前編では、今後のデジタルマーケティングを展望する上で重要なトレンドである「アドテクとマーテクの融合」を取り上げた。後編では、前編でも取り上げたScott Brinker氏による2016年のマーケティングテクノロジー(以降、マーテク)の予測「7 not-quite-predictions for marketing technology in 2016」を題材に、2016年のトレンドを占ってみたい。

2016年のマーテク7つの予測

タイトルに「あまりきちんとしたものではない」との断り書きがあるが、Brinker氏による2016年の予測は以下の7点である。

  1. 2016年はMarketing Technology Landscapeに示されるベンダー数がピークを迎える。
  2. 2016年は多くの大手マーテクベンダーにとって、「キャズム越え」に直面する年になる。
  3. アドテクベースのディスプレイ広告が苦境に陥る。
  4. エンタープライズ向けマーテクベンダー間の垂直的競争が激化する。
  5. オープンソースソフトウェアが選択肢に加わるマーケティングテクノロジー分野が増加する。
  6. 異なるテクノロジーを組合せたマーケティングテクノロジースタックがテクノロジー統合を容易にするものとして広く受け入れられる。
  7. ABM(Account-Based Marketing)が2016年で最も熱い分野になる。

この予測の1番、2番、4番は前編で解説した「アドテクとマーテクの融合」に関連する。そこで後編では、筆者が重要と考える予測の6番と7番を中心に、国内企業がマーテク分野で把握しておくべきトレンドを解説しよう。

求められるマーケティング・テクノロジー・スタックの定義

現在のマーテクのエコシステムにおいて、マーケティング・オートメーション(以降、MA)ツールは企業のマーケティング活動の基盤を提供する製品である。この分野のソフトウェアを提供しているマーテク・ベンダーは、アナリティクス、DMP(Data Management Platform)/CDP(Customer Data Platform)といった分野の製品を製品ポートフォリオに組み込み、企業のマーケティング活動を包括的に支援する統合プラットフォームを提供しようとしている。

通常、ビジネス・ソフトウェア市場では、スイート製品の登場がテクノロジー分野が成熟したことを示す。しかし、Marketing Technology Landscapeを見る限り、スイート製品登場の兆しはない。それどころか、Brinker氏の予測の2番目でも「キャズム越え」が課題として示されているように、マーテクはメインストリーム市場に向かう前段階にある。このような状況下で、企業がマーケティングスイート製品の登場を待ってから導入に踏み切るというのは現実的ではない。

「Marketing Technology Landscape」 資料:Chief Marketing Technologist Blog

では、これからマーテクを導入する企業はどうすればよいのだろうか。多くの先進企業ではマルチベンダー戦略を選択する方向に向かっている。具体的には、さまざまなベンダーが提供する製品分野からそれぞれ最適な製品を集め、インフラストラクチャ、ミドルウェア、アプリケーションと積み上げる「テクノロジー・スタック(技術群)」を定義し、これに沿って製品を導入することになると見られる。

テクノロジー・スタックはマーテク・ベンダーとユーザー企業のどちらにも必要である。モデルとなるテクノロジー・スタックを示すマーテク・ベンダーはまだ存在しないが、テクノロジー・スタックは、ベンダーを中心としたエコシステムの充実を示すことになり、連携のためのミドルウェアの選択肢をユーザー企業に提示することにも役立つ。

また、ユーザー企業にとってもテクノロジー・スタックは、自社の他の業務システムとの連携を考慮した上で、最適なマーケティングシステムを構築するための指針となるし、自社のマーケターがマーテクで実現したいことの優先順位を付け、テクノロジースタックが示す計画に従って複数の製品導入を行う上で役立つ。

マーケティングとセールスの連携で期待されるABM

ABMとは、企業がこれまで以上のビジネス価値を最も重要なアカウント(顧客)に提供することを支援する戦略的アプローチである。そして、それぞれのアカウントを1つの市場として扱うことで、企業が既存のアカウントとの関係を深め、新しいアカウントへと関係を拡大することを支援する。

製品やサービスをアカウント(顧客)とする考え方は、B2C企業にはなく、B2B企業特有のものだが、ABMは特に目新しい概念ではない。国内ではキー・アカウント・マネジメント(重要顧客マネジメント)として知られるビジネス・プラクティスと同じであり、優良顧客を明確にした上で、セールス部門が他部門と連携しながら適切な施策を展開するアプローチとして認識されている。

古くからあるABMがあらためてマーテクで注目される背景には、セールス部門ではなく、マーケティング部門が優良顧客を定義し、既存の優良顧客と同様の属性を持つプロスペクトをリードとして育成することに役立つのではないかという期待がある。

国内でも、スコアリングに役立つ企業情報を提供する東京商工リサーチが2015年9月にリリースした「TSR Connect for Oracle」はABMを意識している点で興味深い。

ABMは、国内ではまだまだ「営業の仕事」として認識されているかもしれない。だが、大口顧客イコール優良顧客ではない。ABMはしばしば混同されるこの2つを区別し、B2B企業におけるリード・ナーチャリング・プロセスを補完する考え方であり、マーケティングとセールスの連携を進める上で鍵となる概念として脚光を浴びることになるだろう。