東京大学先端科学技術研究センターとソフトバンクモバイル、エデュアス(ソフトバンクグループ)が2014年4月より開始した「魔法のワンドプロジェクト」。1月に成果報告会が開かれたので、その模様をお伝えしよう。

普通の生徒と同じ勉強をしたい

魔法のワンドプロジェクトはモバイル端末を活用した障害児の学習・生活支援を行う事例研究プロジェクトで、2009年度より、2010年度を除き「魔法の◯◯」という名称で継続して行ってきた。2014年度は、これまでの特別支援学校・特別支援学級の障害時に加えて、初めて通常学級の発達障害児も対象としている。

この取り組みでは、すでに児童・生徒に合わせたICT利活用を進めている指導力のある先生「魔法のティーチャー」を魔法のプロジェクトとして認定している。魔法のティーチャーを認定する理由としては、過去の魔法のプロジェクトでも実績を積んだ先生などをどんどん輩出することで、先生の育成を強化して、さらに魔法のティーチャーを増やしたいという狙いがある。

なお、すでに2015年度の新規プロジェクト協力校の募集が行われており、Windowsタブレットを活用した児童・生徒特性に合わせた支援を強化していく予定だという。詳しくは魔法のプロジェクト Webサイトに掲載されている。

一口に「障害児の学習・生活支援」といっても、障害児が置かれている状況は千差万別。知的障害者の児童もいれば、筋疾患の生徒もいる。つまり、一人ひとりにあわせた学習・生活支援を提供しなければならない。そういう意味で、「魔法のティーチャー」という存在は重要だ。これまでの支援経験から、児童の特性にあわせた教育・生活ノウハウを提供できるため、児童やその親にとっても大きな存在となりうる。

障害児の教育や生活支援は拡大を続けているようで、成果報告会の講演の中では「大学に行きたい、実際に進む障害の子どもたちが増えている」という話も聞かれた。障害児の支援は、特殊なものであってはならず、普通の子どもと同じように、多くの児童・生徒が望む「普通の勉強・生活ができるようにする」ことが重要なのだという。「堂々とした生き方を手伝ってあげなければならない」と先生の一人が語っていたが、健常者は忘れがちな"当たり前"を障害を抱える子供たちにも提供していくことが、この支援の趣旨の一つといえるだろう。

ただ、障害児支援に限らず、教育の現場におけるICT利活用は現状もかなりハードルが高い。Wi-Fiの整備はもちろんのこと、スマートフォンやタブレット端末の持ち込みを制限している学校は多く、障害を持つ児童であっても例外ではないという。

実際に生徒が抱える問題とは

東京都狛江市立緑野小学校 森村 美和子氏

報告会では、複数の事例発表が行われた。東京都狛江市立緑野小学校の森村 美和子氏の例では、困り感が大きく、自尊感情が低いといった精神面で不安を抱える児童(Aくん)の生活改善が取り上げられた。

Aくんは森村先生に初めて会った時に「先生、僕は3歩歩くと忘れてしまう」と話し、当たり前のことができず、自分で納得できない様子が森村先生の印象に残っているという。

板書に時間がかかり、漢字に苦手意識を持つなど勉学を行う上で課題となる事象が見られており、それぞれがさらに板書の意欲低下や苦手意識、やる気の低下に繋がり、さらなる悪循環に陥っていた。こうした問題は、一般児童からすれば「やる気がない」と片付けられがちだが、本人の意思ではどうにもならないケースも存在する。周りの大人が、こうした状況を理解してあげることも重要というわけだ。

このケースでは、対策としてiPadで板書を写真撮影し、自宅では漢字アプリを利用して学習するという取り組みが行われた。Aくんは、「みんなと同じように勉強したい」「一人だけiPadを使ってずるいと思われないか?」などの不安を抱えていたようだが、担任の先生から、クラスの生徒に説明を行ったり、自分自身もiPadを利用する理由を説明できるようにすることで、この不安を解消。iPadを利用することが当たり前の環境になったという。

自宅での勉強も、iPadアプリを利用することで、その成果が飛躍的に向上し、書き取りテストで54点しか取れなかった問題が82点まで改善した。学習状況の改善は、気持ちの改善にも繋がっており、保護者からは「明るくなり、家でもやる気が出た」という声が聞かれている。

普通の生徒と同じスタートラインに立てるように

青森県立浪岡養護学校 阿保 孝志朗氏

また、青森県立浪岡養護学校の阿保 孝志朗氏は、筋疾患の中学生(15歳)の支援に取り組んだ。この学校は病院に隣接している病弱特別支援学校で、少年は普通高校への進学を希望していた。

ただ、肉体的に負担がかかる行動は難しく、教科書やノートが多く入っているかばんを持ち上げたり移動させたりすることすら難しいという状況だったという。学校では、個別授業を受けていることから問題は生じないものの、自由に学習することが難しく、普通高校に進学することとなれば、学習道具のデジタル化は必要不可欠な取り組みとなる。

デジタル化はすなわち、タブレット端末にすべてのデータを移すことだが、これは同時に重量の問題の解決に繋がる。これまでは、一日の授業のために(カバン込みで)7.5kg程度の荷物を持ち運んでいたが、タブレット端末とカバンを合わせても2.5kg程度まで軽量化することに成功した。

これだけでも大きなメリットだが、勉学の効率化も重要な要素だ。阿保氏は特殊なアプリケーションを使うことなく、EvernoteやCamScannerHD、リマインダーなど、ビジネスマンでも活用するようなアプリを上手く使い分けることで、効率化を進めた。板書のメモはカメラ撮影や紙のメモをScanSnap経由で取り込むなど、デジタル/アナログ双方の側面で利用できるように教えるなど、最大限の活用方法を生徒に教えた。こうした取り組みと同時並行で、近隣の中学校で授業体験を行い、「より、高校進学へのモチベーションが出てきていた」(阿保氏)とその相乗効果を口にする。

ただ、先ほどのケースを合わせても「(普通高校への)入学後に合理的配慮を求める必要がある」(阿保氏)と指摘。そもそも、教育現場のICT利活用が進んでいない現状もあるが、それ以上にこうした障害を抱える子供たちが一般児童と同じスタートラインに立てるような支援についても不十分な現状があるようだ。

上記で触れた2例以外にも、同プロジェクトのWebサイトでは多くの支援実例が公開されている。その中には、長野県稲荷山養護学校の青木 高光氏など、コミュニケーションを取ることができない児童向けの機器をアプリ化したという例もある。先生一人ひとりの努力が、次の世代の障害者支援に繋がっていく。ICTの利活用は、こうした取り組みをさらに加速させていくのではないだろうか。

従来型のコミュニケーション機器では、見た目がやや古いこともあり、生徒が使いたがらないケースもあったという

発表当日には、会場で新たなコミュニケーションアプリを発表した