客室と貨物室の話をしたら、次は操縦室の話をするのが筋であろう。ということで、今回からしばらく操縦室に関する話を取り上げる。今回はイントロとして、操縦室にたくさん並んでいる計器で表示する、主なデータとデータを得る手段について解説しよう。

対気速度いろいろ

速度計なら、飛行機だけでなく自動車にも鉄道車両にも艦船にも付いている。自動車や鉄道車両では車輪の回転数を使って計測しており、基本的に「速度」は1種類しかない。ただし、鉄道車両の場合、車輪の摩耗や削正によって車輪径が初期値よりも減ってくるので、多少の食い違いが生じる可能性があるが、その話はおいておく。

飛行機の場合、常に地面に車輪が接して回転しているわけではないので、車輪の回転数で速度を知ることはできない。唯一の手がかりは、機体の周囲にある空気である。

自転車やバイクで走っていると、速度が上がるほど強い空気抵抗を受けることは容易に体感できる。走っているクルマの窓や電車の窓から手を出しても同じだが、危ないからやめよう。

これと同じ理屈を使えば、風圧の違いを基にして、速度を計算できることになる。具体的にどうするかというと、機体の前方に向けて口を開けて突き出した「ピトー管」で全圧(移動に伴って受ける圧力)を知る。その一方で、機体やピトー管の側面に開いた静圧口で静圧を知る。すると両者の差を把握できる。

川崎重工が創立120周年記念展に展示していた三式戦闘機「飛燕」の、左主翼に付いているピトー管。先端に全圧検出用の穴が開いているところに注意

事前に「全圧と静圧の差(動圧)が○○なら、速度は△△」という計算をしたり、データをとったりしておけば、それに基づいて速度を割り出せる理屈である。これが「対気速度(airspeed)」だ。ところが、この対気速度にはいろいろな種類があるから、わかりにくいことおびただしい。

  • 標準大気における平均海面上の空気密度の値をそのまま使って算出するのが、指示対気速度(IAS : Indicated AirSpeed)。
  • ピトー管や静圧口の取り付け位置、あるいは機体の姿勢によって生じる誤差を反映させて修正した値が「較正対気速度(CAS : Calibrated AirSpeed)」。
  • 速度や高度が上がると、大気の圧縮性による影響が強まる。速度が上がるほど空気が圧縮されるためで、それを反映させて修正した値が「等価対気速度(EAS : Equivalent AirSpeed)」。
  • 実際の飛行では高度が上がると大気の密度が下がるから、大気密度の変化も反映させる必要がある。それを反映させて修正した値が「真対気速度(TAS : True AirSpeed)」。

海面上ないしはそれに近い高度を小型機でゆっくり飛んでいる場合は、どれをとっても大差はなさそうだ。しかし、機体が大型になり、速度が上がり、飛行高度が上がると、誤差や大気の影響が増えてくるので、補正する必要がある。その影響によって生じる食い違いが事前に計算できるものであれば、それを反映させた値を計器に表示させることができる。

昔だったら補正は手作業、あるいは航法計算盤に依存していたが、今ならエア・データ・コンピュータというものがあるので、全圧・動圧・大気密度・温度のデータを取り込んで計算してくれる。

対気速度と対地速度

対気速度だけで4種類も出てきて、ややこしいことおびただしいが、まだ話は終わらない。空の上では風が吹いているからだ。

地面に対する絶対的な速度、すなわち対地速度(GS : Ground Speed)という指標もある。これは分かりやすい。前述したように、タイヤの回転数で測定することはできない。しかし、今は航法装置のデータから対地速度を計算することができる。

ところが、対地速度が同じでも、対気速度の数字は風の状況によって変わる。つまり、向かい風のときは風速の分だけ水増しされるし、追い風のときは逆に目減りする。対気速度は周囲の空気に対する相対速度だから、そうなる。

筆者が先日、成田空港とダラス・フォートワース空港の間を行き来した時は、座席に取り付けられた機内エンターテインメント用のディスプレイ画面をずっと地図表示にしていた。そこには速度表示の画面もあるが、往路には1100km/hぐらいの速度を示していたのに、復路には900km/hを割り込んでしまった。

機体は同じボーイング777-200ERだから、飛行性能に差はない。しかし、東に向かう往路は追い風を受けるから対地速度が上がり、西に向かう復路は向かい風を受けるから対地速度が下がる。だから、往路は11時間そこそこで着いたのに、復路は14時間もかかった。もっとも、復路のほうが経路が大回りだったせいもあるが。

飛ぶ際に問題になるのは対気速度のほうだ。対地速度がどんなに速くても、対気速度が足りなければ主翼は揚力を生み出してくれない。だから、対気速度に注意して操縦する必要がある。ところが、航法を行う際は対地速度のほうが問題になるのだから、なんともややこしい。

対地速度をどう測るか

さて。飛行機は地面に接触しているわけではないから、対地速度を調べるのに、車輪の回転数で測るわけにはいかない。しかし、GPS(Global Positioning System)受信機があれば、緯度・経度・高度に加えて対地速度を計算できる。GPSを使って速度を表示するスマートフォン用のソフトウェアがあるから、これはわかりやすいだろう。

また、慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)を搭載していれば、これはX軸・Y軸・Z軸の各方向について発生した加速度を常に計測しているから、そのデータに基づいて軸ごとの速度ベクトルを算出して、合成できる理屈である。

もうちょっとわかりやすい方法では、ドップラー・レーダーがある。地面に向けてレーダー電波を発信して、その反射波を受信するのだが、発信元となる機体が移動していると、その速度に合わせて反射波にドップラー偏位が生じる。つまり周波数が変化する。

観測対象がレーダーから遠ざかっている場合は反射波の波長が長くなる(周波数が低くなる)。逆に、接近している場合は反射波の波長が短くなる(周波数が高くなる)。そのドップラー偏位の値を調べれば、速度を計算できる理屈である。

固定翼機はバックできないから、前方の地面は機体に向けて接近するだけである。だから、接近している場合のことだけ考えればいい。つまり、送信した電波に対して、受信した反射波の周波数がどれぐらい上がるかが問題になるわけだ。