庵野氏:安彦さんの描いたガンダムの顔がいいんですよね。

氷川氏:美形ですよね。

庵野氏:美形です。ハンサムがうまいんですよ安彦さんは。

彩色したら原画の線のよさが出なかったり、塗りミスがあったりということは起こり得る。そういう意味でも原画のガンダムが一番安彦氏のイメージ通りのガンダムなのだ。

庵野氏:ガンダムの目元の黒いカゲの部分は黒マジックで塗ってるんですよ。これがカッコいい。当時ロボットアニメではこのカゲをマッキーで塗るのが相当流行ってたと思いますよ。僕も『マクロス』やってた時にカゲは黒マジックで塗ってました。

原画は鉛筆で描くので、普通はマジックペンは使わない。しかしながら、仕上げられたセル画より、鉛筆描きの原画で、目元が黒マジックで塗られたガンダムの方がカッコいいという感覚は、なかなか言葉で伝えるのが難しい。そしてさらに、ガンダムというデザインの難しさを物語るエピソードが次に語られる。

氷川氏:ガンダムはプラモデルなんかもたくさん出ていますけど、なかなかこの安彦さんのガンダムらしくならないんですよね。

庵野氏:ならないです。プラモじゃなくて「可動戦士ガンダム」の顔が一番安彦さんのイメージに近くてよかったですね。

見比べると分かるのだが、プラモのガンダムはどんどん小顔化が進んでいて、各パーツの比率がアニメからだいぶ変わってきている。特に顕著なのはカメラアイの大きさと目元のフチドリの広さなのだが、それによって一番違って見えるのが下からアオリの角度で見た時だ。「可動戦士ガンダム」はこれが実にアニメのガンダムらしい絵になってくれる。アニメとプラモと可動戦士を持っている人は見比べてみよう。あと可動戦士は横顔が男前である。プラモデルは真正面や上方から見下ろす角度の時にカッコよく見えるようになっていると思われるが、それはアニメのガンダムは人が下から見上げるもの、プラモは人が上から見下ろすものだからだろうか。

困った時は、盾を使え!?

氷川氏:プラモはガンダムを機械的に描いているのに対し、アニメではガンダムをキャラクター的に描いているというのがひとつ大きく違うところですよね。

庵野氏:ガンダムはキャラクターなんです。(アニメでは)人間の動きをするんです。腰の動きとか、プラモデルではとてもできない。ビームサーベルだって手で抜けないですからね。そんなの関係なしにアニメでは描いてしまってるところがいいんです。

氷川氏:ファーストガンダムのいいところですよね。いい加減さというか。

庵野氏:勢いです。それから、困った時は盾を使うんです。盾で線を減らす。これは発明でしたね。盾を持つと左手側のディテールを全部省略して、盾を描くだけでいいんですよ。で、盾のディテールがまたいい加減でいい。なんで十字のマークなんだとか(笑)。

氷川氏:連邦軍だから、とはいえ適当ですよねこれ。

庵野氏:でもごまかしだけじゃなくて、盾を使った戦闘シーンのカッコよさというのもある。

氷川氏:ランバ・ラルとのグフ戦で、グフが盾を斬ったらそこにいなかった、とか?

庵野氏:それもですけど、その前のガンダムが盾を構えて走ってるところ。盾の後ろにちょっと顔だけ見えてるっていうだけ、というカッコよさですね。しかも描くのは楽で。

氷川氏:その体勢で走っても盾と顔の上下運動だけですむと。

庵野氏:でもそれが盾を印象づける前フリになっていて、そのあとグフがガンダムの盾を斬ったらそこにガンダムがいないっていうシーンにつながってるんです。あそこは板野さんが描いたんだと思いますけど。

氷川氏:確かに板野さんは19話からだと言ってました。

庵野氏:盾がなくなってからガンダムのモニターに変な文字が出るんです。ああいう描き込みを板野さんは当時好んでやってたんですよね。劇場版のガルマ専用ドップのマーキングとか。

氷川氏:安彦さんの原画にはマーキングが入ってないので、板野さんが描き足したみたいです。

庵野氏:あれが、ガンダムが現用兵器に近づいた瞬間だったかもしれないですね。

氷川氏:今のアニメはモニタグラフィックスに凝るなんてのは当たり前になりましたが。

庵野氏:いろんな事を『ガンダム』が初めにやっている。エポックメイキングな作品ですね。

今では剣と盾を持って戦うというのはごく普通のことだと認知されているが、盾を持つというのは、実は日本の殺陣文化には皆無に等しく、ガンダムの盾を使った戦闘描写というのは極めて斬新なものだった。『ウィザードリィ』や『ドラゴンクエスト』などによるRPGブームよりも前のことである。

『ガンダム』と同じ1979年のアニメ作品『円卓の騎士物語 燃えろアーサー』では、騎士ものでありながら盾がほとんど使われない、というのが『ガンダム』の戦闘描写が革命的であったことの証明となるだろう(そのかわり『燃えろアーサー』は馬上戦闘という難しいアクションをよくアニメで表現している)。また、ビームサーベルという『スター・ウォーズ』のライトセーバーと似た武器を扱いながら、『スター・ウォーズ』とはまったく違った格闘戦を演じていることも評価しておかねばならないだろう。……続きを読む