飛んでいっても「仕事」ができなかったりするわけだ。

しかし、離陸の際だけ短距離滑走を取り入れれば、主翼の揚力でアシストしてもらえる分だけ最大離陸重量を引き上げることができる。すると、燃料や兵装の搭載量が増える。その方が実用的だから、F-35BにしてもAV-8Bにしても、短距離滑走・垂直着陸を組み合わせている。

ハリアーの開発元であるイギリスで考案され、その後にハリアーの導入国がいくつか、続いてロシアや中国の空母でも導入したのが、飛行甲板の先端を上に向けて反り上がらせた、いわゆるスキージャンプ。

これによって滑走速度を稼げるわけではないが、機体を上に向けて放り上げる効果は得られる。もちろん、角度を付けすぎるとスキージャンプを登るために推進力を食われてしまって逆効果だろうから、ちょうど良いバランス点がある。

以下の動画は、メリーランド州パタクセントリバーの試験施設に設置した陸上スキージャンプを使ってF-35Bが発進する模様を撮影したもの。短距離で離陸できるように、排気ノズルを下に向けたり、コックピット後部のリフトファンを作動させたりしている様子もわかる。

参考 : British pilot is first to fly F-35B from a ski jump launch

開発元のイギリスで見ると、最初にスキージャンプを装備した軽空母「インヴィンシブル」「イラストリアス」は7度だったが、同型3番艦の「アーク・ロイヤル」は12度に増やした。その後、「インヴィンシブル」は12度、「イラストリアス」は13度に増やす改修が行われた。

実はたまたま、「インヴィンシブル」が来日した時におじゃまする機会があったのだが、スキージャンプの先端まで上がって見下ろしてみると、12度でも結構な急坂に見えた(スキーやスノボの経験者なら、この感覚は理解しやすいと思う)。

他の艦も含めて、STOVL運用を行う艦におけるスキージャンプの傾斜角は10度台の前半が1つの目安になっているようである。

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インデックス

連載目次
第81回 飛行機の燃料(1)燃料の種類とアブガス
第80回 軍用機の兵装搭載に関わる制約
第79回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(5)戦闘機と推力重量比
第78回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(4)戦闘機の場合
第77回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(3)軍用機の場合
第76回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(2)
第75回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(1)
第74回 トランスミッションに関する補遺とブレード折り畳みの実況
第73回 STOL/VTOL(10)無人機(UAV)の短距離/垂直離着陸
第72回 STOL/VTOL(9)DARPAの実験機「VTOL X-Plane」
第71回 STOL/VTOL(8)スウェーデンのハイウェイは滑走路!?
第70回 STOL/VTOL(7)F-35Bの面白い挙動
第69回 STOL/VTOL(6)VTOLの実現手法いろいろ(3)リフトファン
第68回 STOL/VTOL(5)VTOLの実現手法いろいろ(2)サンダーバードとテイルシッター
第67回 STOL/VTOL(4)VTOLの実現手法いろいろ(1)リフト・エンジンその2
第66回 STOL/VTOL(3)VTOLの実現手法いろいろ[1]リフト・エンジンその1
第65回 STOL/VTOL(2)STOL機の事例
第64回 STOL/VTOL(1)短距離離着陸と垂直離着陸の基本を知る
第63回 ヘリコプター(12)マルチコプターの操縦
第62回 ヘリコプター(11)高温・高標高などへの対処
第61回 ヘリコプター(10)ヘリコプターの降着装置
第60回 ヘリコプター(9)人や貨物の変わった乗せ方
第59回 ヘリコプター(8)オートローテーション
第58回 ヘリコプター(7)速度限界の突破~ティルトローター機
第57回 ヘリコプター(6)速度限界の突破~推進装置を別に持つ
第56回 ヘリコプター(5)エンジンの数と配置
第55回 ヘリコプター(4)ローター・ヘッドとトランスミッション
第54回 ヘリコプター(3)最高速度の限界とローター失速
第53回 ヘリコプター(2)ヘリコプターの操縦
第52回 ヘリコプター(1)ヘリコプターの形態
第51回 操縦室(10)ヘルメット・マウント・ディスプレイ
第50回 操縦室(9)ヘッド・アップ・ディスプレイ
第49回 操縦室(8)グラスコックピット(その2)
第48回 操縦室(7)グラスコックピット(その1)
第47回 操縦室(6)計器の表示方法と配置
第46回 操縦室(5)計器の種類
第45回 操縦室(4)操縦室の場所と配置
第44回 操縦室(3)機体の姿勢
第43回 操縦室(2)高度・針路・方位
第42回 操縦室(1)いろいろな速度と計測の方法
第41回 客室と貨物室(8)客室のあれこれ - オーディオ、ビデオなど
第40回 客室と貨物室(6)ギャレーと機内での食事
第39回 特別編「国際航空宇宙展2016」で見かけたあれこれ
第38回 客室と貨物室(5)扉を巡るあれこれ
第37回 客室と貨物室(4)超特大貨物用輸送機
第36回 客室と貨物室(3)荷物室と貨物室
第35回 客室と貨物室(2)腰掛けと荷棚
第34回 客室と貨物室(1)窓周り
第33回 降着装置(8)しりもち対策
第32回 降着装置(7)空母搭載機の降着装置
第31回 降着装置(6)降着装置を巡るあれこれ
第30回 降着装置(5)タイヤとブレーキを巡るあれこれ
第29回 降着装置(4)降着装置の畳み方いろいろ
第28回 降着装置(3)降着装置の収納方向
第27回 降着装置(2)脚柱と衝撃吸収
第26回 降着装置(1)降着装置の配置
第25回 航空機の動力系統(12)電動式航空機
第24回 航空機の動力系統(11)同一機種にエンジンいろいろ
第23回 航空機の動力系統(10)エンジンの騒音低減
第22回 航空機の動力系統(9)エンジンの配置と架装
第21回 航空機の動力系統(8)推力の向きを変える
第20回 航空機の動力系統(7)2スプール・3スプール・GTF
第19回 航空機の動力系統(6)タービン爆発事故と品質管理
第18回 航空機の動力系統(5)エンジンの羽根を冷やす
第17回 航空機の動力系統(4)アクセサリーいろいろ
第16回 航空機の動力系統(3)エンジンの始動とAPUとRAT
第15回 航空機の動力系統(2)エンジンの動作を妨げる要因
第14回 航空機の動力系統(1)エンジンの種類と動作原理
第13回 飛行機の操縦(6)その他のあれこれ
第12回 飛行機の操縦(5)動翼の作動方法
第11回 飛行機の操縦(4)スポイラーとエアブレーキ
第10回 飛行機の操縦(3)高揚力装置
第9回 飛行機の操縦(2)動翼にまつわるあれこれ
第8回 飛行機の操縦(1)三次元の操縦操作と動翼
第7回 航空機の構造(7)航空機の機体構造材[2]
第6回 航空機の構造(6)航空機の機体構造材[1]
第5回 航空機の構造(5)主翼の配置と翼胴結合
第4回 航空機の構造(4)戦闘機の機体構造
第3回 航空機の構造(3)胴体の構造
第2回 航空機の構造(2)主翼の内部構造
第1回 航空機の構造(1)揺れたり、反ったり、空間が空いたり

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