高速処理を実現する独SAPのインメモリデータベース技術「HANA」。スピードに目がいきがちだが、"単にスピードをもたらすだけではなく、スピードを利用してビジネスを変えることができる"というのがSAPのメッセージだ。そして、SAP自身もそれを実践し、ERPベンダーから生まれ変わりを図っている。

Vishal Sikka氏

同社が5月16日まで米オーランドで開催した年次カンファレンス「SAPPHIRE Now Orlando 2013」で、CTOのVishal Sikka氏が、「再発明」「リニューアル」という言葉で、自社で進んでいる取り組みについて語った。

2010年の「SAPPHIRE NOW」で正式に発表されたHANAは、3年で大きな進化を遂げている。SAP共同創業者のHasso Plattner氏とともに開発したSikka氏は、「小さな娘だったHANAだが、もはや小さな娘ではなくなった」と述べる。

Sikka氏はまず、HANAの成功を示す数字をいくつか挙げた。導入顧客は1400社近くになる。このうち847社がすでに実装済みで、速度を1万倍改善した「1万クラブ」は25社以上、10万倍の「10万クラブ」は4社。先には、欧州の大手食品メーカーが100万倍を達成したと報告する。

たとえば、年間売り上げ500億ドル規模を誇る消費材のUniliverでは、すでにHANAの上で月次締めプロセスを動かしていたが、次のレベルとして製造設計や一部の財務・会計など、最もよく利用されるプロセスに拡大した。1日に数千人単位のユーザーが15億レコードものデータにアクセスして意思決定を行うが、3週間で1万倍高速化が実現したという。一部の拠点でのリアルタイムの意思決定が可能となるなどのメリットが得られたとのことだ。

「HANAは業務ソフトウェアをリアルタイムに圧縮するのを支援する」とSikka氏。このレベルのパワーが可能になった後、われわれの課題は「より大きなビジネスの課題や問題を解決するソリューションを想像、設計することだ」と続ける。SAPはここで、社内でも実践しているというデザインシンキングという思考手法を用いて、顧客を支援しているという。今年のSAPPHIRE NOWでは、デザインシンキングのエリアも設けられた。

会場内に初登場したのがデザインシンキングエリア。デザインシンキングを教えるスタンフォード大d.schoolは、Plattner氏も協力している

競合との戦いや成長において、自社の「地平線」を拡大し、常に変化する必要があるとSikka氏。これは顧客、そしてSAPも同じ。Sikka氏が紹介したSAPの再発明は以下のようなものだ。

まずはユーザー体験だ。SAPはSAPPHIRE NOWの会期中、「SAP Fiori」を発表した。シンプルに、簡単に使えるアプリ25種をセットにしたもの。25は数としては多くはないが(SAPは約300のアプリケーションを擁する)、休暇申請や受注など、85%のSAPユーザー、利用の45%をカバーする影響が大きいものばかりという。「人事管理分野で最大のクラウドサービスSuccessFactors(2012年2月に買収完了)やモバイルアプリでは、モダンなUIを提供している。だが、再発明を遂げるためには、顧客がすでにインストールしている既存製品などすべての製品のUIを変える必要がある」とSikka氏。

特徴は、業界初のエンタープライズ級HTML5をベースとしたレスポンス性の高いデザインだ。1つのコードでほぼすべてのスマートフォン、タブレット、PCで動くという。顧客、Googleなどのパートナーとの協業を通じて開発しており、Colgate-Palmoliveなどすでに利用している顧客もいるという。SAP HANA Marketplaceで提供する。「破壊なしにイノベーションを提供する」とSikka氏。

「SAP Fiori」。レスポンシブなデザインをデモすると会場からは拍手が起こった

Fioriの予算管理画面

Fioriの休暇申請管理画面

HANAの最新版「HANA SP6(Service Pack 6)」(提供は6月)も発表した。数ある新機能のうち、Sikka氏が紹介したのが、Sybaseチームと開発したという新機能「Smarter Data Access」。Sybaseのフェデレーション技術を取り入れ、クエリを調べて最も効率の良いアクセス方法を判断する。これによりHadoopや他社データベースと直接やりとりできるようになるという。

UI関連ではまた、「SAP Lumira」も発表した。BIのユーザー体験となり、「継続的進化でありながら、UIを再考するものだ」とSikka氏。BIの進化によりユーザーの裾野が広がっている上、HANAのパワーと魅力的なモバイル端末が増えていることで、ユーザーの広がりはさらに加速している。誰もが利用できることを想定したUIがSAP Lumiraという。

「SAP Lumira」

また、2013年1月に発表したHANAの「SAP Business Suite」対応も紹介した。HANA上にBusiness Suiteがのることで、70~90%の改善が見込めるとSikka氏。ITの面ではコストを削減し、アーキテクチャを簡素化できる、とメリットを挙げる。

このように、「すべての製品を進化させていく」とSikka氏は約束する。だが、それだけではない。製品の再発明を超えて、SAP製品の体験そのものを次世代のものにする取り組みとして紹介したのが「HANA Enterprise Cloud」だ。SAPPHIRE NOWの前の週に発表されたプライベートクラウドとマネージドサービスで、HANAのインフラを利用してBusiness Suiteや「SAP NetWeaver Business Warehouse」、HANA対応ソフトウェアを利用できる。

HANA Enterprise Cloudは、専用ハードウェアが必要なHANAを手軽に利用できる選択肢となり、HANA導入を加速させる狙いだ。だがHANAの進化だけではない。「顧客のクラウド体験の進化でもある」とSikka氏。これまでのクラウドとはスピードのレベルが大きく異なる「次世代のクラウド体験」をもたらす、と続ける。すでに衣料Levi's、自動車Daimler、F1のMcLaren Groupなどの顧客が利用しており、日本の三井物産のロゴも並んだ。

HANAのクラウドとしては、すでにAWS上で提供する「HANA One」があるが、利用企業は600社以上を数えるという。この日、Sikka氏はHANA Oneにサポートを付けたプレミアム版「HANA One Premium」も発表した。

HANAは現在、富士通、日立、Dell、IBMなど9社のハードウェアベンダーと提携しているが、ハードウェア側ではこの日、米Hewlett-Packard(HP)のCOO、Bill Veghte氏をステージに招き、HPと共同で進めているインメモリデータベースプロジェクト「Project Kraken」を披露した。

KrakenはHANAにフォーカスした大規模システム向けのサーバープロジェクト。Intel XeonプロセッサE7ファミリ(コード名「Ivy Bridge-EX」)を16個搭載、メインメモリは12テラバイトというシステムで、ERP、CRM、データ分析などの複雑な処理向けという。OLTPとOLAPを統合でき、HANAがもたらす高速処理を実現するというのがウリだ。今年始めに2社がプロジェクトを発表、今回お披露目となった。提供時期などは公開していない。

初披露となったビックデータ向けインメモリシステム「Project Kraken」