「超」と冠した今回の展示を企画した仕掛け人は、兵庫県立美術館の学芸員、小林公氏だ。6歳の頃にトライダーG7が大好きだったという氏は、今回の展示には4つの「超」があると語る。ここからは小林氏の言葉をそれぞれ伝えていきたい。ひとつ目は「境界を越えるという超」だ。

兵庫県立美術館の学芸員・小林公氏

「大河原邦男さん、という名前をアニメファンの方は知らない人はいないと思うのですが、私が父や母に大河原邦男さんの展示をやるよと言っても、名前を知らないんです。しかし大河原邦男さんのデザインしたものをひとつも知らない、ということはないんですね。近代の日本で生まれたデザイン、ヴィジュアルイメージの中でも、大河原邦男さんのお仕事というのは、100年、200年経っても必ず十指に入る、重要なものだというのが学芸員としての私の認識です。大河原邦男さんの展示をやりたいというのは、大学生時代からずっと考えていました。これまで大河原邦男さんをご存じなかった方にも存在、素晴らしさを知ってもらいたい、それが境界を越えるという超ですね」

第二の「超」は「内容の超」、つまり展示の充実度を表している。ここについては交渉の苦労と内容への自信がうかがえる。「今回の展示の大きな見どころとなる設定資料ですが、いわばメカニックの設計図のようなものです。これを展示したいと考えたのですが、これがなかなかハードルが高く、当初は開催が危ぶまれるほどでした。これがアニメ会社さまから外に出てくるというのは、まずないんです。これも境界を越えるという意味のひとつですね」

『ジ・アニメ』1981年2月号(株)近代映画社 表紙原画 1980-81 (C)創通・サンライズ

『機動戦士ガンダム』基本設定:ガンダム内部図解 1979頃 (C)創通・サンライズ

『機動戦士ガンダム』最初期設定:ザク 1978 (C)創通・サンライズ

設定資料、というものはなかなか公開されないものだという。それがなぜ公開されないのか、それを見ることにどのような意義があるのか、ここが今回の展示の重要な部分だと小林氏は語る。「メカデザインという、大河原邦男さんが40年やってきた仕事というのはどういうものか。これはただメカの絵を描くということではありません。どんな過程を経て最初期の設定画から決定稿へ仕上がっていくのか。その仕事というのを見ていただきたい」

ここが通常の美術展とは違う部分であるかもしれない。これは仕事の展示なのである。そして第三の「超」は「ボリュームの超」だ。「設定資料だけで300以上、直筆イラスト作品などが60点以上、それから大河原邦男さんがデザインしたメカの玩具類や、実際に制作なさっているオブジェなど計400点以上が展示されます。今年2012年に40周年として開催された大河原邦男さんの個展を越えるボリュームとなる予定です」

そして最後にコラボの「超」が加わる。これは小林氏の個人的な「超」だそうで、氏は本当にロボット、メカデザインが好きなのだということが伝わってくる。「山梨の鉄アーティスト、倉田光吾郎さんが制作した1/1スコープドッグが神戸にやってきます。大河原先生のデザインの完成形のひとつではないかと思うんですが、これを実物大でご覧いただけるというのは、超コラボだといえるのではないかと、私は考えています」

『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』B2版(Bタイプ)ポスター原画 1982 (C)創通・サンライズ

ちなみに、小林公氏の一番好きな大河原メカはズゴックだという。「好きなのはズゴックですが、これは富野メモ(機動戦士ガンダムが打ち切りにならなかった場合のネタをメモしたものがあり、そこにラフ画があった)にあったものなので、大河原さんのデザインといえるか、難しいところなんですけど。次はドムが好きで、ドムは大河原さんが初期稿からなさっていますね」

では最後に、発表会終了後に個別で小林氏に話を伺うことができたので、こちらもお伝えしておきたい。

──大河原さんもおっしゃっていましたが、アニメのメカデザインというのはひとりで全部やる仕事ではないんですよね。

小林氏:「そうなんです。そこがアーティストとデザイナーの仕事は違うというか。好きなものを自由に描くというのではなく、複数の人のアイデアをまとめたり、人のイメージを形にする、という部分があります。それから、デザインというのは今までにないものを作る、ということでもある。そういうデザインとは何なのか? という"仕事"を見せたいですね」

──小林さんイチオシの展示物は?

小林氏:「スコープドッグの初期稿があるんです。これはサンライズさんからオーダーがあってから描いたものではなく、『ダグラム』が終わって、コンバットアーマーの12mというサイズはちょっと中途半端だったね、というのがあって、じゃあ現実的な人が乗り込むメカニックとしてはどういったサイズの、どういったメカになるのか、ということを大河原さんが描いたものなんですね。発注を受けたものではないのに描き込みもすごく力が入っていて、メカデザインという仕事を考える上でも、大河原さんのより純粋なデザインを見る上でも意義深いと思います。これが決定稿のスコープドッグに変わっていく、というのが面白いですよね」


学芸員というお仕事はお堅いイメージもあるし、公立の美術館の展示というと、お役所がやる面白味のない展示なんじゃないの? という先入観をお持ちの方もいると思う。だがご覧の通り、企画者の小林氏は見事なまでにこだわりと熱意、メカニックデザイナー大河原邦男へのリスペクトに溢れた人物なのである。何が見たいか、何を見せたいか、そこに1ミリのブレもない。日本が誇るアニメの文化的価値を正しく、そして楽しく広める気概に満ちている。どれほどの展示が見られるのか、これは期待大で間違いなしである。