米国の航空宇宙大手ロッキード・マーティン社は3月13日、「ジュピター」と名付けられた、一風変わった宇宙機を発表した。見た目こそ普通の人工衛星のようだが、他の宇宙船や補給船と合体してその軌道を変えることができ、また一度ならず何度でも可能という、まるで港湾で船を押したり、艀を引いたりするタグボートのような宇宙機だ。

同社はこのジュピターと、貨物を搭載するコンテナ「エクソライナー」を組み合わせ、まずは米航空宇宙局(NASA)が計画する第2回商業輸送サーヴィス契約(CRS-2)の獲得を狙う。さらにその先の有人深宇宙探査での活用も目論んでいる。

ジュピターとエクソライナー (C) Lockheed Martin

軌道上でエクソライナーを交換するジュピター (C) Lockheed Martin

ジュピターとエクソライナー

ジュピターは箱型の本体の両脇に2枚の太陽電池パドルがあり、機体後部にスラスター(小型のロケットエンジン)を持つ、普通の人工衛星とあまり変わらない姿かたちをしている。ただひとつ、少し変わっているのは、ロボット・アームを持っている点だ。

一方のエクソライナーは与圧貨物を搭載できる円筒形のコンテナで、欧州宇宙機関(ESA)が運用していた補給船「ATV」のコンテナ部分の技術が使われている。また、外部には非与圧貨物を搭載できるスペースも確保されている。

エクソライナー自体はスラスターや太陽電池などを持っておらず、ジュピターがその役割を果たす。つまり両者はそれ単体ではあまり意味がなく、結合した状態で初めて宇宙船として機能するわけだ。宇宙ステーションに物資を補給する無人補給船はいくつかあるが、太陽電池やスラスター部と、貨物を搭載する部分とがまったく別の機体というのは他に例がない。もちろん、このような複雑な造りになっているのには理由がある。

ジュピターとエクソライナーの大きさを示した図 (C) Lockheed Martin

ジュピターとエクソライナーの解説 (C) Lockheed Martin

エクソライナーを取り替えることでジュピターを再使用

ジュピターとエクソライナーの最大の特長は、軌道上でエクソライナーを取り替えることで、ジュピターを再使用できるというところにある。

まず最初に、ジュピターとエクソライナーを結合した状態で、「アトラスV」ロケットで打ち上げ、国際宇宙ステーションに到着、物資を補給を終えた後、ステーションから離脱する。しかし、そのまますぐには大気圏に再突入せず、軌道上で待機する。

次に、新しい補給物資を載せたエクソライナーを、ジュピターを装着せずに打ち上げる。そして「ジュピター+古いエクソライナー」と、「新しいエクソライナー+アトラスVの第2段(セントール)」が軌道上でランデヴーし、ジュピターのロボット・アームを使って、古いエクソライナーと新しいエクソライナーを交換する。またこのとき、ジュピターは新しいエクソライナーから推進剤の補給を受ける。そして新しいエクソライナーはジュピターによってステーションへ向けて飛行し、一方の古いエクソライナーはセントールのロケットエンジンを使って大気圏に再突入し、処分される。

エクソライナーを交換するジュピター (C) Lockheed Martin

ジュピターとエクソライナーの運用を示した図 (C) Lockheed Martin

運用は複雑にはなるが、ジュピターを軌道上で再使用することによってコストが削減でき、また2回目以降のエクソライナーはジュピターを搭載しない分、より多くの物資を搭載して打ち上げることが可能になるなど、いくつかの利点が生まれる。

ジュピターがどれぐらいの期間、回数にわたって軌道上に滞在し続けられるかは不明だが、おそらく年単位で使い続けられるであろう。エクソライナーには与圧貨物が約5000kg、非与圧貨物が1500kg搭載できるという。また、新しいエクソライナーを待つ間、ジュピターと古いエクソライナーは、小型衛星の放出や地球観測といった、別のミッションをこなすことも可能だという。

運用方法は独特かつ複雑ではあるが、ハードウェアは基本的にすでに宇宙で使われた実績のあるものを使っているため、開発のリスクが小さいのも特長だ。例えばジュピターの本体は、同じロッキード・マーティン社が開発を手掛けた火星探査機メイヴンや小惑星探査機オサイリス・レックスの技術が使われている。またロボット・アームは、スペースシャトルや国際宇宙ステーションに搭載されているカナダのMDA社製ロボット・アーム、通称「カナダーム」の技術が使われる。そしてエクソライナーは、ATVのコンテナと同じタレース・アレーニア・スペース社が製造を担当する。

また軌道上での燃料の再補給も、NASAや国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)などが長年研究を続けており、実際に人工衛星を使い、軌道上での実証も行っている。こうした厚い技術の基盤があってこそ、ジュピターは実現可能になったわけだ。

ちなみに、ジュピターという名前は、ローマ神話に登場する神「ユーピテル」の英語名であり、また「木星」という意味でもあるが、ロッキード・マーティン社では、米国の大陸横断鉄道で使われた蒸気機関車「ジュピター号」が直接の由来だとしている。ジュピター号は、1869年5月10日に大陸横断鉄道の線路がすべてつながって開通した、まさにその瞬間に立ち会い、また西海岸から東海岸へ向けて走行した最初の機関車でもある。ロッキード・マーティン社がこの宇宙機にジュピターの名を冠した背景には、太陽系におけるジュピター号のような存在になって欲しいとの願いが込められているのだという。

ジュピターとエクソライナーの紹介動画 (C) Lockheed Martin

参考

・ http://www.lockheedmartin.com/us/news/press-releases/2015/
march/space-crs2-commercial.html
・ http://www.lockheedmartin.com/us/ssc/crs2.html
・ http://lockheedmartin.com/us/news/features/2015/crs2-deep-space-exploration.html
・ http://lockheedmartin.com/content/dam/lockheed/data/
corporate/documents/Jupiter%20CRS%20Factsheet%20Final.pdf