大崎・栗原医療圏域の人口約30万人の生命を支える、宮城県北地域の基幹病院である大崎市民病院。同病院は、地域の医療機関では対応が難しい高度専門医療や救命救急医療を担っており、2014年7月に新築・移転した。

これに伴い、共通仮想化基盤を構築し、現在、電子カルテシステムをはじめ、医療用画像管理システム(PACS)や統合ファイリングシステムなど、16の医療情報システムが共通仮想化基盤の上で稼働している。業種特化型の医療情報システムは閉鎖的で、独自インタフェースなどを用いているなど、一般の企業が利用しているシステムよりも仮想化の敷居が高いイメージがある。同病院は、どのようにして、仮想化基盤の導入を成功させたのだろうか。

約40台の物理サーバを5台のブレードサーバに集約(第1次仮想化事業)

大崎市民病院 診療情報管理部 診療情報管理室 情報システム係 主査 医療情報技術士 相澤陽一郎氏

大崎市民病院 診療情報管理部 診療情報管理室 情報システム係 主査で医療情報技術士の相澤陽一郎氏は、医療情報システムの仮想化基盤構築に踏み切った経緯について、次のように語る。

「平成25年頃から、医療情報システムの仮想化に興味を持ち調べていましたが、平成26年7月に予定していた新病院への移転が契機となりました。新病院に仮想化基盤をあらかじめ構築しておけば、円滑にシステム移行が行えます。また、仮想化基盤構築によってさまざまなコストを削減できることも経営層の心を動かすことになったようです。病院移転に伴う診療業務停止時間の短縮化、医療情報システムの継続的・安定的稼働環境の構築、そして、医療IT関連費用の削減が、今回の第1次仮想化事業の目的となります」

加えて、同病院では50を超える医療情報システムが稼働していたのだが、システムごとにサーバ、ストレージ、ネットワークが構築されており、ITリソースの無駄が生じていた。仮想化を行えば、こうしたITリソースを集約して、効率よく利用できるようになる。

同病院は第1次仮想化事業として、移転前に抱えていた物理サーバ40台、ストレージ10台、UPS20台、ラック15本が、仮想化基盤を導入したことで、移転後は仮想化基盤サーバ5台、共通ストレージ1台、サーバラック3本までに削減された。

情報機器の削減に伴い、当然、サーバとストレージのハードウェア保守費用も削減されており、こちらは年間500万円ほど削減されている。相澤氏は、消費電力の削減効果も大きかったと話す。サーバとストレージの消費電力の料金は年間約145万円、サーバ室用空調機の消費電力の料金は年間75万円抑えられたという。また、情報機器を大幅に減らしたことで、省スペースも実現された。

仮想化基盤導入の成功のカギは「リソースサイジング」と「クリーンインストール」

今回の仮想化基盤導入においては、ストレージメーカーであるEMCが中心となって、シスコシステムズやヴイエムウェアと相互に検証を行った「VSPEX」をベースにした仮想化基盤パッケージが用いられたのだが、そのおかげで、安心して作業がスピーディーに進められたという。さらに、相澤氏は「価格と安定性の点で、パッケージでの導入は魅力的でした」と語る。

EMC「VSPEX」とは、EMC、シスコシステムズ、ヴイエムウェアの製品を組み合わせたパッケージで、サーバ仮想化やVDIソリューションに最適な仮想化インフラストラクチャだ。ネットワンシステムズはEMC「VSPEX」について豊富な導入実績とノウハウを持っている。

同病院では、ストレージ「EMC VNX5800」、サーバ「Cisco UCS Bシリーズ ブレードサーバ」、データセンタースイッチ「Cisco Nexus」、仮想化ソフト「VMware vSphere」、仮想環境管理ソフト「VMware vCenter Operations Manager」を導入している。

ネットワンシステムズによる仮想化基盤パッケージの導入作業は2014年3月末から開始され、1カ月半後には、各システムベンダーに引き渡しが行われたという。

仮想化基盤を導入する際、成否のカギとなるのが仮想サーバのリソースサイジングとシステムの円滑な移行だ。大崎市民病院の場合、電子カルテシステムと各種部門システムを仮想化基盤に移行するという、難易度の高い案件だった。

「部門サーバの仮想化を導入している病院はいくつかあるようですが、電子カルテシステム、医療用画像管理システム(PACS)、その他部門システムといった、マルチベンダーの環境を仮想化基盤に移行するケースは全国的にも珍しいようです」(相澤氏)

さらに、医療情報システムは、ハードウェアとソフトウェアの組み合わせが決まっていることが少なくないそうだ。今回も、仮想化すると聞いて、難渋を示したシステムベンダーがいたが、何度も交渉を行い、最終的にはほとんどのシステムベンダーが仮想化に協力してくれたという。

物理サーバを仮想サーバにする時、仮想化基盤上のCPUやメモリ、ストレージといったリソースをそれぞれの仮想サーバに割り当てなければならない。各システムベンダーはリスクを踏まえ、必要以上にリソースを要求してくる。しかし、仮想化基盤のリソースは共有すべきものであり、仮想サーバのリソース調整(リソースサイジング)が仮想化基盤導入の最初の難関であったという。

仮想化基盤上へのシステムの移行を安全かつ完全に進めるため、相澤氏がとった策が「クリーンインストール」である。つまり、既存のシステムを仮想化基盤にインストールするのではなく、システムを新規でインストールしてデータを移行したのだ。「P2Vによる予期せぬトラブルの発生防止や原因不明のトラブルを起こしているシステムをそのまま移行したくありませんでした。また、移行したシステムがすべてWindowsベースだったことも、クリーンインストールがうまくいった秘訣だったと思います」と、相澤氏は語る。

病院移転時における仮想化基盤へのシステムの構築はスムーズで、移転前の2週間ほどで作業が完了した。これに対し、物理サーバ上のシステムは移転するその日に物理サーバ自体を新病院に移設しなければならず、仮想化基盤に構築したシステムよりも移行にかなりの時間がかかったという。

ブレードサーバやストレージを収容している3台のラック

40台以上の物理サーバを集約した5台のブレードサーバ

次の課題は仮想サーバのリソースの全体最適化

相澤氏に仮想化導入の最大のメリットを尋ねたところ、「高可用性と効率性」という答えが返ってきた。物理サーバを大量に利用していると、ハードウェアの故障が頻繁にあり、それに対応しなくてはならず、その手間は小さくない。

これに対し、仮想化基盤に切り替えた後は、メモリやファンの不具合がそれぞれ1度あったきり、ハードウェアの故障は発生していないという。

さらに、同病院では、「ITリソースを最適化する」という仮想化のメリットを享受すべく、各仮想サーバのリソースの全体最適化を考えている。マルチテナントの理想形を実現しようというわけだ。

「ヴイエムウェアの管理ソフト『vCenter Operations Manager』のレポートから、各仮想サーバが利用しているリソースの使用率を収集することで、客観的なデータを各システムベンダーに示したいと思っています」(相澤氏)

なお、大崎市民病院の仮想化プロジェクトは3つのフェーズに分かれており、今回の仮想化基盤の導入は第1フェーズに当たる。今後、主に物理サーバ上の部門システムの仮想化を行う第2フェーズ、医療系端末や部門システム、インターネット端末の仮想化を導入する第3フェーズを進めていく。

仮想デスクトップの導入にあたっては、ワークスタイルの変革をもたらすと期待しているが、就業規則の見直しなど、運用ルールの策定が課題となっているそうだ。

大規模なITプロジェクトを成功させる要因はいくつかあるが、その1つが「担当者」と言える。綿密な計画を立て、それを実行に移すため、強い決意をもって任務に当たる。文字にすると、簡単に思えてしまうが、内部、外部のさまざまなプレーヤーと交渉しつつ、プロジェクトを進めていくのは至難の業だ。

今回の取材でも、マルチベンダーのシステムを仮想化基盤に移行するという難しいプロジェクトを成功させようとする、相澤氏の強い意思と行動力を感じさせられた。