宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月14日、X線天文衛星「ASTRO-H(ひとみ)」に搭載された軟X線分光検出器(SXS)による観測結果から、ペルセウス座銀河団中心部の鉄属元素の組成比は太陽のものと同じであることが判明したと発表した。

同成果は、「ひとみ」コラボレーションに基づいた共同研究によるものであり、メリーランド大学の山口弘悦 准教授(NASAゴダードスペースフライトセンター研究員 兼務)を論文の責任著者として、英国科学誌「Nature」(オンライン版)に掲載された

詳細はNatureの論文著者欄を見ていただきたいが、Hitomi Collaborationとして多くの人が参加した論文となっている (提供:JAXA)

同日、JAXAが開催した説明会には、米国に居られるため参加できない山口准教授の代わりに、論文の共同著者の1人である東京理科大学の松下恭子 教授ならびにASTRO-H衛星プロジェクトサイエンティストでもある首都大学東京の大橋隆哉 教授が参加。研究内容についての説明を行った。

左がASTRO-H衛星プロジェクトサイエンティストでもある首都大学東京の大橋隆哉 教授、右が東京理科大学の松下恭子 教授

100個以上の銀河が集まって構成され、その大きさは1000万光年にもおよぶ場合もある宇宙最大の天体「銀河団」だが、質量の大半はダークマターであり、その重力により、いろいろなものを集めている。中でも銀河の質量は全体の1%程度であり、それよりもが数千万度から1億度程度の高温ガスの質量の方が圧倒的に多いく、そうした高温ガスは、銀河と銀河の間に多量に存在していることがこれまでの研究から判明している。

また、この高温ガスには、宇宙誕生から現在に至るまでに、恒星や超新星爆発などにより合成されたさまざまな元素が溜め込まれていることが分かっており、銀河団の高温ガスの化学組成が解明できれば、現在の宇宙の平均的な化学組成を導きだすことができるようになる。

さまざまな元素を生み出す超新星爆発だが、さまざまな種類があることが知られており、中でも太陽と同程度の重さながら、大きさは地球程度という高密度天体「白色矮星」が引き起こす「Ia型超新星爆発」は、クロムやマンガン、ニッケル、鉄といった鉄属元素の主要生成源であるとされている。しかし、これまでのX線天文衛星による観測では、強い鉄の特性X線とニッケルの特性X線が混ざるなど、分解能が不十分であり、直接観測以外の方法で数値を予測する必要があり、正確さに欠けるという課題があった。

今回、研究チームはASTRO-Hの観測装置立ち上げ時の「軟X線分光検出器(SXS)」の初期観測として行われたペルセウス座銀河団の観測データから、化学的性質に着目して研究を実施。その結果、過去のX線天文衛星で得られたX線スペクトルよりも高い分光能力を活用することで、ケイ素、硫黄、アルゴン、カルシウム、クロム、マンガン、鉄、ニッケルの特性X線を検出することに成功したという。

ペルセウス座銀河団の1つの銀河を観測対象として、X線スペクトルを分析。その結果、ケイ素、硫黄、アルゴン、カルシウム、クロム、マンガン、鉄、ニッケルの特性X線を検出することに成功した (提供:JAXA)

ペルセウス座銀河団の可視、X線合成画像と、ASTRO-H衛星の観測から得られたペルセウス座銀河団中心部のX線スペクトル。X線スペクトルの黄線はASTRO-H衛星よりも以前の観測から得られていたX線スペクトル。さまざまな元素のピークがASTRO-Hの観測結果からは見て取れることが分かる (c) JAXA/Ken Crawford (Rancho Del Sol Observatory)

また、こうして得られた元素組成比が、太陽のものとすべて同じであることも判明。過去のX線観測では、直接観測のみでは得にくく、補間が必要となっていたニッケルや鉄は太陽よりも数倍高い値が示されていたものが、覆されることとなった。

論文に掲載された元素量の観測データ。黒い線が実際の値で、赤い線が一番合致しそうな推定値。青い十字は過去のX線天文衛星による観測データ。過去の観測データではニッケルと、鉄+ニッケルのデータが混ざっていることがわかる (提供:JAXA)

赤丸がASTRO-Hが観測したペルセウス座銀河団中心部の銀河団ガスの元素組成比。青いデータは、これまでのX線天文衛星による観測結果。緑の星印は可視光観測による楕円銀河に所属する星の元素量。従来のクロム(Cr)やマンガン(Mn)、ニッケル(Ni)などは観測性能が低かったため、別の手法も交えることで導き出された値であったという (提供:JAXA)

ちなみに、太陽が存在する渦巻銀河である天の川銀河と、ペルセウス座銀河団は約2億4000万光年ほど離れており、かつ銀河団の中心部では、楕円銀河やS0銀河が多く存在しているため、まったく環境が異なるといえるが、そうした違いがあっても、Ia型超新星爆発の性質は、母銀河の性質(渦巻銀河か楕円銀河、S0銀河か)に依存することが無いことが示されたとする。

論文に掲載された図を一部改変したもの。黒丸がASTRO-Hの観測から求められた鉄族元素の組成比で、青、赤、緑、灰色の各色の範囲は、Ia型超新星と重力崩壊型超新星の組み合わせを考えた場合の組成比。ここから、Ia型超新星の爆発時の質量分布は、母銀河の性質によらず、限界質量と、より軽い質量での爆発の両方が存在する可能性が示唆されたという (提供:JAXA)

今回の成果について、大橋教授は、「太陽の組成比は、太陽が出来た時点の、ビッグバンから約90億年ほど経った時点の宇宙の星間ガスによるものであり、渦巻銀河のそれなりに元素が混ざった状態の組成である。これが銀河団の組成と同じであるということは、太陽の元素組成は現在の宇宙で平均的な組成と言えそうだ」と説明する。

また、松下教授は、今回の成果により今後、「現在の宇宙の平均的な組成がわかったことで、どのような超新星ばくはつが、どの程度起こってきたのかがわかるようになる」と説明する。ただし、残念ながら「ひとみ(ASTRO-H)」は、打ち上げから1か月ほどでトラブルが発生して、衛星としての機能を喪失。現在、2020年打ち上げを目指して代替機の開発計画が進められているが、代替機の打ち上げまで、同程度の精度での観測は期待できないこととなる。この点についても、松下教授は、代替機の打ち上げ以降は、今以上の成果が期待できるのは当然としつつ、その間の研究としても、X線による観測のみならず、すばる望遠鏡による可視光観測やアルマ望遠鏡による電波観測などと組み合わせる研究なども進められているとのことで、そうした新たな取り組みによる宇宙の謎の解明に向けた成果がでてくることが期待できるとしていた。

銀河団のガスが持つ元素量を正確に測定することは、宇宙の謎の解明につながる (提供:JAXA)

なお、「ひとみ」の観測データは、2017年10月に公開されており、今後は、どのデータを活用した研究が各所で進められることも期待できるという。

参考文献

宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 宇宙科学の最前線「X線で白色矮星の重さを測る」
宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 宇宙科学の最前線「「すざく」が明らかにしたIa型超新星の起源」
宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 トピックス 「銀河団も太陽も化学組成は同じだった ~高温ガスが語る超新星爆発の歴史~」
首都大学東京 プレスリリース 「意外に静かだったペルセウス座銀河団中心の高温ガス」
科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 宇宙開発利用部会 第35回 「X線天文衛星ASTRO-Hのプロジェクト終了について」
Hitomi MASTER Catalog(ひとみの観測データ)