独SAPの次世代戦略の柱のひとつが、モバイルだ。これまでこの分野ではSybaseやSycloなど、買収を通じて強化してきたが、SAP自身も積極的に自社スタッフのモバイル武装を進めている。SAPのIT部門にあたるGlobal ITインフラサービスでシニアバイスプレジデントを務めるMartin Heisig氏に、SAPが社内で展開しているモバイル戦略について話を聞いた。

社員のほとんどがモバイルユーザー、「選択肢が重要」

Martin Heisig氏、CIOのOliver Bussmann氏直属でITを担当する

世界130カ国以上にオフィスを構えるSAPには、約6万3000人の社員が勤務している。ほとんどの社員が、タブレットやスマートフォンを業務に利用するモバイルユーザーだ。

SAPが支給している端末は、2万台を数える「iPhone」を筆頭に、1万9000万台の「iPad」、約3500台に達したAndroidスマートフォン/タブレット、約1万6000台の「BlackBerry」スマートフォンがある。先に「Windows 8」「Windows Phone 8」のパイロットも開始している。これらに加えて、自分の端末を持ち込むBYODユーザーが5000人近くいるという。

「(iOS、Androidなど)主要なプラットフォームをすべてサポートする。従業員が選択できるようにすることは、われわれITにとって重要なことだ。ハイテク業界では、才能がある人にすばらしい作業・労働環境を提供する必要があるからだ」とHeisig氏はにこやかに語る。環境も整っている。無線LANは全社で導入されており、SAP社員はどのオフィスにいっても無線LANにログオンできる。

モバイルで重要なことは「セキュリティ」とHeisig氏。「OSとアプリの両方でセキュリティは重要だ」と述べる。デバイス上のデータが暗号化されており、安全に、物理ハードウェア上に保存される必要がある。プライベートな情報とビジネス上のコンテンツの分離も重要で、デバイスがプライベートキーをどのように処理・管理するのかもポイントになるという。当初不十分と感じていたAndroidでは、Samsungとの提携を通じてここ1年で大きく強化した。最新のAndroidは、エンタープライズの視点からみて、iOSとほぼ同レベルのセキュリティ機能を備えるとみる。

同様に重要というBYODでは、自社製品のモバイルデバイス管理(MDM)製品「Afaria」を利用して管理している。BYODを利用して自分の端末を利用したいという社員には、Afariaで管理できることが条件になっているという。

一度便利と思ったサービスは禁止できない、ならば代替を

アプリケーション側も重要だ。SAP社内の従業員向けアプリ(BtoE)はすでに120種類以上あり、備品の購入、休暇届、出張旅費計算などが揃っている。申請する社員も承認する上司もモバイルから簡単にアクセスでき、リアルタイムで処理が完了する。これらアプリはAfariaを利用して構築したアプリストアからダウンロードできるという。

SAPのアプリストア

休暇申請アプリ。モバイルの狭い画面で直感的に利用できることが大切だという

既存アプリのモバイル化と同時に、クラウドとモバイルという新しい作業環境ならではの要件に対するアプリ開発も進めている。その成果の1つとして2月末に発表したのが「SAP Mobile Documents」だ。もともとは「SAP Box」という愛称で社内用に開発したアプリで、共同CEOのJim Hagemann Snabe氏もヘビーユーザーの1人だという。

開発に至った背景には、あの人気サービスがある。「Dropboxは使いやすい。だがエンタープライズの視点からみると悪夢だ」とHeisig氏。データはクラウドにあり、どこにあるのかわからない。機密情報を含んだパワーポイントをDropboxに投げ込んだらどうなるのか? 「企業の視点からすれば、(Dropbox利用を)禁止することもできた。だがこれは解決策ではない。禁止したところで、従業員は一度便利と思ったサービスはこっそり使うだろうから」(Heisig氏)。

そこで1年半前に、代替になりうるサービスを自社で開発することにしたのだという。SAP Box(SAP Mobile Documents)ではプライベートクラウドを利用し、データはサーバー側で暗号化するほか、アクセス段階でも暗号化を利用する。IT管理者は中央で管理やセキュリティポリシーを設定して、それを実行できる。このようにエンタープライズレベルのセキュリティ基準を満たした上で、使いやすさはDropbox並み。1万1000人の社員がダウンロードするなど社内で好評だったことを受け、顧客や他の企業も同じ悩みを抱えているのではないかと思い、製品化に至ったのだという。

「企業の多くが社員のDropbox利用を頭痛と感じている。SAP Mobile Documentsはエンタープライズ仕様の代替ソリューションになる」とHeisig氏は社内で実証済みのソリューションに胸を張る。企業はSAPがサポートするパブリッククラウドを利用してもよいし、自社のプライベートクラウドも利用できるという。

コンシューマー側のトレンドがエンタープライズに大きな影響を与えているが、これはITをどのように変えたのか? Heisig氏は次のように語る。

「コンシューマー向けアプリのように、エンドユーザーからみて簡単にみえるアプリを提供することが重要になっている。これは技術的には複雑なことで、デバイスとインフラなどたくさんのことを組み合わせる必要がある」。ポリシーの設計は大きな指針になっている。たとえばウイルス対策では全社共通のポリシーを導入しているという。「そうでないと、この規模のモバイル端末はとてもカバーできない」とHeisig氏は述べた。