2015年5月16日、カザフスタン共和国のバイカヌール宇宙基地から打ち上げられたロシアの「プラトーンM」ロケットが打ち上げに失敗し、搭載していたメキシコ合衆国の通信衛星「メクスサット1」と共に墜落するという事故が発生した。

プラトーン・ロケットは、大型衛星を打ち上げられるほぼ唯一のロシア製ロケットで、ロシアの軍事衛星や惑星探査機などを打ち上げる主力ロケットとして活躍し、また世界的な人工衛星の商業打ち上げ市場においても高い存在感を放ち、さらに国際宇宙ステーションの建設でも活躍するなど、ロシアの宇宙産業が持つ技術の高さの象徴でもあった。しかしここ数年は打ち上げ失敗が相次いでおり、今や斜陽化の象徴と化してしまった。

前回の記事では、今回の打ち上げ失敗の概要について紹介した。本稿では、今回失敗したプラトーンM/ブリースMが、どのようなロケットなのかについて見ていきたい。

メクスサット1を搭載したプラトーンM/ブリースMロケットの打ち上げ (C)Roskosmos

発射台に立てられようとするプラトーンM/ブリースM (C)Roskosmos

プラトーンの歴史

そもそもプラトーンMや、それに組み合わせられる上段のブリースMとはどんなものなのだろうか。

プラトーンの開発が始まったのは1962年のことである。開発を指揮したのはヴラジーミル・ニカラーエヴィチ・チラメーイ(チェロメーイ)という人物だ。チラメーイは1914年、帝政ロシアのシェドルツェ(現在のポーランドにあたる場所)で生まれ、1984年に亡くなっている。元は数学者だったが、その後設計者に転身し、第52設計局(OKB-52)で辣腕を振るう。巡航ミサイル、弾道ミサイル、宇宙開発の分野で活躍し、50年代から60年年代のソヴィエトの宇宙開発を率いていた、シルゲーイ・カラリョーフ(コロリョーフ)の最大のライヴァルとして君臨した。

プラトーンは当初2段式のロケットで、100メガトン級の強力な核弾頭を米国に撃ち込む、大陸間弾道ミサイル(ICBM)としても使うことを目的としていた。だがその後、1965年にICBM案は中止され、衛星打ち上げ機としてのみ使用されることになる。そして1965年7月16日、初の打ち上げで科学衛星プラトーンを軌道に投入することに成功する。巨大な核爆弾を発射するという出自なだけに、プラトーンの質量は12.2tもある大型衛星だった。

プラトーンの最も目を惹く特徴は、第1段のタンク構造にある。一見すると、米国のロケットのように複数の固体ロケット・ブースターが巻きついているように見えるが、実はこの部分は燃料タンクで、中央部分には酸化剤タンクしかない。通常のロケットでは燃料タンクと酸化剤タンクは直列に並んでいるが、プラトーンがこのような構造を採用した理由は、列車で輸送する都合上、全長を短くしたかったためだ。要するに燃料タンクをロケットの側面に逃がすことで、推進剤の搭載量を変えず、全長を抑えているのである。

一見ブースターのように見える燃料タンク (C)GKNPTs Khrunichev

タンク配置の工夫によって全長を抑えたとはいえ、それでも58mある (C)GKNPTs Khrunichev

なお、ロケットの本来の名前はUR-500というものであった。ソヴィエトのロケットには、そのロケットが最初に打ち上げた衛星と同じ名前がロケットにも付けられるという慣例のようなものがあり(ヴァストーク・ロケットやサユース・ロケットなどがその例)、今日、このロケットがプラトーンと呼ばれているのは、最初に打ち上げた衛星の名前がプラトーンであったから、という理由に過ぎない。プラトーンとは「陽子」という意味である。

1964年には、主に軍用宇宙ステーションや有人の月ミッション用として、ロケットの先端に追加で第3段を載せた機体の開発も始まっており、またさらに4段式も造られ、さらには機体全体に手を加えた改良型のプラトーンKが造られた。そして1967年3月10日、4段式版のプラトーンK/ブロークDが打ち上げられたのを皮切りに、多くの人工衛星や、月探査機ゾーントやルナー、火星探査機マールスといった、月・惑星探査機の打ち上げでも活躍した。この4段目はその後、ブロークDMやDM-2やDM3、そしてブリースMといった具合に進化を続ける。

一方、3段式のプラトーンKは1968年11月16日に初打ち上げが行われ、主にサリュートやミール、国際宇宙ステーションを構成するモジュールの打ち上げで活躍した。

また1995年には、プラトーンを商業打ち上げとして運用するため、米国とロシアの企業が共同でインターナショナル・ローンチ・サーヴィシズ(ILS)社を立ち上げ、1996年からサーヴィスを始まった。これまでに米国や日本など、かつての西側諸国の企業も打ち上げており、かつて米国に核弾頭を撃ち込むために造られたロケットが、米国の通信衛星を打ち上げるという光景が見られることになった。

そして2001年4月7日には、改良型のプラトーンMが登場し、現在も運用が続けられている。

プラトーンの全シリーズの打ち上げは、失敗した今回で404機目、またプラトーンMに限れば90機目であった。

国際宇宙ステーションの最初のモジュール「ザリャー」を打ち上げるプラトーンK (C)NASA

米国のインテルサット社の通信衛星を打ち上げるプラトーンM/ブリースM (C)ILS

プラトーンM

プラトーンMはプラトーン・シリーズの最新型で、プラトーンKから機体構造からロケット・エンジン、電子機器などが大幅に改良されている。開発はGKNPTsフルーニチェフ社が担当し、部品などの生産、組み立ては、フルーニチェフ社自身が保有する別会社のPOパリョート社が担当している。

プラトーンMの地球低軌道への打ち上げ能力は、21600kgと非常に強大なものだが、これまでにこの能力が活用されたことはなく、2017年ごろに予定されている、国際宇宙ステーションのモジュールである「ナウーカ」の打ち上げで初めて使用される予定だ。

プラトーンMは主に、後述する上段のブリースMと組み合わせ、静止衛星の打ち上げで活用されている。プラトーンM/ブリースMは、静止トランスファー軌道への打ち上げであれば約6000kg、静止軌道への直接投入であれば約3000kgの衛星を打ち上げることができる。

また、プラトーンMもブリースMは登場後に、各フェイズに分けて改良が行われており、現在運用されているのはその第3段階、プラトーンM/ブリースMのフェイズIIIという機体だ。見た目にはあまり変化はないが、設計や使用する素材、電子機器などに手が加えられており、軽量化などのおかげもあり、打ち上げ能力は確実に向上している。

たとえば開発直後のプラトーンM/ブリースMでは、静止トランスファー軌道への打ち上げ能力は4880kgだったが、その後2005年から導入された改良型(フェイズI)で5645kgに、2007年のフェイズIIで6000kgに、そして2009年から導入されたフェイズIIIでは6150kgにまで向上している。現在はさらにフェイズIVの改良が行われており、完成すれば6360kgにまで向上する予定だ。

プラトーンM/ブリースMのフェイズIVでの改良点 (C)ILS

これまでのプラトーンの改良遍歴。静止トランスファー軌道への打ち上げ能力が順調に向上し続けていることがわかる (C)ILS

ただ、最初のプラトーンが開発されてからすでに半世紀以上が経っていることや、ロケットの全段の推進剤に、毒性のある非対称ジメチルヒドラジンと四酸化二窒素を使っており、環境などへの悪影響があることなどから、現在まったく新しい「アンガラー」というロケットの開発が進んでいる。すでに2回の試験飛行を行っており、2020年代中にはプラトーンからの世代交代が実現する予定だ(アンガラーについては拙稿『ロシアの新たなる宇宙への翼「アンガラー」ロケット』を参照されたい)。

ブリースM

現代のプラトーンMについて語る上で忘れてはならないのが、「ブリースM」という上段の存在だ。上段はロケットの最終段、言い換えればロケットと積み荷である人工衛星との間に位置し、衛星を最終的な目的地の軌道へ送り届ける役割を持つ。ブリースは「そよ風」という意味だ。

ブリースMはロケット・エンジンを最大8回も再点火することができ、軌道上で最大24時間にわたって運用することができる。強大な打ち上げ能力を持つプラトーンMと組み合わせることで、複数の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入したり、あるいは静止衛星を直接静止軌道に投入したりすることが可能となっている。このような芸当ができるロケットは他にないため(厳密には、性能上はできるロケットは他にもあるが、商業ロケットとして使われていなかったり、使われることが稀であったりする)、プラトーンM/ブリースMにとって大きなセールス・ポイントでもある。

ブリースMの外観 (C)GKNPTs Khrunichev

ブリースMはプラトーン・ロケットの第3段の上、人工衛星の下に搭載される (C)GKNPTs Khrunichev

参考

・http://www.ilslaunch.com/launch-services/
ils-proton-breeze-m-launch-vehicle/proton-heritage
・http://www.russianspaceweb.com/proton.html
・http://www.russianspaceweb.com/proton_history.html
・http://www.russianspaceweb.com/briz.html
・http://www.khrunichev.ru/main.php?id=42