ウェザーニューズは9月15日、開発していた自社衛星「WNISAT-1R」を報道陣に公開した。50cm角の超小型衛星で、北極海の海氷観測が主な目的。地球温暖化により、北極海航路の利用が活発になると見られており、船舶の安全な運行に役立てる。ロシアの気象衛星との相乗りで、2016年3月~4月、ソユーズロケットにて打ち上げられる予定。

ウェザーニューズの超小型衛星「WNISAT-1R」。左は開発リーダーの山本雅也氏

WNISAT-1Rの主な仕様。初号機の失敗の後、わずか1年数カ月で完成させた

衛星開発ベンチャーのアクセルスペースと共同で開発した。両社はすでに初号機である「WNISAT-1」を開発し、2013年11月に打ち上げていたが、搭載機器に不具合が発生したため、海氷観測ができなくなっていた。WNISAT-1Rは、その"リカバリー衛星"という位置づけである。開発費は打ち上げ込みで3億円程度。

北極海航路は欧州への近道

WNISAT-1Rの大きさは524×524×507mm、重量は43kg。初号機が27cm角であったのに比べると、一回り以上大きくなった印象だ。メインカメラは4台に増え、サブカメラとして初号機と同型のカメラ2台を側面に搭載。観測データの送信用に、高速なXバンド通信機も備えており、観測衛星としての性能は大きくパワーアップした。

中央の黄色がXバンドのアンテナ。10~20Mbpsの高速通信が可能

メインカメラは4つの観測波長ごとに独立しており、可視光がパンクロ(白黒)、緑、赤の3台で、近赤外が1台。可視光と近赤外を使うのは、反射率の違いから、海氷と雲とを見分けるためだ。画素数は2,048×2,048。地上分解能は、近赤外/赤が400m(撮影幅は800km程度)、緑/パンクロが200m(同400km)となる。

青の代わりにパンクロが使われているので、擬似的なカラー画像になる

メインカメラは衛星の底面にある。大きいレンズが近赤外/赤のカメラ

ウェザーニューズで衛星プロジェクトを率いてきた山本雅也氏は、「初号機のトラブルを受け、急遽WNISAT-1Rの開発に着手した。海運会社からは『早くして欲しい』という声も聞いている。ロケットの打ち上げが当初予定の2015年末から延びてしまったが、来年の北極海航路のシーズンにギリギリ間に合うタイミングなので、この衛星でリカバリーしていきたい」と意気込みを述べる。

これまで、アジアと欧州を結ぶ航路としては、スエズ運河経由と喜望峰経由の2つの航路があったが、近年の地球温暖化により、第三の航路として北極海航路が出現。海氷の面積が縮小する夏限定の航路ではあるが、航海距離を、スエズ運河経由の約2/3、喜望峰経由の約半分と、大幅に短縮することが可能で、海運会社にとっては、燃料費を削減できるというメリットがある。

北極海航路を通れば、航海距離の大幅な短縮が可能。ただし海氷が大きなリスクだ

Global Ice Centerの佐川玄輝リーダーによると、従来も海氷予測のために国内外の衛星データを活用してきたが、これにWNISAT-1Rが加わることで、より詳しく海氷の状況が分かるようになるという。また自社で運用する専用衛星ということで、撮影頻度が上がり、タイムラグが短くなる点も大きいそうだ。

北極海航路について説明する佐川玄輝リーダー。北極海の海氷は減少が続いている

北極海航路には東側と西側の2つの航路がある。左右のグラフは航路の開通期間

海氷予測には衛星データが欠かせない。リスクを評価し、対応策を提示する

初号機が撮影した画像。このように1枚の画像からも、いろいろなことが分かる

緊急時には火山や台風の観測も

WNISAT-1Rは通常、北極海の沿岸部を中心に撮影していくが、火山の噴火や台風の発生などの非常時には、臨時でその該当エリアの撮影も行う予定。上空の通過時、複数枚撮影するステレオ撮影で立体構造が分かるので、火山の噴煙高度や、台風の雲頂高度などが推測できるという。この観測データは、火山灰の拡散予測や、飛行機の安全航行などに活用する。

春から秋までは北極海の沿岸部を観測。航路が閉じる冬はもう少し南を見る

通過時のステレオ撮影により、対象を立体的に見ることができる

メインカメラの地上分解能は近赤外/赤と緑/パンクロで異なっているのだが、理由が気になる人もいるかもしれない。海氷の観測に適しているのは近赤外と赤。海氷を見るには分解能は400mあれば良く、分解能を抑えた分、広い範囲を見ることができる。一方、火山や台風の観測では、撮影範囲はもっと狭くて良いから、分解能を上げたい。それで緑/パンクロの分解能は200mになっているというわけだ。

また、こうした光学観測ミッションのほか、WNISAT-1Rでは、今後の衛星での採用が検討されている新規技術の実験を目的とした「GNSS-R」ミッションも用意されている。

光学観測には、夜間や曇天時の観測ができないという弱点がある。これを補うため、大型衛星では、電波を出して地上からの反射波を受信するレーダー観測も利用されているが、大電力が必要になるので、超小型衛星では実現は非常に難しい。そこで、自分で電波は出さずに、GNSS衛星(GPSやグロナスなどの測位衛星)が出している電波を利用しようというのがGNSS-Rである。

GNSS衛星からの反射波で地表を見る。電波なので日照や天候にも影響されない

WNISAT-1Rには、GNSS-R受信システムを搭載。地上で反射された電波を受信して解析し、海氷の判別に利用できそうか、実現の可能性を調査する。受信アンテナの横にはサブカメラが設置されており、GNSS-Rの検証用に、電波受信時の海面の様子も撮影しておく。なお、このサブカメラには、メインカメラが使えなくなった時のバックアップとしての役割もある。

白い部分がGNSS-Rの受信アンテナ。受信時には衛星の姿勢を傾ける

受信アンテナの横にあるのがサブカメラ。可視光と近赤外が1台ずつだ

ところでWNISAT-1Rがこのサイズになったのは、アクセルスペースが開発に関わった超小型衛星「ほどよし1号」の衛星バスがベースになっているからだ。本来は、ここまで大きくする必要は無かったそうだが、衛星バスから新規に開発していては時間がかかる。既存の衛星バスを利用したことで、開発期間の短縮を図った。

ほどよし1号は2014年11月に打ち上げられ、現在も順調に運用中。衛星バスが共通のWNISAT-1Rにとって、これは心強いことだと言える。なお、ほどよし1号は高分解能の望遠鏡を搭載したリモートセンシング衛星となっており、撮影された画像の一部はコチラで見ることができる。

前回の不具合への対策は?

初号機のプロジェクトには、約2億円の予算が投じられた。しかし、発生した不具合により、わずか数カ月でミッションの遂行が不可能になってしまった。利益を上げることが求められる民間企業としては、中止するという判断も有り得るところだが、山本氏は「1回失敗して止めるくらいなら最初からやっていない」と言い切る。

宇宙開発にリスクは付きものだ。打ち上げに失敗することもあるし、国の大型衛星でも故障することがある。電子部品の小型軽量化・高性能化もあり、超小型衛星はようやく実用レベルになりつつあるが、まだ歴史は浅い。今後、さらに知見を積み重ねることで信頼性はより向上するだろうが、今はその途上。山本氏も「初号機も2号機も実験機的な位置付け。うまく行かなかったら再挑戦すればいい」と思っていたという。

WNISAT-1Rの今後の予定。2016年6月から定常運用を開始することを目指す

とは言え、初号機と同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。どのような対策が取られたのかは気になるところだ。

初号機では、2つの大きな不具合が発生した。1つはスタートラッカが使えなくなったこと。これで高精度な姿勢決定ができなくなり、オプション的な「レーザー照射実験」ミッションが不可能になった。スタートラッカに搭載されていたCCDが放射線によって故障したことが原因と推測されており、その後CCDを変更するという対策がとられた。新型スタートラッカは、ほどよし1号に採用されており、軌道上で動作は実証済みだ。

左右に飛び出ているのがスタートラッカ(蓋は打ち上げ前に外す)。星の位置から衛星の姿勢を割り出す機器だ

アクセルスペースで開発を担当した永島隆取締役。「リターンマッチのチャンスをもらって感謝している」とコメント

もう1つは、ミッション系ストレージへのデータアクセスができなくなったこと。カメラは正常に動作しているものの、撮影画像をストレージへ保存できないため、観測ミッションが不可能になってしまったのだ。初号機では、地上と通信を行うバス系と、撮影を行うミッション系が、それぞれミッション系ストレージへアクセスできるように、スイッチで切り替えていた。不具合が発生したのは、このストレージかスイッチだと考えられる。

WNISAT-1のデータアクセス経路

こういった構成を採用したのは、初号機は27cm角と小さく、電力リソースの制約が大きかったことが理由。しかし、大型化により余裕ができたほどよし1号/WNISAT-1Rでは、スイッチを排除。バス系とミッション系を高速通信で結び、ミッション系ストレージに不具合が発生したときでも、バス系ストレージに直接、撮影画像を保存できるようにした。さらにバス系ストレージの冗長化も行った。

ほどよし1号/WNISAT-1Rのデータアクセス経路

海氷観測について、山本氏は「本格的な運用のためには、あと5機くらい必要になる」と見ており、「WNISAT-1Rがうまくいけば、次も上げていく計画」だという。ウェザーニューズは今後10年で、10機の自社衛星の打ち上げを目指すとしており、WNISAT-1Rに続く衛星にも注目だ。

衛星にはこんなプレートも貼られている。もちろん「MADE IN JAPAN」だ

意外だったのがこちら。インタフェースにはUSBが使われているようだ