働く人にとって雇用やキャリア形成は常に大きな関心事である。これまでのコンピューター・テクノロジーは企業の業務効率化や生産性向上に寄与してきたが、働く人の仕事を奪うほどのものではなかった。ところが、人工知能(以降、AI)は幾何級数的なスピードでできることを学ぶことから、その発展による失業が懸念されるようになってきた。本稿では、AIに代表されるテクノロジーが雇用にもたらす影響を考えてみたい。
テクノロジーが雇用にもたらす影響とは?
AIは人間に利益をもたらすものとして期待されているテクノロジーであるが、雇用を奪う脅威として認識されるようになったきっかけが、2013年9月にオックスフォード大学が発表した論文「The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs to Computerization」である。
この論文では、米国労働市場のデータを集めた2010年版のO*NETに含まれる903職種の内702職種を対象に、コンピューター化が各職種に及ぼす将来の影響を検証している。
同論文の著者であるCarl Benedikt Frey氏とMichael A. Osborne氏によれば、米国労働市場における雇用の約47%がコンピューター化により消失するリスクを抱えているという。
職種領域で47%の内訳を見ると、「Office and Administrative Support(オフィス及び一般管理支援)」「Sales and Related(セールスとその関連)」「Service(サービス)」が目立つ。また、リスクの低い職種領域である33%の内訳を見ると「Education, Legal, Community Service, Arts, and Media(教育、法律、コミュニティサービス、芸術、メディア)」「Management, Business, and Financial(マネジメント、ビジネス、財務)」「Healthcare Practitioners and Technical(医師および医療技術者)」「Computer, Engineering, and Science(コンピューター、エンジニアリング、科学)」が多くを占める(下図)。
コンピューター化の影響で消失する確率の低い/高い職種領域 出典:The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs to Computerization |
どんなテクノロジーが雇用に影響を及ぼすか?
では、将来のテクノロジーによる失業の可能性をもたらす要因は何だろうか。同論文では、「コンピューター化」と一くくりになっているが、「AI」と「ビッグデータ」の進化を予測の材料として織り込んでいるのが大きな特徴だ。
特に2人の著者が重視したテクノロジーが、AIの一分野である機械学習(Machine Learning)である。機械学習に関連するテクノロジーとは、データマイニング、マシンビジョン、コンピューター統計学などが代表例であり、機械学習の応用分野としてロボット工学も考慮されている。今後の機械学習の発展により、これまでは難しいとされていた知的作業や複雑な手順で成り立つ非定型業務も代替可能になる見通しだ。
コンピューターの非定型業務への適用範囲の拡大に寄与しているのが、ビッグデータとして知られる大量のデータセットである。機械が正しく学習するには、大量データのリアルタイム分析が不可欠である。さらに言えば、ビッグデータとIoTは表裏一体の関係にある。スマートフォンやフィットネス・トラッカーのような消費者向けのデバイスから産業用機械・機器までが、センサーと通信機能を持つようになり、分析のためのデータを収集することが容易になってきた。ビッグデータやIoTは意思決定を伴う知的労働の一部を代替することになる。
さらに、手作業や肉体労働を代替するものとしてはロボットがある。ロボットは産業用としては製造現場の定型的な業務で既に使われているし、家庭用でも掃除のような単純な仕事に特化したものが登場している。そして、最先端のロボット工学では、機械学習を取り入れて複雑な手作業をこなせるよう進化しつつある。今後は、電源を入れたらすぐにセンサーで得た情報を基に学習を始め、製造、保守・点検、建設、農業といった分野で複雑で非定型的な業務をこなせるように進歩していくことが予想される。
AIに代替される仕事、されない仕事とは?
従来のコンピュータの適用範囲は定型業務であったため、コンピュータが人間の仕事を支援するという役割分担であった。今後はその役割分担も変化するだろう。働く人にとって失業は最大の脅威であり、テクノロジーの進化に伴う働き方の変化にどのように適応すればいいかが気になるところだ。
ヤフーでチーフストラテジーオフィサーを務める安宅和人氏によれば、機械学習をベースにしたAIの用途は大きく「識別」「予測」「実行」の3つに分けられ、現時点でのそれぞれの応用例には以下のようなものがあるという(Diamond Harvard Business Review、2015年11月)。
- 識別:「情報の判別・仕分け・検索」「音声、画像、動画の意味理解」「異常検知」
- 予測:「数値予測」「ニーズ・意図予測」「マッチング」
- 実行:「表現形成(文章作成や描画などを含む)」「デザイン」「行動の最適化」「作業の自動化」
こうして見ると、AI(機械学習)は人間のような繊細な知覚は持たないし、0を1にするようなまったく新しいアイディアを産み出す創造的な思考は持っていないことがわかる。さらに、コミュニケーションを通じて人を動かす力を持つわけでもない。
AIと人間が持つ能力との間にはギャップがあり、人間には人間にしかできないコアスキルがある。AIを敵と見なすのではなく共存の道を探るには、定型業務と非定型業務という役割分担ではなく、人間にしかできないこととAIでもできることの役割分担を見直すことが不可欠だ。その意味で、AIの発展は、すべての働く人に仕事の本質の変化に適応することを求めていると言える。