公開1カ月で興行収入53億円を超え、連日SNSなどで話題になっている映画『シン・ゴジラ』。この作品の編集作業には、アドビの映像ソフト「Premiere Pro CC」が用いられている。これは、業界から見るとまったくの「常識外れ」であったのだという。
今回は、アドビ システムズが2日に開催したクリエイターの祭典「Adobe MAX Japan 2016」にて展開された同作の編集・VFXスーパーバイザーを務めたTMA1取締役 佐藤敦紀氏のスペシャルトーク、およびその後行われたプレス向けラウンドテーブルで聞いたエピソードをお届けする。
Premiere Proを採用したのは「監督が庵野秀明だから」
具体的なワークフローの解説に入る前に、佐藤氏が『シン・ゴジラ』の製作に参加した際のスケジュール感が示された。2015年1月、映画『進撃の巨人』のVFX仕上げの真っ最中にオファーが届いたのが始まりだったという。
そこから、撮影開始が2015年8月、撮影終了 2015年10月予定となっているが、これはVFXを多用する作品としては非常に時間が少ない、と佐藤氏は振り返る。ギャレス・エドワーズ監督の(製作予定だった)『GODZILA』続編の公開より先に『シン・ゴジラ』を公開する目算で動いていたため、これだけタイトなスケジュールが引かれていたのだ。
足りない作業日数をフォローするために、オファーの段階でPreViz(プリビズ・プリビジュアライゼーションの略。今回のケースでは撮影前にCG、絵コンテなどで作った撮影シミュレーション映像を指す)の導入が決まっていた。また、「監督が庵野秀明であること」が課題という驚きの項目が挙げられた。
庵野監督ははこだわりが強く、作品の質をあげるためにはどんなことでもやる、粘り強さを持った人物。そんなクリエイターと作品を作り上げるにあたり、佐藤氏はそれに応じられるような環境を整える必要があると考えた。結論から言えば、その方針から導き出されたのが、「Adobe Premiere Pro CC」(以下、Premiere Pro)を用いた編集ワークフローだった。
実は、邦画映画業界の標準ソフトはAvidで、大規模な作品でPremiere Proが用いられた事例は今回の『シン・ゴジラ』が初となる。佐藤氏は以前Final Cutを使用していたが、(最新版が映画製作には向かない製品仕様になってしまっていたことから)同作を制作するにあたって試してみるつもりで採用した。ソフト選別の条件としては「安定性・軽快な反応・使いやすさ」、「ポスト・プロダクションとのコネクティング」、「複数の人数が使う→協調性・経済性」という三点が挙げられ、Premiere Proがそれを満たすと判断されたのだ。
撮影前に、声優の読み上げるせりふで音声ライカ版ラッシュを本編通しで作成。通常、編集サイドが撮影前に作業することはなく、異例のフローとなっている。これを元に庵野監督ははこれをもとに脚本修正などをしていたようだ、と佐藤氏は語る。
VFXと編集の分業と同期
編集用のマシンに関して、普段は1台で作業するが今回は計4台を用意し、各シーンに分けて編集助手に担当してもらうワークフローを構築した。同作では撮影する素材の量が非常に多く、1日に24時間以上の素材が届くことも。その整理が一人では追いつかないために、多人数で編集を行えるような体制を整えた。
まったく新しい製作環境だが、導入テストをするというよりは、実地で動かして動作を確認した上で、素材保存用のRAIDを組み、台数を増やしていった。Premiere Proの動作は非常に軽快で、同作の製作シーンにフィットした。この急造りな編成は、さながら、作中の巨災対のような布陣に映る。
ある程度作業が進んだところで、佐藤氏はCG・VFXを担当した白組のVFXスタジオに作業場を移し、庵野監督は、同氏が代表を務める「エヴァ」制作などで知られる映像スタジオ「Khara(カラー)の編集室で分担作業を行うようになった。両者は東宝のPicture Elementサーバ経由で即時同期された。
分業している2カ所の作業場をコネクティングするのは、質の向上において大切だと佐藤氏。これもまた、1ミリ単位でレイアウトの調整を行う庵野監督のために構築したワークフローだ。「細かな要望を編集・VFXで吸い取れるカタチを作りたかった」と佐藤氏は感慨深げに語った。
このような進行は邦画ではほとんど前例がなく、業界内部では珍しいと言われたそうだ。佐藤氏は、「新しいシステムで作っていったと自負をしている。映画をつくるときには伝統作法にのっとることも多いが、(『シン・ゴジラ』)は一部を打ち破るカタチで作りました。また、庵野秀明という偉大な才能をどこまで生かせるかという試みでもあります。このような新しいやり方が日本映画の突破口として次につながればと思っています」とプレゼンテーションを締めくくった。