旅客機に乗っている時、最も接する時間が長いものは何か。それはもちろん「腰掛け」である。ということで今回は、腰掛けと同様に、接する機会が多いアイテムである荷棚の話をしよう。もっとも、飛行機だと単純な「棚」ではないが。

飛行機の腰掛けに特有の事情

飛行機で使うものは、大はエンジンから小は電線まで、ことごとく軽量化が求められる。だから、腰掛けも当然ながら、軽く作らなければならない。と、これは容易に想像できるが、何も飛行機に限った話ではない。新幹線の腰掛けだって、軽量化のために関係者が知恵を絞っている。

その新幹線の腰掛けと飛行機の腰掛け。どちらもリクライニングシートで背面テーブル付きで、機能的には似たところが多い。というか、背面テーブルは飛行機のほうが先で、それを鉄道業界でも取り入れたという流れだ。筆者の記憶が正しければ、その1番手は100系新幹線電車だ。

ところが、飛行機の腰掛けと鉄道車両の腰掛けで決定的に違うのは、飛行機の腰掛けは向きが固定というところ。列車みたいに進行方向を変えるわけではないから、前向き固定で用が足りる。

実はもう1つ、わかりにくい違いがある。鉄道車両の腰掛けは位置が決まっているが、飛行機の腰掛けは機内床面を前後方向に走るレールの上に取り付けてあり、状況に応じて前後の間隔(シートピッチ)を変えることができる。

同じエアラインの同じ機体で頻繁にシートピッチを変えることはないだろうが、例えば同じ機種でも導入するエアラインによってシートピッチが違う、ということは普通に起きる。わかりやすいところでいうと、できるだけ多くの乗客を詰め込みたい(失礼)LCCの機体は、シートピッチが狭い。乗ってみれば一目瞭然である。

逆に、同じエアラインでも国内線仕様と国際線仕様で機内の構成が違うのはよくあること。飛行時間の違いや需要を考慮して、国内線ではシートピッチを狭くして収容力を増していることもあるだろう。

ともあれ、腰掛けごとに、オーディオサービス、コールボタン、読書灯のオン/オフなどといった用途に使用するための配線を必要とする。最近では電源コンセントを設ける事例も増えつつあるようである。

腰掛けと窓割は無関係

実は、腰掛けの話より先に窓の話を書いたのには理由がある。

海外の車両、あるいは日本国内でも後日のグレードアップ改造でシートピッチを変えた場合は話が違ってくるが、鉄道車両では基本的に、腰掛けと窓の位置を合わせるように設計する。腰掛け1列ごとに窓を設ける場合、窓の幅と間柱の幅の合計が、シートピッチとそろうように設計すればよい。

例えば、N700系中間車の普通車なら、窓の幅は540mm、間柱の幅は540mmで合計1040mm。これはシートピッチの数字と合致する。先頭車はシートピッチが1023mmだが、窓のサイズは同じで、間柱の幅を523mmに減らして調整している。

ところが飛行機の場合、前述したような事情により、シートピッチは一定ではない。しかし、いちいちそれに合わせて窓を設ける位置や窓の間隔を変えることはしない。同じ機種なら基本的に、窓のサイズや間隔は同じである。

そうしないと機体の構造設計をいちいちやり直す羽目になり、それはまるで現実的な話ではない。もしも、シートピッチに合わせて窓のサイズや位置をいちいち直ししていたら、強度計算も強度試験もやり直しになり、製作工程はバラバラになり、機体の値段が上がり、引き渡しが遅れる。

だから飛行機の場合、腰掛けの位置と窓の位置が合わない場面は普通に発生する。時には窓がない場所に腰掛けを設置してしまい、Webサイトの座席事前指定画面で「この席には窓がありません」と断り書きを入れるようなことも起きる。

荷棚の構造は大きく分けると2種類

続いて、機内持ち込み荷物を収納する荷棚の話を。業界用語では「オーバーヘッド・ビン」というが、ビンといっても瓶ではない。英語の「bin」には「容器」という意味があって、そちらのほうが近い。

飛行機は、機首の上げ下げや旋回に伴う左右の傾斜が日常的に発生するし、気流の関係で揺れることもある。だから、傾いたり揺れたりしても荷物が落ちてくることがない構造にする必要がある。

そこで実機を見てみると、2種類の「派閥」があることがわかる。1つは、単なる「ふた付きの荷棚」。ふたをパカンと開いて荷物を出し入れする。もう1つは、特に大型機で主流になっている、荷棚全体が手前に傾斜するとともに降りてくるタイプ。

もちろん、収納部が低いところまで降りてくる後者のほうが、特に小柄な人にとっては出し入れがしやすい。その代わり、構造は複雑になるし、上下方向の空間を多く必要とする。だから小型機だと採用しづらい方法ではある。

ボーイング767のうち初期のモデルだと、両サイドはふた付きの単なる棚で、中央だけ棚が降りてくる構造になっている。その中央側のオーバーヘッド・ビンは角張った形状で、あまり愛想がよくない

これはボーイング787。787や777のオーバーヘッド・ビンは、丸みを帯びた、ちょっと優しい形になっている

余分な重量を背負い込むのは飛行機にとって「悪」だから、オーバーヘッド・ビンが頭上から降りてくると、発生した空間からは裏側の構造が見えてしまうこともある。閉めれば見えなくなるのだからカバーをする必然性はないし、機体構造・配線・配管などへのアクセス性が向上して整備点検が楽になる。

オーバーヘッド・ビンが降りてくると、隙間から舞台裏がチラッと見えてしまいそうだ

日本の国内線だと、「100席」を境にして機内持ち込み可能な荷物のサイズ上限が変わる。もちろん「100席未満」のほうが小さい。

具体的な数字を日本航空のWebサイトで確認してみたら、重量上限は同じ10kgだが、三辺のサイズ合計に違いがあり、100席以上の機体は115cm以内(幅55cm×高さ40cm×奥行25cm以内)、100席未満の機体は100cm以内(幅45cm×高さ35cm×奥行20cm以内)となっていた。

ひょっとすると、機体が同じでも乗せる人数が多くなるLCCだとサイズ制限に違いがあるかと思ったが、試しにピーチ・アビエーションのWebサイトで見てみたところ、変わりはなかった。

最後に余談を1つ。 乗客が使うことはあまりなさそうだが、離陸前に客室乗務員が「荷棚がちゃんと閉じられているかどうか」を確認する際に多用しているのが、腰掛けの脇に取り付けられている足掛け。ただの構造材に見えるが、実はそこに片足を載せると高いところまで手が届くようになる。