宇宙航空研究開発機構(JAXA)は4月17日、調布航空宇宙センターにて(画像1)、スケールモデルを用いる風洞施設とCFD(Computational Fluid Dynamics:数値流体力学)シミュレーションを組み合わせたデジタル/アナログ・ハイブリッド風洞システム「DAHWIN(Digital/Analog-Hybrid Wind Tunnel:ダーウィン)」のプレス向け公開デモを行った。風洞設備や実験中の様子などを実際に見られたので、その模様をお届けする。なお記者発表自体は4月8日に行われており、その模様はすでに記事がアップされているので、DAHWINの概要についてはそちらをお読みいただきたい。

画像1。風洞施設はJAXA 調布宇宙センターにある。なお、この建物は一般向けの展示室

それではまず、DAHWINのアナログ部分、風洞設備から紹介しよう。今回公開された風洞設備は「2m×2m遷音速(せんおんそく)風洞」(正式には「遷音速風洞測定胴」)で、川崎重工によって開発され、1960年8月より稼働している歴史ある設備だ(画像2~8)。同センターには複数の風洞設備があり、その内の1つだ。今回は、スケールモデルを設置する測定部(この部屋のサイズが2×2m、高さも2mぐらい)に入ったのだが、強風をファンで発生させて気流を循環させる設備全体はロの字型をしていて、全長72mほど(画像9)。測定部自体の全長は16.2mだ。1分間710回転する主送風機によって、マッハ1.4の気流を発生させることができる性能を有する。

画像2。2m×2m遷音速風洞の測定部付近の全景

画像3。2m×2m遷音速風洞の測定部。人からそのサイズがわかるはず。ここは用途に合わせて入れ替えることが可能で、1~4号カートの4種類がある

画像4。測定部の中の様子。気流の流れる方向を見てスケールモデルの前から撮影

画像5。スケールモデルの後方の部屋から気流が流れてくる方向を見て撮影

画像6。測定部の直後の気流を吸い込む辺り

画像7。測定部のすぐ外側から見たところ。中のスケールモデルの一部が見える

画像8。測定部への入り口

画像9。風洞設備の建物全景。気流が循環するようにロの字型になっている

なお遷音速とは何かというと、飛行速度域を表す言葉の1つで、マッハでいうと1前後のことだ。なぜ前後なのかというと、マッハ1は便宜的に1気圧15℃の条件において対地速度で秒速約340m(時速にして約1225km)とされているが、実際のマッハ1は、その飛行している空域の大気圧や温度、風速などによって変化するため、対地速度で秒速340mを出しても、マッハだったり、マッハ以下だったり、微妙に変化する。その、下は0.75から上は1.25までの亜音速と超音速が混じり合う速度域を、遷音速というのである。

この風洞は国内でも有数の大型風洞で(現在は、このほかに同レベルのものを自衛隊も所有している)、JAXAでの実験だけでなく、航空自衛隊や民間機などの開発にも利用されており、1年間のスケジュールは国内の需要だけでほぼ埋まっているという(大電力を要するため、東日本大震災以降の2年間は、夏の稼働は停止している)。

JAXAでの開発の場合は、H-1やH-II、H-IIBといったロケットに加え、近年では宇宙ステーション補給機「こうのとり」の大気圏再突入タイプ「HTV-R」の再突入用カプセル(画像10・11)や静粛超音速実験機(D-SEND:画像12)などの試験に活用されている。民間だと、往年の名機「YS-11」(画像8)や近年の三菱航空機の「MRJ」(画像13)の開発に技術協力しているし、空自の「F-4ファントムII」や「F-15イーグル」などの日本に導入された米国製戦闘機の技術協力も行っている。つまり、1952年に日本において航空機の開発の再開許可が出てから、日本の宇宙と航空産業の一躍を担ってきた歴史のある施設というわけだ。

画像10。HTV-Rの再突入用カプセルのEFDの様子

画像11。HTV-Rが再突入用カプセルを切り離した際のイメージイラスト。(c) JAXA

画像12。D-SENDのEFDの様子

画像13。YS-11の開発中の記録写真

画像14。MRJ。DAHWINは今後、同機の改良などに使用される予定。(c) 三菱航空機

スケールモデルを用いた風洞実験(EFD:Experimental Fluid Dynamics)とCFDシミュレーションは、お互いの弱点を補え合える関係で、それを連携させて一元的に管理・利用できることは、より詳細で多角的なデータを得られたり、低コスト化を図れたりするといった大きなメリットがある。これまでもそのメリットがわかっていることから、各所にて連携が図られてきたのだが、連携活用の結果を得られるまでに早くても1週間から10日、下手したら1カ月もかかってしまうという問題があった。しかし、DAHWINではその連携を数十0秒で実現する。実際にEFDとCFDの連携で1週間から1カ月という期間を待ちわびたことのない身としては、逆にその便利さがわからないほどである。

ちなみに現在、DAHWINを稼働させて間もないことから、キャリブレーション(補正)作業を行っているところである。航空機のEFDのキャリブレーション用として一般的に使われているBoeingの大型旅客機に似た金属製スケールモデルが空中に固定され、作業が続けられている最中だ。このスケールモデルは、マッハの強風に向き合うため、かなりしっかりと作られている(画像15・16)。費用は少なくても1億円はかかるそうである。

なぜそんなにかかるかといえば、もちろんデザインに忠実に作ることはもちろん、各所にセンサを取り付けるための穴を空けたりするなど、頑丈さと精度の高さと内部の仕組みなども必要だからだ。なお、センサが設置されていない部分のデータ収集ができないことを防ぐため、近年は「PSP(Pressure-Sensitive Paint:感圧塗料法)」を用いて、全体的な圧力の確認が行われている。

画像15。設置されていたスケールモデルを前方から

画像16。設置されていたスケールモデルを後方から

風洞施設全体がセキュリティエリアなので、測定部はもちろん、制御室(画像17・18)も普段は入れないのだが、今回はそこを訪れることもできた。実際に稼働されたが、風洞実験は動きがなく、せいぜい気流の速度をマッハで表す小数点以下4桁までのデジタルメータの変化ぐらいである(画像19)。

しかし気流の音は、さすがにマッハ0.85(取材中の実験で、マッハ0.85の遷音速で行われた)で空気が流れているというのがわかる、その運動エネルギーの凄さと、おそらくは主送風機のファンの機械音などが入り交じった、迫力のある音である。取材後、最寄りのバス停で待っている時も、風洞施設がある建物が近かったため、結構迫力のある音がしていた。ただし、実際に航空機のエンジン音などの会話もままならないというような爆音ではなかった。

画像17。測定部内のスケールモデルを映したモニタ

画像18。風洞の制御板のひとつ。気流の速度などがわかる

画像19。気流の速度をマッハで表す小数点以下4桁までのデジタルメータ

また、制御室にはDAHWINのモニタリングPCが設置されている。モニタは6面あり、数値やグラフ、圧力分布などを表示している(画像20~22)。AR技術を用いて、風洞施設内のスケールモデルの映像上に、CFDによって得られた周囲の気流の流れ(圧力分布)などを被せた画像も表示されるのだが、JAXAよりそれを何枚かつなげてアニメーションにした動画ファイルが配布されたので、そちらも掲載しておく(動画1)。

画像20。モニタリングPC。6面のモニタ構成

画像21。これはEFDとCFDを左右で比較できるモニタ。かなり両者は近いが、細かい部分は異なり、CFDはEFDまで至っていない

画像22。
動画1。R技術的に実際の測定部の様子にCGを被せ、周囲の気流も表示映像

ちなみに風洞やCFDというと、レース好きの方なら、F1の世界でも勝利を得るための非常に重要なファクターであることをご存じだろう。かなり以前からF1の世界ではEFDが利用されており、近年のコンピューターの発達と同時に真っ先にCFDが導入されてきた。現在のF1マシンの造形は美術的なまでの3次元曲面構造などを多用して気流を制御しており、そのためには風洞施設は必須だし、開発費用の高騰を抑えるためにもまずはCFDでデータ取りをする必要があるのである。

そういったことから、イメージ的にF1の方が進んでいるような気がするのだが、JAXA 風洞技術開発センターの渡辺重哉センター長によれば、F1の世界でもDAHWINのようなハイブリッドなシステムはまだないという。もしかしたら、DAHWINのようなシステムは革命的に時間を短縮できることから、企業秘密中の企業秘密として、F1のトップチームは開発していたりするのかも知れないが。ホンダが第四期として、エンジンサプライヤーに徹してF1に復帰するということだが、コンビを組むコンストラクターがもしDAHWINに類するようなシステムを持っていないのなら、DAHWINを利用させるのも手かも知れない。

現状、国内からの要望だけで風洞実験の年間スケジュールは埋まっているそうで、それほど風洞設備を利用したい企業や機関があるとは驚きである。DAHWINが導入されたことで、今後は格段に利用のし易さが上がるし、時間の節約にもなるが、今すぐにその効果が現れるわけではないと思われるので、10年単位で航空宇宙関連、そのほか空力に関係する産業で成果が出てくることを期待したい。将来的には海外の利用者も出てきそうだし、DAHWINのシステムそのものを導入したい、と出てくるところもあるかも知れない。我々の日常生活に密着したものではないが、DAHWINから日本の先端技術の1分野を変革できるとても大きな可能性を感じられた。