「テヅルモヅル」という生きものをご存知だろうか。知らないかたはまず、画像や動画を検索してみてほしい。思わず声をあげてしまいそうになるくらい奇妙な形をしていることがわかると思うが、この不思議な生きものに着目し、これらを「分類」しているという研究者がいる。日本で唯一のテヅルモヅル研究者、茨城大学 理学部 生物科学コースの岡西政典 助教の研究室にお邪魔して、存分にテヅルモヅルへの愛を語っていただいた。
生きものに名前を付ける「分類学」
―岡西先生のご専門である「分類学」とはどういう学問なのでしょうか。
ひとことで言うと、「生物に名前を付けて人間が認知しやすいようにする」というものです。「生きものの名前なんて、すでにほとんど付いているのでは」と聞かれることもありますが、名前が付いている生きものは現在約200万種ほどです。生物は見つかっていない種をあわせると、少なく見積もっても1000万種はいると言われています。
現在のような形式で生きものに名前を付けるという試みが始まってから250年ほどになりますが、仮に1000万種の生きものがいるとすると、単純計算ですべての生きものに名前を付けるにはあと1000年掛かることになりますよね。生物の分類というのは、まだ人類ができていないことのひとつなのです。
―250年前、生きものに名前を付けるという試みを始めたのは誰なのですか。
スウェーデンのカール・フォン・リンネという生物学者です。リンネは「二名法」という生物の種の命名方式を科学の世界で提唱しました。二名法では日本人の苗字と名前のように、ラテン語で属名と種小名を組合せて名前を付けます。この方法がとても画期的だったんです。
大航海時代を経て世界中からさまざまな生物がヨーロッパに集められていた当時は、たとえば「灰色の、毛が長いオオカミ」といったように、その特徴をもとに名前をつけており、ほかの似た種と区別する際に特徴をどんどん名前に追加していきました。しかし生物によっては名前がどんどん長くなり、また種の定義が変わったときに名前との対応がつかなくなったりするので、わけがわからなくなってしまった。これを二名法にすることで、生物の分類がすっきりわかりやすくなったのです。
動物の場合、属名はすべて登録されているので、新種の名前を付けるときは属の中の種名を必ず検索し、同じ名前が生まれないようにします。たとえば、私たち人間はヒト科ヒト属に属する「賢い人」という意味の「ホモ・サピエンス」という名前になりますが、最近「ホモ・ナレディ」というヒト属の化石種が発見されて話題になりました。
謎の深海生物「テヅルモヅル」とは
―分類学のなかでも、岡西先生は特に「テヅルモヅル」という深海生物に着目されているそうですが、いったいどんな生きものなのでしょうか。
名前のとおり、変な生きものです(笑)。見た目でいうともじゃもじゃしていますね。
―この「もじゃもじゃ」の正体は何ですか。
「腕」ですね。テヅルモヅルは分類学的にいうと「クモヒトデ網」というグループに入ります。ヒトデとは腕の骨格がぜんぜん違います。
クモヒトデは、腕が細くてくにゃくにゃしているのが特徴です。また、真ん中の「ディスク」と呼ばれる箇所が腕と明瞭に区別できますが、ヒトデは区別できません。ただし、この分け方だとクモヒトデっぽいヒトデもいるし、その逆もいます。
本質的な違いは「溝」にあります。腕の口側に「歩帯溝」という溝があればヒトデ、なければクモヒトデです。この構造は、彼らの動きにも関係してきます。ヒトデは溝から小さい足のような管足(かんそく)が伸びているため、腕をあまり動かさずに海底を移動しますが、クモヒトデは腕そのものを使って移動します。現状の分類は、腕の構造を上手く反映させた分け方になっています。
―なるほど。テヅルモヅルは、クモヒトデ網のツルクモヒトデ目というグループに属した生きものであるということですね。テヅルモヅルにはどれくらいの種類がいるんでしょうか。
ツルクモヒトデ目は現在185~6種ほど発見されており、その中で腕が分岐するテヅルモヅルは63種ほどが知られています
取材ではいろいろなテヅルモヅルの標本を見せていただいた |
―そんなにたくさんの種類がいるんですか! どういうところに生息しているんですか。
深いところの種数が圧倒的に多いのですが、浅いところにもいます。特に水深がいきなり深くなる海丘や海山の頂上などの、流れのある潮通しの良いところに生息しています。餌となるプランクトンが流れてくるためですね。
―実際にご自分で捕まえることもあるんですか。
はい、船に乗って網で捕獲します。しかしテヅルモヅルが生息するような場所は、岩肌がむきだしでゴツゴツしており、漁具を落とすとひっかかったりなくなったりするので、調査が難しいです。海流を計算して地底網を使って採集をすることもありますが、たとえば海山の西側ではまったく採れなかったのに、東側からはたくさん採れたといったことがあります。深海の調査は何回やっても新しい結果が出てきますね。