米国の宇宙企業スペースX(SpaceX)が2017年11月4日(現地時間)に、ロケットエンジンの試験中に事故を起こしていたことが明らかになった。米国の宇宙系メディアなどが9日、相次いで報じた。

この事故で試験設備は大きく損傷したものの、けが人は出ていないという。

スペースXによると、事故を起こしたのは開発中の改良型エンジンであり、早ければ15日にも予定されている次の打ち上げなど、今後当面の打ち上げ計画への影響はないとしているが、事故の原因やその対応の行方によっては、将来の有人宇宙船の打ち上げなどに影響が出る可能性はある。

マーリン1Dエンジンの燃焼試験の様子。事故を起こしたのはこのシリーズの最新型にあたるエンジン (C) SpaceX

新型エンジン「マーリン1D++」

スペースXによると、事故は11月4日(現地時間)、テキサス州のマクレガーにある同社の試験施設において発生した。宇宙開発の情報に強いフロリダ州の地元紙「フロリダ・トゥデイ」によると、燃焼試験の前に液体酸素を流す「LOX drop」という試験を行っていた際に、どこからか漏れが発生し、爆発(純粋に物理的な意味ではなく、より広い意味での爆発)が起きたとしている。

すでに、米空軍や米国航空宇宙局(NASA)、連邦航空局(FAA)に事故の報告を行い、現在は事故の根本的な原因について調査を行っているという。

この事故によるけが人は出ておらず、安全も確保されているとしている。ただ、試験設備は大きく損傷し、復旧までは2~4週間程度かかるという。マクレガーにはエンジンの試験設備がもう1か所あり、こちらも事故の影響で小さな損傷を受けたものの、数日で復旧できるほどだという。

スペースXのエンジンは、カリフォルニア州ホーソーンにある同社の工場で製造され、このテキサス州マクレガーの試験場での試験を経て、フロリダ州とカリフォルニア州にある発射場へと送られる。そのため他の業務への影響もないという。

同社によると、事故を起こしたのは、開発中の「マーリン1D++」(Merlin 1D++)と呼ばれるエンジンだったという。

マーリンとは、スペースXのロケットに伝統的につけられている名前で、『アーサー王伝説』に登場する魔術師の名前であり、また英国の戦闘機や戦車などに搭載されたレシプロ・エンジンの名前でもある。

ファルコン9に使われているのはマーリン1Dというエンジンで、第1段に9基、第2段に高真空用に改修したエンジンを1基装備している。

ファルコン9は第1段にマーリン1Dエンジンを9基、第2段にも1基装備している (C) SpaceX

今回事故を起こしたマーリン1D++は、開発中のファルコン9ロケットの最新型「ファルコン9 ブロック5」に使用されるエンジンで、海面上での推力は845kNと、初期型のマーリン1Dより約24%、現行のマーリン1D+より約11%も向上している。さらに、再使用しやすくするために部品や構造なども改良されており、見た目や型番はともかく、実質的に別物のエンジンになっている。

スペースXによると、現行のブロック4とはエンジンが別物であることから、この事故による今後の打ち上げ計画への影響はないとしている。同社は11月15日(現地時間)にも、国家偵察局(NRO)の極秘衛星「ズーマ」(Zuma)を打ち上げることを予定しており、11日には打ち上げ前恒例の燃焼試験も行われている。さらに今年中に、もう2機のファルコン9と、1機のファルコン・ヘヴィの打ち上げも予定されている。

なお、スペースXのイーロン・マスクCEOは11日まで、この事故に関する声明などは発表していない。

スペースXと米国の有人宇宙計画を担うファルコン9 ブロック5

スペースXが運用しているファルコン9にはいくつかの種類があり、現在運用されているのは「ファルコン9 ブロック4」と、一部の再使用機ではそのひとつ前の世代にあたる「ファルコン9 フル・スラスト」の2種類がある。

そして開発中のブロック5は、ブロック4の次の世代にあたる改良型で、ファルコン9シリーズにとって最新かつ最後の改良型になるとされている。

ブロック5では、マーリン1D++によって打ち上げ能力が向上するだけでなく、第1段機体の底面にある耐熱シールドを強化したり、降下時に機体を制御するフィンや着陸脚を改良するなどし、従来よりも頻繁に、かつ低コストで再使用できるロケットになるという。

今年6月にスペースXのグウィン・ショットウェル社長が語ったところによれば、従来のフル・スラストやブロック4の第1段機体は約2~3回の再使用しかできないものの、ブロック5は約12回再使用できるようになるという。

着陸するファルコン9の第1段機体。開発中のブロック5では、いままでより着陸やその後の再使用がしやすくなるとされる (C) SpaceX

また、有人宇宙船「ドラゴン2」を打ち上げるため、NASAの要求に基づく安全面での改良も数多く施されており、かねてよりの懸念でもあったエンジンのターボ・ポンプのタービンに亀裂が入りやすいという問題も改善されている。

ブロック5は2018来年4月以降の初打ち上げが予定されており、今回の事故はその試験中に起きた。

新開発のエンジンが試験中に事故を起こすのは珍しいことではなく、最近でも同じ米国の宇宙企業であるブルー・オリジンが、新型エンジンの試験中に爆発事故を起こしている。

スペースXでは、この事故による今後の打ち上げスケジュールへの影響はないとしているが、フル・スラストやブロック4を使った打ち上げについてはともかく、ブロック5の開発や初打ち上げに影響が出る可能性はある。

もし今回の事故が、部品の品質や組み立て時のミスなどによるものであれば改善も比較的容易なため、若干の遅れであれば、開発スケジュールにあらかじめ設けられている余裕の中で吸収できるかもしれない。

ただ、ブロック5は有人宇宙船の打ち上げに使うことから、開発にはNASAの審査が入っているため、その手続きや再審査などで余計な時間がかかる可能性はある。

さらに、もしエンジンの構造や設計などに起因するものであったとすれば、数か月単位での遅れは確実となり、ブロック5の初打ち上げやドラゴン2の打ち上げ予定に影響が出ることは避けられないだろう。

スペースXではブロック5の完成後、すべてのファルコン9の打ち上げを、現行のフル・スラストやブロック4からブロック5へ切り替えることを計画している。もしブロック5の開発が遅れた場合、通信衛星や地球観測衛星など、無人の人工衛星については、従来どおりブロック4を使い続けることで対応できるかもしれない。しかし有人のドラゴン2宇宙船はブロック5でなければ打ち上げられないため、開発が遅れたからといってブロック4による打ち上げに切り替えることはできない。

つまりブロック5の開発の遅れは、スペースXとNASAが予定している宇宙飛行士の打ち上げ予定や、そして宇宙飛行士の輸送をロシアの「ソユーズ」宇宙船に依存している現状に終止符を打ち、「ふたたび米国の地から、米国の宇宙船で、米国の宇宙飛行士を打ち上げる」という、かねてよりの大きな目標にも影響を与えることになるかもしれない。

有人宇宙船「ドラゴン2」を載せて打ち上げを待つファルコン9 ブロック5の想像図 (C) SpaceX

参考

SpaceX suffers rocket engine failure in Texas; no impact to launches
Engine for upgraded Falcon 9 rocket explodes on test stand - Spaceflight Now
SpaceX suffers Merlin engine test mishap - SpaceNews.com
SpaceX static fires Zuma Falcon 9; engine test anomaly no issue for manifest | NASASpaceFlight.com

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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