台湾観光の楽しみと言えば夜市巡りだろう。夕暮れと共に広場に集まる屋台の数々。視覚に直に訴える繁字体の看板の森に飛び込んでいけば、せいろうの中では水煎包(肉まんじゅう)が蒸し上がり、鉄板の上では蚵仔煎(カキのオムレツ)が焼き上がる。日本統治時代に持ち込まれた食文化・甜不辣(さつま揚げの煮付け)や黒輪(おでん)、西洋の牛排(ビーフステーキ)など外来の食文化も花を添え、いずれも淡麗な味わいの台湾ビールと相性がよろしい。食後に木瓜牛奶(パパイアミルク)、愛玉子(ゼリーの一種)などすすり込めば、油に疲れた喉に清冽感がよみがえる。
その名の通り、「臭い」としか言いようがない臭豆腐
肉や揚げ物、果物の香気が混然一体となって鼻をくすぐる夜市を巡るうちに、何とも名状しがたい匂い、いや、臭いが飛び込んでくる。大便に大量の歯垢を加え、ドブの水を注ぎこんでほどよく発酵させたとしか表現しようのないおぞましさ。この悪臭の発生源は「臭豆腐」の看板を掲げた屋台だ。納豆菌などが生息する液に豆腐を一晩漬け込んで発酵させたものだということ。愛好家の話によれば、食べる前に揚げることで悪臭が除かれ、発酵によって生まれた滋味を味わえるということだが……。
注文をして現れた臭豆腐は一皿50台湾元(約150円)。唐辛子のタレを敷いた皿に角切りの揚げ臭豆腐を盛りつけ、その上にはキャベツの酢漬けが山盛りにされている。キツネ色に揚がった豆腐を箸でつまみ上げ、前歯でサクリと食い切る……。
意外なほど臭くない。確かに油で揚げることで臭いは取り除かれ、サクサクした香ばしさと入れ替わる。発酵によって生まれた深みのある味わいが舌を包み……、と言いたいところだが実際のところ油の香気はともかく「旨味」までは感じられなかった。これなら日本で生揚げを炭火であぶり、生姜醤油で食べたほうがはるかにおいしい。しかし添え物のキャベツ漬けは絶品だ。柑橘系のさわやかな酸味がきいた漬け汁がしみ渡ったキャベツはシャキシャキと歯に快く、添えられた香草がアクセントとなって口内をさわやかにしてくれる。この漬物だけで何度もおかわりをしたいくらいだった。
筆者は残念ながら旨味を感じ取れなかった臭豆腐だが、あの金城武は大の愛好家だという。日本人でも臭豆腐のファンは多い。台湾旅行の折は臭いを頼りに臭豆腐の屋台を探し出し、臭いと味のギャップ、そして漬物の爽快感を楽しまれるのも一興だろう。