企業が社会の一員として貢献したり責任を持つ考えや活動を差す「企業の社会的責任(CSR)」。大手企業を中心に各社さまざまなCSRを展開しており、公共性の高いモバイルオペレータにインフラを提供するEricsson(スウェーデン)も例外ではない。

同社は世界最大手のモバイルインフラ機器メーカーで、2012年の売上高は2278億クローナ(約263億ユーロ)。世界各地でさまざまなCSRを展開するEricsson。南米ブラジルでの同社の活動を2012年末に取材した。

今回取材したのは、アマゾンにモバイル回線をもたらす「Connecting the Amazon」、ICTで教育を支援する「Connect to Learn」などの活動だ。

モバイル網、さらにはブロードバンドが経済に与える影響についてはさまざまな調査があるが、固定網が普及していない途上国ではこれら通信技術のインパクトはさらに大きい。それでも、モバイル基地局を立てることは大規模な投資を必要とする。どうしても人口の多い地域に投資の目が行きがちだ。Connecting the Amazonは人口によるメリットが少ないと思われがちなアマゾン川河口の村にモバイル網をもたらす取り組みだ。Ericssonは地元のオペレータ、非営利団体と協力して展開している。

はじまりは2009年、アマゾンの支流タパジョー川がアマゾン川に合流する付近の村、ベルテラにEricssonが3G通信のための基地局を敷設した。アマゾン河口では初めての3G回線である。

ベルテラは人口約2万人、すぐにトラフィックが増え、1万6000人がモバイル網にアクセスするようになった。そのメリットは、単に音声通話ができる、何十年ぶりに遠く離れた親戚と話ができたなどにとどまらない。43%の学生がWebサーフィンをしたり、遠隔学習に利用するようになり、ブログなど情報発信をはじめた生徒もいる(少女はその後、行政のコミュニケーション担当として起用された)。ビジネスの効果も大ききい。ベルテラの主要産業は小売りであり、通話やSMSを利用して仕入れなどのルーティン作業を効率化したという人は77%にのぼった。新規事業を立ち上げる人も生まれたという。総じて、地元取引は74%拡大したと報告している。人々のインターネットを求める声は政治にも反映され、先の市長選ではデジタル化を推進した候補が選ばれたという。

ベルテラでの成功を受け、Ericssonは2010年、第2フェイズとして、ベルテラから少し離れたタパジョー川河口のスルアッカという村に3G基地局を敷設する。スルアッカの人口は500人程度、ベルテラよりもはるかに規模が小さい。電力供給のためのソーラーパネルも敷設し、持続可能な基地局を立てた。村には小さなインターネットカフェができ、DJが生まれた。携帯電話を利用して受注・発注を効率化した蜂蜜農家などの活用例が生まれているという。

アマゾン川よりスルアッカに立つ3G基地局を眺める

スルアッカはまた、教育での取り組み「Connect to Learn」の場所にも選ばれた。学校では、Ericssonらが供給したコンピュータの使い方を教師、そして子どもたちが学んでいる。村の学校では初等教育しか受けられない。将来的には、ネットワークとコンピュータの力を利用して、遠く離れた町にいくことなく村に残って高等教育が受けられるようになれば、と教師であり親でもある女性は語る。

重要なことは、これらが単なる慈善事業ではないということだ。Ericssonブラジル支社で南米のブランド体験・持続性トップを務めるCarla Belitardo氏は、「チャリティではない。われわれはビジネスとして取り組んでいる」と何度も協調する。Connecting the Amazonの場合、フェイズ1では30万ドル相当の基地局をEricssonがVivoに寄贈した。アマゾン流域に住む人々のモバイル網へのニーズがあること、ビジネスとして成立するトラフィックがあることをVivoに実証した(「隠れた需要があったことを実証した」とBelitardo氏)後、フェイズ2はVivoとの共同事業として基地局を提供したという。

「CSRはビジネス戦略と連携すべきだ」とBelitardo氏は述べる。Ericssonでは、人、収益、地球の3つにポジティブなインパクトを与えるものをCSRの基準としているというが、Belitardo氏は1社ではできないことも自覚している。顧客、ユーザーと直接の接点を持つVivoのようなオペレーターは不可欠だ。そのため、オペレーターとやりとりのある営業チームとCSRが共同で展開することになる。

アマゾン・スルアッカのConnect to Learnは、Ericssonがコロンビア大学のEarth Institute、Millennium Promiseと展開する教育支援活動で、ICTを利用してそれまで教育が受けられなかった人々が高品質な教育や奨学金にアクセスできるようにしようというもの。Ericssonはブラジルでは、リオデジャネイロの北郊外にあるスラム地区(現地の言葉で"ファベーラ")、ヴィラ・クルジェイロのコミュニティセンターでもConnect to Learnを展開している。

Connect to Learnの下でコンピュータの使い方を学ぶスルアッカの小学生

携帯電話を手にするスルアッカの女性

だがヴィラ・クルジェイロは、アマゾンのスルアッカとは事情が少し異なる。ここはほんの数年前まで、殺人に至るような犯罪が絶えず、「文化といればサッカーしかない貧民街だった」(センターでの活動をコーディネートするProjeto Atitude Socialの執行ディレクター、Antonio Luiz Tiburcio氏)というぐらいのスラム街だった。

左はProjeto Atitude Social執行ディレクター、Antonio Luiz Tiburcio氏、右はEricssonのCarla Belitardo氏

それが、数年前のあるジャーナリストの殺人事件をきっかけに、軍が介入しての鎮静作業がスタート。ドラッグディーラーらを一掃した。コミュニティセンターではダンス、スポーツなどの文化活動を通じて子どもたちの健全な学びを推進しており、その1つとしてConnect to Learnを導入することに。EricssonはVivoと共同でモバイルネットワークに接続されたノートPCを提供、クラウドを利用して子どもたちがWebサーフィン、コミュニケーション、学習できるようにした。子どもたちが集まるようになり、笑顔が戻った。現在この地域に住む8250人ほどの子どもが何らかの活動に参加しているという。子どもたちの変化が、鎮静作業をさらに加速しているようだ。「2010年には考えられなかった」とこの町出身というTiburcio氏は笑顔で語る。

ヴィラ・クルジェイロ、ファベーラとは現地の言葉でスラム街の意味

コミュニティセンターで迎えてくれた子ども

文化・運動施設を備えるコミュニティセンター

コミュニティセンターに設置された約20台のノートPC。3G通信経由でネットにアクセスする

ヴィラ・クルジェイロとスルアッカでConnect to Learnの素地を整えたところで、今後はバーチャルボランティアとして社員がインターネット経由でコンピュータの使い方を教えるなどの取り組みも進めていく予定という。

重要なことは、政府側に成果やインパクトを見せることだ。これにより、次は行政がより関与した形で取り組みを拡大させることができる、とBaltardo氏。

ブラジル通信省のPauro Bernardo大臣

ブラジル通信大臣のPauro Bernardo氏はEricssonのフォーラムにて、大臣任命来「通信技術を国民全員に広げる」を重大な任務としてきた、と述べる。ブラジルの世帯インターネット普及率は2010年27%、2011年には38%となり、50%の大台が見えてきたところだ。「そこで重要になるのはモバイル」とBernardo氏。高機能なスマートフォンを人気デバイスにすることでインターネットアクセスの障壁を下げていくほか、次世代を担う子どもたちのために教育現場でのインターネット普及も重要だとする。だが、国土が大きいだけに、取り組みを浸透させるのは簡単ではない。そういった隙間を民間が支援することで、政府のプロジェクトがさらに意味を持つものになりそうだ。

Belitardo氏はネットワークの拡大、教育にとどまらず、健康面(モバイルヘルス : mhealth)など分野を拡大したいと語る。地域的にも、ブラジルのほかにメキシコなどにチャンスがあると目を輝かせた。