ヤマハ発動機は10月22日、産業用無人ヘリコプターのニューモデル「FAZER(フェーザー)」(画像1)を11月初旬から発売するのに合わせ(10月7日発表)、「『攻めの農業』に貢献する産業用無人ヘリ事業説明会」を実施した。

ここではその新型機について紹介すると共に、産業用無人ヘリの国内外における農業などでどのように活用されているのか、また今後同社でどのように展開していくのかといった説明会で語られた内容をお届けする。なお、説明会にはヤマハUMS事業推進部長の石岡修氏(画像2)、農林水産航空協会常務理事の斎藤武司氏(画像3)らが出席し、説明を行った。

画像1(左):ヤマハの産業用無人ヘリの最新モデル「FAZER」。スペルと読み方は微妙に違うが、かつてヤマハには「FZ250 PHAZER」というバイクがあったのだが、産業用とは思えないほど、カッコよくないだろうか? 画像2(中):ヤマハUMS事業推進部長の石岡修氏。 画像3(右):農林水産航空協会常務理事の斎藤武司氏

ヤマハ(発動機)というと、バイクのイメージが強いのだが、それ以外の多彩な乗り物を扱っている。厳密には無人なので「乗り物」とは違うかも知れないが、UMS(Unmanned System:無人操縦システム)分野の産業用無人ヘリも同社の得意分野の1つだ。具体的に産業用無人ヘリとはどんな形で定義されているのかというと、用途として主に水稲などの農作物を対象に農薬や種もみなどの散布に使用され、ガソリンエンジンを動力源とし、日本の法律では積載可能重量は離陸総重量(100kg未満)から機体重量を引いたものとなっている(エンジン出力によって変わるところもある)。

ヤマハが無人ヘリの開発を開始したのは30年ほどさかのぼる1983年のことで、農林水産省の外郭団体である農林水産航空協会から開発委託を受けて、研究用の試作機「RCASS」を開発したのが始まりだ。その4年後には実用化に至り、世界初の産業用無人ヘリ「R50」の発売を開始。その後は、1997年に姿勢制御システム(ジャイロセンサ)を搭載した新型「RMAX」を、2003年にはGPSによる速度制御機能を付加して操縦安定性を増した改良型「RMAX TypeIIG」を発売してきたのである(そのかにもいくつかRMAXシリーズはある)。四半世紀強にわたって産業用無人ヘリのトップメーカーとして走ってきたというわけだ(画像4~6)。

画像4(左):ヤマハの産業無人ヘリの開発の歴史。商用モデルを販売するようになってからだけでも四半世紀の時間が経つ。 画像5(中):RMAXシリーズの現行モデルの1つ、「RMAX G1」の実機。自律飛行が可能だ。 画像6(右):RMAX G1とFAZERの実機の比較。角度的にわかりづらいが、RMAXの機体全長は3665mmあり、FAZERは2782mmなので、小型化が進められたことがわかる

ちなみに法律的な位置づけで産業用無人ヘリがどういう扱いになっているのかというと、まず操縦免許に関しては、農林水産航空協会の指定の教習を受講し、同協会発行の「産業用無人ヘリコプター技能認定証」を得る必要がある。現在の登録オペレーター数は約1万1000人だそうだ。

そして航空法ではどう扱われているかというと、実は産業用無人ヘリに適用される法律はないという(ただし航空交通管制圏内は飛行不可)。また航空機製造事業法では、離陸総重量が前述したように100kg未満である必要がある。また遠隔操縦のために無線を用いるわけだが、使用する電波は微弱な無線局に該当することから、電波法としては免許などの必要はなし、ということである(ラジコン用発振器(ラジコン飛行機用で、産業用に供するものに限る):73.26~73.32MHz:メガヘルツ6波)。資材関連では農薬取締法があるが、こちらは農薬が「産業用無人ヘリコプター用農薬」として登録されていれば利用可能だ(農薬のラベルに「産業用無人ヘリコプターによる散布」と記載があるもの)。

要は、産業用無人ヘリは発売されてから30年も経っているのにもかかわらず、今でも法律的には「従来にない乗り物」的なところのある、新しい移動体(乗り物ではないので、英語でいうところのビークルが一番意味的に合っていると思われる)なのである。

そして、開発開始から30年後の2013年に、10年ぶりの最新モデルとして発表されたFAZERは、(1)安定した積載重量の確保、(2)汎用性の高い次世代機体プラットフォームへの進化、(3)今後の環境規制への対応、という3点に主眼を置いて開発された。日本の成長戦略の1つである「攻めの農業」に貢献することを目標としているとする。また、海外展開も同社では常々進めており、これまで以上の海外での農業利用、測量・観測業務などにも対応できる能力と利便性を兼ね備える形で開発された。

FAZERの性能は、従来モデルのRMAX TypeIIGと比較して、まず新型エンジンの出力が約25%アップしている点が目立つ。出力は15.4kWから19.1kW(26PS)となり、その結果として積載能力が16kgから24kgへと50%向上した。積載能力が増えることで、農薬散布業務において薬剤の補給などによる離発着回数を減らすことができ、作業効率の改善につながるのである。

実際に新潟県の5.1haの同一ほ場にて行われた比較試験では、従来機だと離陸回数3回、薬剤補給3回、燃料補給1回ということで総作業時間は57分と1時間近くかかった。それがFAZERだとその3項目ともすべて1回で済んでおり、総作業時間は43分。25%の時間短縮に成功したという。また、1日当たりの散布面積で見ると、3時間の散布時間で従来機は19haまでだったが、FAZERは21haとなり、11%拡大している。

FAZERのエンジンは出力がアップしただけでなく、従来機のものより仕様面で大幅な変更が施された。従来は2ストロークで排気量は246ccだったが、新型では4ストロークに変更され、排気量も390ccにアップされたのである(水冷・水平対向・OHV2気筒)。新型エンジンはFI(燃料噴射装置)を採用しており、2ストから4ストに切り替えられたのと合わせて排気ガスのクリーン性がアップ。静音性の面でも73dbから70dbとアップさせており、さらにガソリンの消費量を20%の削減と燃費性能も大きく向上させている。

さらに、送信機(操縦用プロポ)の軽量化と人間工学を考慮した形状を採用したことでオペレータの負荷の軽減も図られた(画像7)。新開発の制御システムの搭載による操縦安定性の向上と速度制御モードの設定など、操作性が向上している。

具体的には、GPSアンテナと方位センサの一体化による電波の受信の安定性向上がまず1つ。そしてPLL方式が採用されており、IDによる送受信機1対1対応で電波障害に対する安全性とセキュリティも向上している。

画像7。送信機。より持ちやすく、より操作しやすくなってる

ボディに関しても、多台形カーボンフレームが採用されており、軽量化とメンテナンス性の高さが実現された。また、デザインも「次世代を担う担う機体に相応しい」という、シャープでエッジの効いたものとなっている。さすがは、MotoGPなどのモータースポーツの世界でも活躍しているヤマハという感じで、個人的に無意味に購入したくなるカッコよさである。

年間の販売計画数は、日本国内で年間120機だが、5年後には世界全体で年間500機の販売を目指すとしている。また、価格は従来機のRMAX TypeIIGの1031万1000円より上がり、1231万6500円(税別)となった。スペックは以下の通り。

スペック

  • 全長/ロータ含む全長:2782mm/3665mm
  • 全高:1078mm
  • 全幅:770mm
  • メインロータ径:3115mm
  • テールロータ径:550mm
  • エンジン:水冷・4ストローク・水平対向・OHV2気筒
  • 総排気量:390cc
  • 最高出力:19.1kW以上/6000rpm
  • 燃料種類/容量:レギュラーガソリン/5l
  • 最大離陸重量:100kg未満
  • 取扱重量:270kg
  • フレーム方式:多台形カーボンフレーム
  • 制御システム:YACSII(YAMAHA Attitude Control System - Cruise control)

ちなみに、2013年現在、主に農業分野(農作物防除)で活躍する同社の産業用無人ヘリコプターは、初代のR50もまだ現役だそうだが、ヤンマーへのOEM供給機も含めて、登録台数で2458機、今年中に2500機を越えるという。よって、国内に関してはもう完全な新規顧客はこれ以上はあまり望めない状態で、旧型機からの買い換えという形になる。ちなみに無人ヘリ市場は、全メーカー合計して年間200機が販売されているという。

また2013年現在、無人ヘリは日本の農薬散布においてどのぐらい活躍しているのかというと、水稲に限っていえば、日本の全水稲面積の35%以上(同社推定)となる100万ha以上に達しているとした。具体的な内訳としては、無人ヘリが36%、動力防除機(人が背負って噴霧を行うタイプ)が28%、乗用管理機(農業用車両で噴霧を行うタイプ)が22%、有人ヘリが2%だ(残り12%は無散布)。つまるところ、食卓に上がるお茶碗3杯の内の1杯は無人ヘリが防除しているのである(画像8)。

画像8。無人ヘリの水稲防除カバー率と効率比較

従来の主力であった動力防除機・乗用管理機、60~80年代に活躍した有人ヘリによる防除面積を超えており、その理由は農薬散布に必要な時間が短く、必要な場所に必要な量を散布できること、無人ヘリならではの作業効率の高さによるものだとする。実際、1ha当たりの散布時間は、無人ヘリは10分ほどで、動力防除機の160分、乗用管理機の60分と比べると圧倒的である。

同じヘリでも有人は現在は2%しかないが、90年代は無人ヘリと比べて圧倒的な数を誇っていた。しかし右肩下がりとなり、それに対して無人ヘリは右肩上がりで、2003年に逆転した。有人ヘリの場合は墜落事故で人命が関わってくること、ある程度高度を取らないとならないため農薬の飛散問題などが影響した結果だという。

なお、無人ヘリも墜落事故が起きないかというと、年間に240機、登録台数の10%ほどが墜落事故を起こすという。一番多いのが、田んぼ周辺の電線と絡んでしまうことだ。また変に飛行を粘って、制御不能になった挙げ句により被害を増やしてしまうよりは、故障や事故が発生した場合は、セーフティとしてその場で墜落するように設計されているそうである。

また、産業用無人ヘリによる農薬散布特性として、ヘリのメインローター(主回転翼)が起こす「吹き下ろし下流」を「ダウンウォッシュ」というのだが、これを効率よく利用して農薬が散布されているという(画像9・10)。

画像9(左):ダウンウォッシュとは、機体を空中に浮かせるための吹き下ろし下流のことをいう。 画像10(右):ダウンウォッシュの解析の様子

さらに、農業分野以外では同社の無人ヘリは学術調査、防災業務、観測・測量業務などでも活躍中だ。福島県の放射線線量率モニタリング業務を筆頭に、今年4月に起きた静岡県浜松市春野町の地滑りのレーザーによる地形測量といった災害支援、宮城県鬼首地熱発電所の温水採取や地形形状計測、噴出口撮影などの環境観測、熊本県宇土市 御輿来海岸の3次元地表面計測および静止画撮影といった学術調査、鹿児島県の新燃岳の地震計設置作業および地磁気計測、同県桜島の地震計設置・回収および地磁気計測、東京都伊豆大島の地磁気計測といった防災業務、そして民間からの依頼で愛知県の新日鉄のスラグ棚卸計測および細粒鉄源棚卸計測なども行っている(画像11)。

画像11。農業分野以外での活用例

興味深いのが、海外の動向。米国は空軍がプレデターやグローバルホークなどの無人航空機(UAV)を多数配備しており、ヘリコプターも無人機大国なのではないかというイメージを個人的に持っていたが、実は「産業用」となると、法整備がされている途中で(同社が働きかけも行っている)、巨大な市場となる可能性があるという。現状、試験的に2012年にワイン用のブドウ畑における除草のために2機が現地法人を通して販売され、2015年秋には本格販売を開始したいとしている。

同社が実は最も海外で販売している国はお隣の韓国で、やはり水稲の防除で155機をこれまで販売しているという。そのほか、豪州では2011年から現地法人による販売が始まり、これまで牧草の除草用に4機が販売された。タイでは水稲用に試験的に2機が2013年中に予定されている。タイも水稲がかなり盛んなため(作付面積も広い)、市場としてかなり見込めるようだ。

ヨーロッパは市場調査中(アフリカに関しては調査の予定もない模様)だというが、それ以外の地域ではなんでも「ライバルとなるような産業用無人ヘリのメーカーは存在しない」そうである(無人ヘリのメーカーがないというわけではなく、ヤマハと対向できるほどの産業用無人ヘリの大手メーカーはない、ということらしい)。

今後の展開としては、まず国内においては、就農者の高齢化、TPP、環境対応などの課題対策で、精密農業の推進や省力化、コストダウンで寄与できるとしている。非農業分野では、農業と比較すると規模は大きくないものの、観測、計測、空撮などにおいて、「人の手ではできない」仕事に着目して展開していくという。

そして海外展開に関しては、前述したように米国におけるワインブドウ畑の除草、豪州における牧草の除草などを中心に、市場を拡大すべく検討していくとする。非農業分野としては、同じく米国と豪州を中心に、ライフライン保守、観測などを検討中のほか、米国などの先進国において警備、鉗子、観測用とを検討中とした。

また、同社としては無人ヘリを利用した水稲における直播を推進していくという。直播とは、文字通り水田に直接種を播いていく栽培方法だ。現在は直播散布の半分が飼料用稲である。デメリットとしては、現在の日本における主流の育苗を行って苗代から機械もしくは人の手によって整然ときれいに田植え作業を行う移植栽培スタイルと比べると、収穫量が減ってしまうという。ただし、種をより多く播くことで対応できるだろうという。また、これまでの収穫用の機械も稲が整然と並んでいるところを刈り取るよう設計されているので、それらが使えなくなる(完全に使えなくなってしまうかどうかは状況によるものと思われる)といったデメリットもある。

ただし、省力・低コスト化、作業の平準化、規模の拡大といった面ではメリットが大きい。まず省力・低コスト化は、育苗、移植作業が省略されることにより作業時間が短縮可能であり、よって資材・人件費も削減可能となる。そして作業の平準化は育苗に時間がかかり、水稲以外の作物と作業が重なりがちな移植栽培に対し、労働ピーク時の作業平準化が図れるという。そして規模の拡大とは、移植栽培との併用により、作期幅を分散でき、省力化と作期分散効果によって、経営規模を拡大できるというわけだ。

参考なので条件によっては変わると思われるが、直播と移植のコスト比較は、10アール当たりで、直播は1万410円で、移植の2万1400円と比べると半分となる。その内訳は、直播は農業用鉄コーディング料・種子3kg分(材料費含む)が2010円、無人ヘリによる播種散布料が5250円、初期除草剤(サンバード粒剤)3kgが3150円。

一方の移植は、苗代(22枚×700円)が1万5400円、田植え作業料が6000円で2万1400円というわけだ。今後、農地の大区画化が加速すると見込まれる中、効率化が難しい育苗作業の負担感が高まる方としており、直播は今後、さらに拡大すると想定されるそうである(画像12)。なお、鉄コーティングとは、種子を鉄粉でコーティングすることをいう。こうすることで種子が重くなり、直播時に水田で種子が浮かなくなるので発芽しやすくなるというわけだ。

画像12。産業用無人ヘリによる水稲直播のここ数年の面積の状況

以上、FAZERと産業用無人ヘリを活用した農薬散布、そして無人ヘリを利用した直播という、水稲の次世代のハイテク化についてご覧いただいたがいかがだっただろうか。農業に関するテクノロジーも日進月歩で進んでおり、田植えロボットとかいちご収穫ロボットなど、いろいろと研究が進んでいるのは把握していたが、すでにもう四半世紀も前からロボットテクノロジーが導入されており、すでに農薬散布に限っては最も活躍していたというのは驚きである。今後も、農業はこうして少しずつハイテク化していくのだろう。ぜひ、機会があったらFAZERの飛行する姿を直接みたいものである。