――ストーリー序盤に登場する高橋恵子さん演じる大樹の母は存在感がありました。

「彼女の登場は物語の構造上のキーになる部分で、高橋さんとは『図鑑に載ってない虫』(2007年)以来になりますが、彼女しかないと思ってお願いしました。要するにあそこは主人公を不条理な物語の中に引き込んでいく一番最初の部分なので、説得力がないといけないし、意味のない押しの強さもないといけない。そう考えると主演はもちろん、さまざまな役者さんたちの演技に助けられている作品であることは間違いないですね」

――共演者である加瀬亮さん、内田有紀さんについてはいかがですか。

「加瀬さんが演じたタジマもある意味、不条理なことを構築しないといけない役。加瀬さんがいつも使っているのとは違うチャンネルでお芝居してくれたと思います。内田さんにいたっては普通のお芝居なんだけど、言ってることとやってることのつじつまはまったく合っていないんですよね(笑)。スケジュール的にも技術的にも現場は非常に過酷でしたが、役者さんたちとのやりとりはとても楽しかったです」

――役者さんたちの存在感もさることながら、作品の中の「風景」も印象的でした。

「ウィリアム・エグルストンという写真家や、デビット・リンチやコーエン兄弟の作品に見られるような、普通の風景にドラマをどう感じるかというテーマに興味があって、『インスタント沼』(2009年)の時に地元の横浜でロケをしたのですが、調べるとベトナム戦争当時にあった米軍の火薬庫が戦争終了後の退去によって無くなり、その跡地に巨大な団地が建っていったんですよね。その時に感じた"郊外"の違和感みたいなものをどうすくい取るのかが、今作のひとつのテーマでもありました。今回はそれを『トータル・リコール』や『ブレードランナー』といった、いわゆるSF的なバックグラウンドではなく、日常の中の微妙なSF的な風景として描きたかったので、給水塔や団地など、リアリティーにはこだわって撮ったつもりです」

――ほかにもこだわった部分は?

「"音"ですね。たとえば均・大樹・ナオの3人がちゃぶ台を囲んで会話するシーンでは、1人1人の芝居をキチンと撮ったとしても、その間、他の2人はまったく動いていないわけではないじゃないですか。つまり、三者三様の生活音があるわけで、ただ1人ずつ撮ればいいのではなく、映像の合成をしながらも、彼らの日常の音を再現し構築していかないといけなかったんです。そんな作業は今までやったことがなかったので大変でしたが、新鮮で楽しくもありました」

加瀬亮に演技指導をする三木監督

――何気なく見えるシーンにも大変な苦労が隠されているわけですね。

「でも、そこの苦労は別にお客さんに伝えてもしょうがないことですからね。最初から最後まで『大変そうだなぁ』って思って映画を見られても、それはそれで寂しいですし(笑)」

――監督が原作の中で最も汲み取りたかった、大事にしたかったエッセンスは何でしょうか?

「こういうSF的で不条理な世界にどうやったら引き込んでいけるか、という、原作者の星野智幸さんのやり方みたいなものはすごいリスペクトしてました。ですから、ちょっとしたことから日常がズレていってしまう感じをどう表現するかがこの作品の最大のポイントでしたね。大樹のお母さんの登場の仕方や、大きな決意もないままズルズル引き込まれていく様子、また、水とか川とか、さらにはよく分からない液体状のもの(※ピンク色の謎の液体。監督いわく六価クロム)を物語の随所に散りばめることで、日常に非日常が侵食していく感じを表現したつもりです」……続きを読む