三菱重工業(MHI)は9月26日、カナダTelesatから、通信放送衛星「Telstar 12 VANTAGE」の打ち上げ輸送サービスを受注したことを発表した。H-IIAロケットは、2007年の13号機以降、MHIに移管されていたが、商業衛星の打ち上げはこれが初めて。同衛星は2015年後半に、種子島宇宙センターより、H-IIAロケットの204型で打ち上げられる予定だ。

MHI航空宇宙事業本部宇宙事業部長の淺田正一郎氏(左)と、宇宙事業部営業部長の阿部直彦氏(右)

204型の初打ち上げは2006年。Telstar 12 VANTAGEは、204型としては2回目の打ち上げになる

H-IIAは2001年より運用している日本の基幹ロケットである。これまでに22機を打ち上げ、失敗は6号機ただ1機。成功率は95.5%と世界最高クラスで、16機連続成功中と高い信頼性を誇っているが、これまで、海外衛星は21号機で韓国の政府衛星(「しずく」と相乗り)を打ち上げたのみで、商業衛星の打ち上げは受注できていなかった。

今回、打ち上げが決まったのは、大手衛星オペレータTelesat(カナダ)の「Telstar 12 VANTAGE」。現在、西経15°で運用している「Telstar 12」の後継機となる通信放送衛星で、南北アメリカ、大西洋、欧州、中東、アフリカといった広い範囲をカバーする。衛星の重量は4.9t。大手衛星メーカーのAstrium(フランス)が製造する。

MHIが商業衛星の打ち上げ獲得を狙うのは、H-IIA/Bのロケット事業を維持していくのに、年間4機程度の打ち上げ回数が必要だからだ。しかし政府衛星は年度によってバラつきが大きく、特に2015年は2機しかないという。政府衛星が少ない年に商業衛星を打ち上げられれば、回数を平滑化できて都合が良いのだ。

商業衛星の打ち上げ受注は、同社にとっては長年の悲願。MHI航空宇宙事業本部の淺田正一郎・宇宙事業部長は「Telesatは世界4位の衛星オペレータ。つまりメジャーリーガーから認めてもらった」と喜びを隠さないが、これまで受注できなかったのにはいくつかの原因があった。

1つめは打ち上げ可能な時期の問題。ただ、これは現在では解決済み。以前は、種子島での打ち上げは夏期、冬期の合計190日間に制限されていたが、2011年4月に撤廃され、すでに通年の打ち上げが可能となっている

2つめは打ち上げ能力の問題だ。H-IIAの静止トランスファー軌道(GTO)への打ち上げ能力は、カタログ上は202型が4.0t、204型が6.0t。これだけ見ると、現状の204型でもTelstar 12 VANTAGEの打ち上げに余裕があるように思えるのだが、実は"世界標準"とされる条件で考えると、能力が足りていなかった。

これについて、もう少し詳しく説明しよう。一般に、Telstarのような静止衛星を打ち上げる場合、まずはロケットで長楕円のGTOに投入。GTOは遠地点で静止軌道に接するようになっており、ここで衛星側がエンジンを噴射して加速することで、ようやく静止軌道を周回できるようになる。

ここで、「衛星側のエンジンを使う」ということに注目して欲しい。燃料は衛星の寿命を決定する大きな要素の1つであり、衛星側からすると、なるべく燃料は節約したい。GTOから静止軌道に移行するために、どれだけ増速すれば良いかを表すのが静止化増速量(Δv)であるが、これが大きいほど、燃料をたくさん消費するわけだ。

先ほどの4.0t/6.0tという数字は、軌道傾斜角28.5度、近地点高度250kmのGTOで考えた場合の数字なのだが、これはH-IIAにとって最も都合の良い軌道であり、Δvは1,830m/s。ところが、商業衛星の打ち上げでトップシェアのアリアン5は、射場が赤道近くにあるため、Δvは1,500m/s程度で済む。この差は、衛星の寿命では数年に相当する大きなものだ。

衛星側からすれば、当然、静止化Δvが小さなロケットを選びたい。事実上、アリアン5のΔvが世界標準になっており、この条件でないと、そもそも相手にされないわけだ。現状のH-IIAでも、このΔvを実現できないわけではないが、その場合、打ち上げ能力はほぼ半減してしまい、Telstarクラスの衛星には対応できない。

そこで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が現在進めているのがH-IIAの「高度化」である。これはロケットの第2段を改良することで、打ち上げ能力の向上をはかるプロジェクトだ。この詳細については省略するが、今年度で開発を完了することになっており、Telstar 12 VANTAGEを打ち上げる204型が高度化H-IIAの初号機となる。

従来のH-IIAの第2段は、軌道上で約1時間しか使えなかったため、効率の悪い近地点側で軌道を変更するしかなかったが、高度化H-IIAの第2段は、これを約5時間に延長する。すると、遠地点側での再々着火が可能になり、効率良く静止化Δvを低減できる。これで、軌道傾斜角20度、近地点高度2,700kmのGTO(Δv=1,500m/s)に対する打ち上げ能力は、202型だと約2.9t、204型だと約4.7tとなる。

H-IIAには2つのバリエーションがある。固体ロケットブースタ(SRB-A)が2本の「202型」と4本の「204型」だ

現行H-IIA(上)と、高度化H-IIA(下)の軌道投入の違い。高度化後は、遠地点で第2段のエンジンが使える

そして3つめの問題は価格だが、これは円高の緩和で状況が改善されてきた。ロケットの打ち上げ価格については非公表だが、例えば仮に100億円とすると、1ドル=80円だったときは1.25億ドルだが、現在の1ドル=100円では1億ドル。これだけでドル建て価格が20%も下がっており、以前に比べて価格競争力が向上している。

今回、初めて受注できたのは、これら3つの問題がクリアされ、ようやく同じ土俵に立てるようになったことが大きいが、淺田事業部長はそれに加え、「我々の自慢はオンタイム成功率(決められた日時に打ち上げること。ただし天候不良の場合は除く)。この高さが評価されたのでは」と指摘する。

アリアン5は2機同時打ち上げが基本で、それにより1機あたりの価格を抑えているため、組み合わせられる衛星の状況次第では、打ち上げ時期が前後する可能性もある。衛星オペレータにとっては、サービスの継続が至上命題。リプレースの衛星をオンタイムで打ち上げることは非常に重要であり、単発打ち上げで信頼性も高いH-IIAはその点では有利だ。

「大手から受注したのは大きい」と手応えを感じつつも、淺田事業部長は「贅沢を言っていられる立場ではない。引き合いがあったところに対してはどこでも対応する」と、挑戦者である立場を強調する。

H-IIAの信頼性の高さが評価されたとは言え、プロトンの打ち上げ失敗など、外的要因に助けられたのも事実だ。「価格破壊」と言えるファルコン9が受注を伸ばしていることもあり、今後、MHIが2機目、3機目の受注に繋げるためには、まずはH-IIA/Bの成功を続けることが何より重要になってくるだろう。