富士通の人工知能(AI)の歴史は30年以上にさかのぼる。2015年11月には、これらの知見や技術を「Human Centric AI Zinrai(ジンライ)」として体系化した。そこで、同社の統合商品戦略本部 AI活用コンサルティング部兼政策渉外室 シニアマネージャーの橋本文行氏に、人工知能技術に関する取り組み、今後の製品やサービスへの展開などについて話を聞いた。

富士通 統合商品戦略本部 AI活用コンサルティング部兼政策渉外室 シニアマネージャー 橋本文行氏

IBMがコグニティブ・コンピューティングのブランドネームとして「Watson」を浸透させたように、富士通はAIのブランドネームとして「Zinrai」を採用。富士通のAI技術を活用した製品やサービスは、「Powered by Zinrai」と呼ばれることになる。

「他社に比べ、AIに関するメッセージの発信が遅れたのは事実。そのため、富士通はAIをやっていないのではないか、という誤解を招いたのは大きな反省点です。今回、体系化したことで、どこに対して、どんな活用ができるのかということを具体的に示すことができました。Zinraiの内容を確認して、"ぜひ富士通と組みたい"という声を数多くいただいています」と橋本氏は語る。

Zinraiは、素早く激しいことを意味する「疾風迅雷」が語源だ。「人を中心に考えるのが富士通のAIの基本姿勢。人の判断や、行動をスピーディーにサポートすることで、企業や社会の変革をダイナミックに実現する役割を担いたい。そうした想いを込めた」という。

富士通が目指すAIの方向性は、「人と協調する、人を中心としたAI」、「継続的に成長するAI」、「AIを製品、サービスに組み込んで提供する」という3点。「人を支え、豊かな生活を実現するのが富士通のAI。一過性の技術ではなく、具体的な製品やサービスに反映することで、人を支援するものになる」と位置づける。

富士通が保有するAI技術を体系化した「Zinrai」。Zinraiの語源は「疾風迅雷」だ

100以上の特許が支える「Zinrai」

富士通が、AIに本格的に取り組み始めたのは、1980年代に起こった第2次AIブームの時だ。1985年には、日本初のAI搭載コンピュータ「FACOM α」を製品化。1988年には、学習技術を活用した移動ロボット「サトルくん」を開発。「サトルくん」に役を学習させ、逃げ回る泥棒役のロボット「ルパン」を、警官役のロボット2体が動けないところへと追いつめるデモンストレーションを行ってみせた。同社が、多くの人にニューラルネットワークによる学習技術の一端を披露したのはこれらが初めてだったと言える。

橋本氏は、「当時、入社したばかりだった技術者たちが40代後半から50代になり、再び訪れたAIブームのなかで、その経験を生かす場が生まれています。かつては、機械に知識を覚え込ませようとしましたが、それすらも難しい時代でした。ですが、今では知識を覚えるだけでなく、それをもとに、教えた以上のモノを導き出すことができるようになっています」とし、「第2次AIブームが終焉を迎えた2008年以降、富士通は100件を超えるAI関連特許を出願。これらで培った知見や技術を体系化することで、AIを活用する提案を具体的に行えるようになります」と語る。

AIに対する関心や期待が高まる一方、社内でも数多くの関連技術が蓄積されてきたことが、ここにきて、富士通が本格的にAIを打ち出してきた背景だ。「ビッグデータを蓄積しても、知識化が課題になっているケースが多い。これをAIによって解決したいという期待が高まっている」(橋本氏)

センシングなどによって蓄積された数多くのデータを、画像処理や音声処理などの「知覚・認識」、自然言語処理や知識処理・発見などの「知識化」、推論・計画、予測・最適化といった「判断・支援」といった観点から処理。さらに、ディープラーニングや機械学習、強化学習といった「学習」、脳科学や社会受容性、シミュレーションといった「先端研究」との組み合わせによって、社会や企業の課題を解決するソリューションとして、社会に還元するといったサイクルが、Zinraiの中で示されている。

「Zinrai」では、感性メディア技術・知識技術・数理技術・学習技術により、「知覚・認識」「知識化」「判断・支援」を実現する

自然言語処理や予測技術といったように、特定の用途で活用するAI技術の訴求ではなく、それぞれのAI技術を組み合わせた提案や、社会課題の解決に向けた具体的なソリューションとして提案できる体制を整えているのが富士通の強みというわけだ。

「感性メディア技術」と「数理技術」が強み

「Zinrai」では、日々の学習による有益な知識やパターンを導き出すことで、AIの継続的な成長を支える「学習技術」、人のような五感を駆使し、人の感情や、気づき、気配りまで処理する「感性メディア技術」、人が理解する知識だけでなく、機械処理できる知識を創り出す「知識技術」、スパコンも活用して社会やビジネス上の課題を数理的に解決する「数理技術」によって構成されるとする。

「学習技術や知識技術はもとより、感性メディア技術、数理技術を得意とするのは、富士通ならではの特徴。ここにZinraiの強みが発揮される」と橋本氏。

感性メディア技術としては、遠くからでも人の視線がどこに注がれているかを検知する「視線検知技術」、遠くからでも3次元測距する「レーザーレーダー技術」などがある。例えば、瞳孔や角膜反射をもとに視線を算出することで、店舗の商品棚のどこに視線が多く注がれているのかを把握でき、商品展示方法や販促手法にも反映することができる。「既存のICTシステムに人の視覚に相当する機能を装備することができる」というわけだ。

また、複数のメディア情報を活用することで、人の気持ちを理解するサービスを実現することが可能になるという。例えば、書類に記入している人の様子を捉え、記入中にペンが止まった部分で、利用者が困惑していることを検知すると、それに最適なガイダンスを手元に表示するといったものだ。超小型視線センサーとプロジェクション表示技術、行動センシング技術の組み合わせによって実現する。 

さらに人の声のトーンから感情や意図を推定する技術を活用して、振り込め詐欺検知にも活用。岡山県警との実証実験では、会話のキーワードと声のトーンの変化から、誤検出を1%未満の精度で、振り込め詐欺であることを特定。実証実験期間中は、振り込め詐欺件数を半減させる抑止効果が認められたという。