国立成育医療研究センターと大日本印刷(DNP)は10月2日、生体の腸に近い特性を示す立体臓器(以下、ミニ腸)の創薬分野への応用に向けた共同開発を開始することを発表した。本稿では同日に開催された記者発表会の様子をお届けする。

左から国立成育医療研究センター・笠原群生氏、同・阿久津英憲氏、DNP・杉本登志樹氏、同・土屋勝則氏

国立成育医療研究センター研究所 再生医療センターの阿久津英憲生殖医療研究部長、梅澤明弘センター長、臓器移植センターの笠原群生センター長を中心とした研究グループは2017年1月、ヒトのES細胞またはiPS細胞からミニ腸を試験管内で創生することに成功している。このたび同センターとDNPは、ミニ腸の安定した作成プロセスに用いた新技術「薄膜多層パターニング技術」を駆使し、新たな共同研究を開始する。

ミニ腸の研究成果について説明する国立成育医療研究センター研究所 再生医療センターの阿久津英憲氏

はじめに阿久津氏が登壇し、ミニ腸について説明した。同研究の論文は今年1月に公開され、9月の段階で5千超の閲覧数に達するなど、成果が注目されていることを明かした。ミニ腸とは、1cm程度の風船のような形状のもので、通常の腸は栄養を吸収する上皮が内側にあるのに対し、ミニ腸は外側を向いているのが特徴。ヒトの腸のように、筋肉の収縮によって消化した食べ物を移動させる「蠕動」運動を自立的に行う。栄養を吸収する上皮の部分とそうでない部分が明瞭に分かれており、生体の腸に近いものが試験管の中でできていると説明した。

ミニ腸の創生には、DNPのマイクロパターン技術が応用されている

実際に、ヒトの腸が活発になる薬を投与したところ、れん縮するような活動が活発になり、逆に腸の動きを抑制する薬では動きが遅くなり、さらに追加するとほとんど動かなくなるなど、薬に反応することが確認され、研究グループの観察では、1年以上生存しているとのことだ。

試験管内で創生した腸の機能を持つものが安定的に長期間生存した事例は、これまで報告がなかったという。これは、DNPのマイクロパターン技術を応用して作成された。ミニ腸の上皮が外側を向いていることから、薬の評価に適した形態になっているということだ。

ミニ腸の実物

次に、DNPの杉本登志樹氏が登壇し、この共同研究への取り組みについて説明した。同社は、雑誌や書籍の2次元の印刷のみならず、反射防止フィルムやICカード、食品・医療用パッケージといった多層構造の印刷など多彩な印刷に携わるなか、数百nmという薄膜の中に多層構造とパターニングを作り、新しい可能性を追求することに努力しているという。

DNP・杉本登志樹氏

薄膜のパターニング構造を持った「CytoGraph(サイトグラフ)」という特殊な器財上に多機能制幹細胞を撒くと、パターニングされた領域のみに細胞が集まり、成長・分化したのち、やがて自然にパターンからひとつの組織として離れていく仕組みとなっており、約60日間かけて1cm強のミニ腸になっていくという。

DNPは現在、成育医療研究センターと共同でミニ腸の試作・研究を行っているが、今後は平行して同社の研究施設内にある細胞培養設備にて、自らもより安定的に培養していくと同時に、充填や保存、輸送に向けた「容器」についても研究を行い、2022年を目処に自動培養および自動充填のできる設備を開発し、製薬会社や検査会社へのミニ腸の提供あるいは検査受託サービスの展開を目指すということだ。

パターン培養器財上での「ミニ腸」の作成プロセス

また、ミニ腸の創薬支援の目的に関して杉本氏は、ミニ腸を使うことで候補化合物スクーリングにおいて、人体由来の臓器に近似した化学反応のデータに基づいて検索が可能なことや、動物実験を行わずに薬の有効性や安全性を試験できることなど、それ以上の効果が期待できるとし、創薬支援に大きな寄与ができると考えていると述べた。

また、現在は新薬開発プロセスにおいて莫大なコストが掛かっているが、ミニ腸は治験開始前に成否判定を予測することが臨床試験時のコスト削減につながることから、新薬開発における投資対効果の向上も見込まれると説明した。

「ミニ腸」開発におけるDNPの役割

次に、国立成育医療研究センター 臓器移植センターの笠原群生氏が、同プロジェクトで期待できるミニ腸の応用分野についての説明を行った。

国立成育医療研究センター・笠原群生氏

腸の機能障害には、腸の運動が正常に働かない疾患と、吸収・消化ができない疾患とのふたつに大別されるが、ミニ腸を使うことでこのようなメカニズムを解明することが期待できるという。また、腸疾患によって幼少時に腸を大量に切除すると、身体が成長しないうえ、中心静脈栄養によってやがて肝機能が衰えるため、やがては小腸移植を行わなければならなくなるなどの影響がある。このように腸が絶対的に足りない患者に対し、再生医療が役立っていくのではないかと述べた。

そのほか、冬場はノロウイルスなどのウイルス性腸炎が流行するが、ミニ腸にウイルスを感染させて疾患モデルを試験管の中で作ることができると考えているとし、臨床に直結するモデルを作ることができたと期待しているとし、今後、腸の難病の研究や創薬への応用が期待されると締めくくった。