五稜郭タワー展望階から撮影した、対局会場の五稜郭

「今回の5ソフトでは最も対策が立てやすいソフトだと思いました」

対局者5名を始めとするメンバーで行われている電王戦研究会における情報交換の結果、稲葉七段はこのように振り返っている。

図1:15手目▲3四飛まで

例えば図1。横歩取りの序盤だが、ここでやねうら王はほぼ△3三桂と指してくるという。この指し方は文字通り「横歩取り△3三桂戦法」と呼ばれるもので脇謙二八段が得意とする指し方だ。

しかし、プロ公式戦における図1の局面では△3三角と指された数が圧倒的に多い。過去の実戦例で△3三角は4500局近くあるのに対し、△3三桂は450局ほどしかない。実に10倍の差である。

この差は無論、△3三角の形が△3三桂のそれと比較して10倍も後手が指しやすくなるということではない。序盤の定跡はわずかな良さを求めての試行錯誤を繰り返してきた歴史がある。ほんの些細な差であっても△3三桂より△3三角が勝るとされた見解があり、多くのプロ棋士が追随した結果がこうなったのである。

対局部屋の五稜郭土蔵(兵糧庫)

五稜郭函館奉行所

逆に先手から見れば横歩取り△3三桂は△3三角よりもありがたい進行ということになる。そしてソフトがその順をほぼ間違いなく選ぶのであれば稲葉七段も対策を立てやすい。「一番やってくる確率が高い戦型において、優勢になるパターンを幾つか用意してきました」と稲葉七段は語った。用意周到に準備して臨んだという自信が感じられる。

だが、稲葉七段の自信にわずかな綻びを与えた可能性があるのが図2の局面だ。この△7二玉では△7二銀のほうが、わずかながら出現確率が高かった。「確率の低い形になったことは多少なりとも尾を引いた」と稲葉七段は明かす。

図2:32手目△7二玉まで

大きな違いはないように見えるが、△7二銀ならば▲9七角という手がある。△8九飛成と竜を作られてひどそうに見えるが、▲8八角とふたをしてしまえばこの竜は身動きが取れない。以下△7一玉▲8六飛△8三歩▲6八金と進めて次に▲6九金~▲7八銀と竜角交換を強要してしまえば先手が指しやすくなる。この竜角交換を後手は防ぎようがない。

▲9七角は今年の2月に95歳で大往生された丸田祐三九段が創案した指し方だ。対して△8九飛成が成立しないのはプロ棋士にとって常識以前の知識である。しかし、やねうら王は高確率で飛車を成ってくる。これも稲葉七段は事前研究で突きとめていた。

では△7二玉に▲9七角だとどうなのか。△8九飛成▲8八角までは同様だが、次が違う。仮に後手の指し手を△5四歩とする。先手はやはり▲8六飛だが、この時に△8三歩を打つ必要がない。7一玉・7二銀の形では△8三歩を打たないと先手から▲8三歩と打たれてしまい、次の▲8二歩成が受からずひどいことになるが、7一銀・7二玉の形では▲8三歩と打たれても8二の地点には玉と銀の二枚が利いているのでどうということはない。

8筋に受けの歩を打つ必要がないというのは、この筋に攻めの歩を使えるということを意味している。△7二玉型でも竜角交換の順は実現するが、8筋に攻めの歩が使えることの危険性は見た目以上に大きいのだ。