宇宙航空研究開発機構(JAXA)は9月11日、打ち上げを19秒前に中止した新型ロケット「イプシロン」について記者会見を開催、これまでに実施した対策の内容と点検の結果について報告した。会見には、森田泰弘・イプシロンロケットプロジェクトマネージャのほか、特別点検チーム長として点検にあたった武内信雄・信頼性統括/技術参与も出席した。

記者会見で説明する森田泰弘・イプシロンロケットプロジェクトマネージャ(左)と武内信雄・信頼性統括/技術参与(右)(C:柴田孔明/宇宙作家クラブ)

前回の記者会見のレポート「イプシロン打ち上げ中止は0.07秒の遅れが原因 - JAXAが調査結果を発表」はこちら

イプシロンは先月27日に打ち上げられる予定であったが、打ち上げの直前に地上の監視装置がロケットの姿勢角に異常を検知したため、打ち上げを中止していた(詳細については前回の記事「イプシロン打ち上げ中止は0.07秒の遅れが原因 - JAXAが調査結果を発表」を参照)。イプシロンは地上設備の不具合により、すでに一度打ち上げを延期しており、延期はこれで二度目。

打ち上げ中止の直接的な原因となった姿勢角の異常については、実際にロケットの姿勢が異常だったわけではなく、ソフトウェアの問題であったことがすでに分かっていた。今回、まず対策がとられたのはこの部分だ。

イプシロンでは、少人数による「モバイル管制」を実現するために、自動監視機能が本格的に導入されている。地上の発射管制設備(LCS)がロケットの状態を常に監視しており、何か異常があれば、シーケンスを自動停止する。従来、こういった判断は人間が行っていたが、大部分を計算機に任せることで、わずか2台のPCによる管制が可能となった。

前回の打ち上げ中止は、ロケットの搭載計算機(OBC)が姿勢計算を始め、その計算結果がLCSに届く前に、LCSが監視を始めてしまったことが原因。打ち上げ20秒前(X-20秒)にLCSがOBCに起動信号を送る際、0.07秒程度の遅れが発生しており、その分、計算の開始も遅れていたのだが、監視側でこれを考慮していなかった。

そのため、OBCから送られてくるデータのタイムスタンプをチェックして、計算開始前のデータで監視を始めないよう、監視側のソフトウェアを改修。さらに、姿勢角の計算は、OBCが起動して1秒後に開始されるのだが、監視のタイミングを0.2秒遅らせ、余裕を持たせた。これで「確実にデータが来てから監視が始まる」(森田プロマネ)わけだ。

改修前は、姿勢計算が始まる前に、監視が始まってしまっていた

姿勢計算のデータが確実に届いてから監視を始めるように改修した

このあたり、質疑応答の限られた時間の中では、詳細まで確認できなかったのだが、森田プロマネの説明から、筆者が推測した図を以下に示す。細部が間違っている可能性はあるが、大体の流れとしてはこのようになっているのではないだろうか。

計算開始前のロール角には0度が入っている。T=1.0秒で姿勢計算が開始されると初期位置の2度が出力されるが、監視はT=1.2秒のデータから行う(筆者推測)。8月27日は、まだ0度のタイミングで監視を始めてしまい、異常と判断した

また同時に、姿勢角以外のすべての監視項目についても、正常か異常かを判断するしきい値と、監視を始めるタイミングを見直し、約1,350項目中の19項目について修正を行った。これらは前回問題となったわけではないのだが、ノイズで誤って打ち上げを止めないようにしきい値を広げるなどの対策を施したとのことだ。

最後に検証のため、9月5日と9月8日に2回の総合試験が行われた。最初の試験はシーケンス試験と呼ばれており、自動カウントダウンシーケンスが開始されるX-70秒から、衛星を分離してミッションが終了するX+5,290秒までを模擬。この試験は、リハーサルとは異なり、ロケットは射点に出さずに、整備塔に格納したまま実施した。

2回目の試験はシーケンス点検と呼ばれ、ほぼリハーサルと同じ内容であるが、通常のリハーサルではX-18秒までしかやらないのに対し、このシーケンス点検では、特別点検チームからの提言もあり、より直前のX-5秒まで拡大して実施。1回しか使えない熱電池も起動させたため、交換が必要となったが、シーケンスが正常に動作することが確認できた。

2回の試験を実施し、対策と再点検の妥当性を確認した

なお、再点検の過程で、フェアリングの断熱材の一部に接着不足が見つかったため、この補修も行った。ただ、これは飛行時にすぐ剥がれ落ちるというレベルの問題ではなく、念のため対処したものだという。

今回、イプシロンの再点検に関わった特別点検チームは、8月30日に設置。JAXA内部から、ロケット、電気系、ソフトウェア、地上系などの経験者25名を集めて、独自の視点で懸念事項を洗い出し、打上管制隊とともに、対策を検討してきた。武内チーム長は「我々が出した提言はすべて対応してもらった。やるべきことはやった」と活動を総括する。

森田プロマネは2回の延期を「産みの苦しみ」と表現。「単純なところで足を掬われてしまった」と反省しつつも、「こういったことを乗り越えない限り、新しいことは絶対にできない。今はJAXAの未来を引っ張るような、新しい文化を創ろうとしているところ。しっかり準備作業を進めて、打ち上げを成功させたい」と気を引き締めた。