東京の大動脈とも称される環状8号線の真下に、東京23区では唯一の渓谷が広がっていることをご存知だろうか。上空では車が絶え間なく流れる中、その下では水のせせらぎと鳥のさえずりが響き渡る。そんな文字通りの都会のオアシス「等々力渓谷」を散歩してみた。
湧き水の数は30以上
等々力渓谷へは東京急行電鉄大井町線 等々力駅から徒歩2分。スーパーマーケット成城石井のそばの細道の先に、"等々力渓谷入口"という文字とともにトンボや花が描かれた看板が設けられている。
等々力渓谷は武蔵野台地を谷沢川が浸食してできた全長約1kmの渓谷で、渓谷沿いの崖では地層の断面を観察することもできる。渓谷内には「不動の滝」のほか、30カ所以上の湧き水がある。滝の上部には平安時代に役の行者の霊場とされた「等々力不動尊」があり、かつては滝に打たれて行をする修行僧が各地から訪れたという。そんな等々力渓谷および等々力不動産の湧き水は、2003年1月に「東京の名湧水57選」にも選ばれている。
渓谷を訪れる人たちはというと、カップルや子供連れ、年配グループと幅が広い。通常、渓谷というと自然は豊かだけど足場が悪いというイメージがあるかもしれない。しかし、この渓谷は昭和8年(1933)に多摩川風致地区に指定されてからは、当時の東京府の緑地計画の一部として護岸と川沿いの遊歩道の整備事業が行われ、昭和49年(1974)には渓谷の河川と斜面地の一部を「世田谷区立等々力渓谷公園」として開園したという経緯がある。道は整備されており、基本的にフラットな上に全長約1kmと距離も適度なので、気軽なアウトドアにぴったりだ。
渓谷の先でお護摩体験
等々力駅から渓谷を歩くと、最初に目に入ってくるのが「ゴルフ橋」だ。鮮やかな赤色のその橋は、昭和初めに旧下野毛、等々力村に東急電鉄が開発した8ヘクタールの広大なゴルフ場があったことに由来している。ゴルフ橋の周辺は水の流れがやや滞っているのだが、下っていくにつれて流れに勢いが生まれ、せせらぎが聞こえてくる。
そのせせらぎに一層の癒やしをもたらすのが野鳥たちだ。その季節に応じて様々な野鳥が渓谷を訪れる。5月頃はウグイスやシジュウカラ、メジロ、ヒヨドリ、コゲラなどが見られるそうなので、耳をすまして彼らの声を聞いてみるといいだろう。
ゴルフ橋を越えれば今度は「玉沢橋」。緑々と茂る樹木に囲まれているためピンとこないかもしれないが、この上が環状8号線である。渓谷内を歩いていると、この橋の上に大動脈がつながっているとはなかなか想像できない。
「稚児大師堂」を過ぎ、「利剣の橋」を越えると不動の滝に続く。滝の上には右手に剣、左手に羂索(けんさく)を握りしめ、背に炎の形をした迦楼羅焔(かるらえん)を背負った憤怒相のお不動様がいらっしゃる。滝の口に描かれたが竜が愛らしげで、どことなく親しみを感じてしまうのは筆者だけではないだろう。苔をつたって流れる湧き水が、陽に照らされてきらめくのも美しい。
その上に広がる等々力不動尊は、真言宗中興の祖・興教大師が夢のお告げで開いたと伝わる霊場で、土日曜日・祝日の14時からは本堂でお護摩を行っている。お護摩は誰でも受けることができるので、興味がある人はこの時間を狙って訪れてみるといいだろう。
日本庭園に古墳も!?
等々力不動尊の対岸には、昭和36年(1961)に建設された書院建物とそれを取り巻く日本庭園がある。季節を通じて楽しめる草木のほか、池や石畳、階段園路などがある庭は、昭和48年(1973)に著名な造園家によって作庭されたもの。現在も当時の面影を残して保存されている。門からつながる竹林では竹の葉がさわさわと揺れ、さらに進むとタケノコがひょっこり頭をのぞかせていた。もうそろそろ、子供たちによるタケノコ掘りのイベントが開催されるようだ。
また、この渓谷にはさらに古墳まであるのだ。渓谷の左岸崖面では、古墳時代末期から奈良時代のものと推定される横穴墓が6基以上発見されている。中でも昭和48年(1973)に発見された「等々力渓谷第3号横穴古墳」は、典型的な横穴古墳の形態をとどめており、また、埋葬人骨や副埋葬品も良好であったことから保存処理がされている。
もうひとつ、渓谷から歩いて3分程度のところには、「野毛大塚古墳」もある。こちらは、5世紀初頭に築かれた大形の帆立貝形古墳で、現在は復元整備されている。なお、この古墳はテニス場や野球場を備えた運動公園「野毛町公園」の中にあり、古墳の上から公園を一望することができる。
甘味に癒やされたらビールをお土産に
渓谷歩きに疲れたら、甘味とともに小休止を。不動の滝の音が届くところにあるお休み処「雪月花」では、その季節の甘味を取りそろえている。4月からは「あんみつ」(税込500円)や「ラムネ」(税込200円)が登場。土日曜日・祝日には「限定くずもち」(税込500円)も用意している。
営業は11時からで筆者が訪れたのは13時過ぎだったのだが、その頃にはすでに限定くずもちは品切れだったので、どうしても食べたい人は早めに訪れることをオススメしたい。席は椅子タイプのほか、半個室になった畳の間もあるので、足を伸ばしてゆっくりしたい人は、屋内の席をどうぞ。
渓谷内にあるグルメスポットはこの雪月花のみだが、等々力不動尊にはソフトクリームやコーヒーなどを提供する「四季の花」がある。加えて、等々力駅前に広がる等々力商店街では、クレープや和菓子などの食べ歩きにぴったりのスイーツのほか、イタリアンや中華、そば、うどんなどと様々なグルメスポットが軒を連ねている。等々力渓谷と合わせてゆっくりしていくといいだろう。
「等々力渓谷に行ってきたぞ! 」と主張できるお土産を探しているなら、「とどろき渓谷ビール」はぴったりの品だ。渓谷にちなんだ商品として、等々力商店街が世田谷と姉妹関係にある群馬県川場村の「田園プラザ」とコラボレーションして作った地ビールで、ヴァイツェンビール特有のすっきりとした飲み口が特徴。
等々力駅南口の目の前に店を構える喫茶店「ポピー」にて、1本税込420円で販売している。しかし、ポピーは日曜日・祝日はお休みなのでご注意を。そのほか、商店街の飲食店などで提供されているので、お願いすれば持ち帰り用に販売してくれるところもある。ただし、1本税込600円程度となる。提供店舗については等々力商店街のホームページを参照。
また、同じく商店街に店を構える豆腐屋「翠家」では、渓谷内のゴルフ橋をデザインした等々力渓谷の「クッキー」(税別120円)も販売している。こちらはおからを混ぜて作ったクッキーで甘すぎない素朴な味わいが楽しめる。なお、同店の1番人気は「豆腐プリン」(税別200円)とのこと。固めに仕上げられた豆腐はしっとりとした口当たりで、甘いカラメルソースがたっぷり入っている。
渓谷そのものは全長約1kmとお気軽コースなのだが、お護摩を受けたり、甘味を楽しんだりしていると、いつの間にか時間が過ぎてしまっていた。ただ渓谷のそばでのんびり読書を楽しむというだけでも、十分気持ちのいい時間になるだろう。都内から最速で行ける渓谷、今度の東京散歩のコースに予定してみては?
※記事中の価格・情報は2015年4月取材時のもの