人間対コンピュータの戦い。このレポートも4回目を迎えるが、今回の戦いほど異様な勝負はこれまでの将棋界では見たことがないものだった。筆者は第三局のレポートの結びで「意地の勝負なら塚田九段はきっとやってくれる」と予想したが、塚田九段が見せたのは「棋士の意地」の範疇をすら超えた、勝負への壮絶な執念だった。泥にまみれることすらいとわない、なりふり構わぬ戦いぶりに対しては賛否両論もあるだろう。しかし、この戦いを称えるのか非難するのか、それは勝負を見た人間がそれぞれに決めればいい。ここでは、この日の盤上とそれを取り巻く人たちの間で何が起こっていたのか、その真実に迫ってみたい。

「第2回将棋電王戦」は、日本将棋連盟に所属する現役プロ棋士5人と、第22回世界コンピュータ将棋選手権で上位に入った5つのソフトが、5対5の団体戦形式で戦う。持ち時間は各4時間、対局は3月23日~4月20日まで毎週土曜日に一局ずつ行われ、結果3勝した方が勝者となる。ここまで、第一局はプロ棋士、第二局第三局はコンピュータが制しており、対戦成績はコンピュータの2勝1敗。そして第四局は、塚田泰明九段 VS Puella α。プロ棋士側は敗れると団体戦の負け越しが決まってしまうという崖っぷちの戦いである。

対局開始時の様子

ベテラン九段に対するは「名人を超えた」と公言するコンピュータソフト

プロ側の副将を務めるのは塚田泰明九段。

崖っぷちの戦いに臨む、ベテランの塚田九段

塚田九段は48歳のベテラン棋士。将棋界の段位で「九段」は最高段位であり、相当の実績を残さないと到達できない地位だ。プロ野球なら名球会入りするような偉大な選手である。ただし、年齢的には現在バリバリの全盛期とは言えず、かつて剛速球で鳴らしたエース投手が、投球術を駆使するピッチングに切り替えて奮闘している状態と言えよう。酸いも甘いもかみ分けるベテランの戦いには、これまでに登場した若手とは異なる注目が集まっている。

対するコンピュータ側の副将を務めるのは「Puella α」、開発者は伊藤英紀氏。

伊藤氏と言えば「第1回将棋電王戦」を見た人には忘れられない顔だろう

Puella αは2012年コンピュータ将棋選手権2位のソフトである。しかし、この将棋電王戦をここまで見てきた人にとっては、2011年のコンピュータ将棋選手権優勝ソフトであり、「第1回将棋電王戦」で故・米長邦雄永世棋聖に完勝した「ボンクラーズ」の後継ソフトと言ったほうが通りがいいかもしれない。開発者の伊藤氏は「コンピュータ将棋ソフトは名人(将棋界で権威あるタイトル保持者)を超えた」とも公言しており、プロ棋士にとっては絶対に負けてはならない因縁の相手と言える。

なお今回のPuella αは、サンプルソフトをプロ側に提供していないが、前身ソフトであるボンクラーズが提供されている。塚田九段はボンクラーズを相手に研究を重ねてこの日を迎えたわけだが、このことは後で重要な意味を持ってくるので覚えておいてほしい。

序盤は今大会初の定跡形の戦いへ。Puella αがベールを脱ぐ。

図1(25手目▲6七金右) 第四局は「矢倉」と呼ばれる定跡形の戦いへ

第一局ではプロ側が、第二局と第三局ではコンピュータ側が定跡を外した戦いに持ち込んだが、本局は「矢倉」と呼ばれる定跡の戦いに進んだ。Puella αはこれまでのソフトと異なり、定跡の戦いを避けなかったわけで、それだけ自信を持っているということだろう。なお、序盤の駆け引きで矢倉戦を志向したのは塚田九段で、その理由は「じっくりした戦いにして相手の暴発を待つ」ねらいだったという。第三局までコンピュータはいずれも「やや無理気味」な仕掛けを決行して不利になっていたので、この塚田九段の作戦は的を射ている。だが、Puella αは塚田九段のねらいに反して暴発ではなく鋭い仕掛けをみせた。

図2(41手目▲1三桂不成) 今回もコンピュータが仕掛けたが「無理な仕掛け」ではなかった

図はPuella αが攻撃を仕掛けたところ。先に桂馬を損するので一見暴発した仕掛けに見えるが、この仕掛けは部分的にプロ同士の戦いでもみられる筋で、実際にまったく同じ形の過去の対局も1局だけ存在する(正確には過去の対局では▲1三桂成としているが、不成とするのはコンピュータ特有のクセのようなもので意味は同じである)。そして、Puella αはこの図よりも前の33手目から時間を使い始めているので、プロの指した過去の対局に習って仕掛けたのではなく、自力で考えて仕掛けたものと推測できる。

「プロ同士の戦いで現れた仕掛けを、コンピュータが自力で考えて決行した」このことだけでも驚愕の事実であろう。しかし、Puella αはここからさらに恐るべき実力をみせるのだ。……続きを読む