スマートフォンやSNSが普及し始めた2011年ごろから、インターネット上でのいわゆる「炎上」の件数は増加の一途をたどっている。現在、炎上は1日1回以上発生していると言われており、インターネットでの健全な意見交換を阻害する要因ともなっている。そうした一方で、これまで蓄積されたデータから炎上の発生や炎上に加担する消費者の属性について分析することで、効果的な対策を打つことが可能になるという意見もある。
そこで今回、インターネットの炎上について計量経済学を用いた定量的な研究に取り組む国際大学GLOCOMの助教、山口真一氏と、リスク検知に特化したビッグデータ解析によるソリューションを手掛けるエルテスの代表取締役社長、菅原貴弘氏に、新たに見えてきた炎上の実態と企業がとるべき対策などについて話を聞いた。
年収が高い人ほど炎上に参加している!?
──今回、山口さんは炎上についての調査結果を統計分析し、書籍『ネット炎上の研究:誰があおり、どう対処するのか』(共著、勁草書房)にまとめられていますが、そこで明らかになった炎上の実態とはどのようなものでしたか。
山口:今回の調査結果を統計分析したところ、これまで定量的な研究がほとんどなされていなかった炎上について、さまざまな傾向が具体的な数値とともに見えてきました。中でも興味深かったのが、炎上は頻発しているものの、実際に参加しているインターネットユーザーの割合は非常に少ないという事実です。過去に1度でも炎上に参加した経験のあるインターネットユーザーの割合は全体の1.1%に過ぎず、さらに過去1年以内に参加した人に絞るとわずか0.5%しかいないことがわかりました。それでも炎上が頻発している理由としては、炎上参加者には複数回コメントを書き込んでいる人が多いことが推測されます。
また、年収が高い人ほど炎上への参加経験を有する率が高くなる傾向が見られました。さらに、女性よりも男性のほうが炎上に参加する割合が多く、「子どもと同居している人」「平日のSNS利用が多い人」ほど炎上に参加する傾向が挙げられます。
──年収と炎上参加の相関関係は少し意外ですね。
山口:そうした感想はよく聞きます。これはあくまで仮設ですが、他人に対して「頭をよく見せたい」と考える人の割合が高年収になるほど増えるのではないでしょうか。
──炎上には個人を対象にするものと企業など組織を対象とするものがありますが、両者に違いはあるのでしょうか。
菅原:一昔前であれば個人と法人というのは明確に分かれていましたが、今はその線引きがあいまいになっていると考えています。例え、ば何らかの発言によって個人が炎上した場合でも、その人が所属する企業にまで「延焼」するようなケースも見受けられます。現在の社会では本当の意味での「個人」が少なくなっているのかもしれませんね。
匿名性が炎上に与える影響は意外と小さい
──そもそも炎上というのはなぜ起きてしまうのでしょうか。
菅原:原因はいろいろと考えられるのですが、インターネットでの誹謗中傷に関する裁判などを見ていて強く感じているのが、一次情報と二次情報の違いを正しく理解していない人が増えているのではないかということです。攻撃の根拠がどこにあるのか調べてみると、他のユーザーの伝聞による発言というケースが多いんですね。そうした真偽があいまいなネット上の二次情報を信じて攻撃に走ってしまうような人は、一次情報と二次情報の線引きがきちんとできていないのでしょう。ある意味これは情報リテラシーの問題だと言えるでしょうね。
山口:炎上参加者に特徴的な属性として、インターネットでは人を非難してもいいと考えていることが挙げられます。そして多くの場合、その原動力となっているのは正義感であることもわかってきました。もちろん、面白半分やストレスのために参加している人もかなりの割合いるのですが、「この人の発言は許せない」「この企業のふるまいは良くない」と感じることで、"正義の鉄槌"を下すべく炎上に参加する傾向が強いのです。よく炎上が起きる背景として匿名性が挙げられますが、正義感で動いている以上、匿名性の影響は限定的ではないかと個人的には考えています。実際、過去に韓国でインターネットの実名制度が取り入れられたことがあるのですが、結果的に誹謗中傷の件数はあまり変わりませんでした。書き込む人たちは正義だと信じているわけですから、たとえ実名だろうが臆することがないわけですね。
──では、企業が炎上を防ぐためにはどうしたらいいのでしょうか。
菅原:日頃から炎上を防ぐための心構えはいろいろとあるのですが、まず「発火」しやすいような話題には不必要に触れないことが大切でしょう。ただし、そうした避けるべきテーマは日々刻々と変わり続けますから、なるべく専門家と連携して情報収集するようにしたいです。例えば、少し前に、アルバイトが店舗の冷蔵庫に入り込んだ写真をSNSに投稿して炎上するケースが相次ぎましたよね。あのような行為は一度流行するとまねする人間が続出します。したがって、専門家から最新の情報を常に入手するようにしておけば、自社のスタッフに対して事前に注意を促すなど、何らかの対策を打つことが可能になってくるわけです。
それと先程もお話したように、やはり情報発信者のリテラシーがとても大事です。企業のアカウントであっても、ある程度"バズる"ことを狙うとなれば、ギリギリの話題を攻める必要があるでしょう。そうなれば当然、炎上するリスクも増大します。そこで鍵を握るのが、テーマの取捨選択や微妙な言い回しなどで炎上を回避するリテラシーが発信者にどれだけあるかです。最近の若い人たちはネットリテラシーは確かに高いのですが、一般常識のリテラシーが低い人も多いのではないかと危惧しています。
山口:それはあるかもしれません。インターネットやSNSが生活に入り込み過ぎていて、こういう投稿をしたら情報漏えいになってしまうと思い至らない人が増えているのかもしれません。「これ本当に書いてしまっていいの?」と立ち止まらずに世界に発信してしまうことはリスクが大きいでしょう。
無条件に謝罪する前に、きちんと状況判断を
──もし自社が炎上に巻き込まれてしまったとしたら、どのように対処すべきでしょうか。
菅原:まずは炎上の事実を早期発見することです。そしてその後、炎上に対して何らかのアクションするのかどうか、そしてするのではあればどんなアクションを起こすのか決めなければいけません。その際、最も関係の深い現場の担当者の意見を聞くことも大切です。打算的に思われるかもしれませんが、例えば営業担当者が「このままでは商品が売れなくなってしまう」とか、人事担当者が「これでは来年の採用に支障が生じてしまう」などと言ってきたら、それなりの対応が必要である可能性が高いと考えるべきでしょう。
山口:アクションを起こすかどうかの判断は重要です。最近は少し炎上しただけですぐに謝罪してしまうケースが多いですが、本当にそれでいいのかどうか、もっと検討すべきかもしれません。実際、ツイッターや2ちゃんねるなどでちょっと話題になったぐらいでは、大炎上には至りにくいです。炎上が大きくなるのはまとめサイトなどに取り上げられた時で、そうなると場合によってはマスメディアにまで取り上げられる事態にも発展しかねません。
アクションを起こすかどうかの判断材料の1つとして、数多くの批判があっても、その中にそれなりの数の擁護も存在しているかどうかがあります。例えば昨年初め、公的年金の世代間格差をテーマにした厚労省の漫画が炎上を起こしましたが、この件で厚労省は謝罪をしていません。内容について批判されているような意図はなかったことを説明し、現在も掲載を続けています。結果として炎上自体も小規模に終わったわけですが、この時には「言い方はともかく事実は事実だから」という意見も一定数あったことに注目しています。
菅原:そうですね。炎上対策に限らずビジネス全般に言えることですが、日頃から自社や自社製品の「ファン」をしっかりと獲得しておくことは重要でしょうね。
──ありがとうございました。