台湾南部や東部の街を歩けば、50mに一軒の割合で「檳榔」の看板を掲げた商店に遭遇する。その割合は歯科医やコンビニエンスストアよりも多いくらい。店の中では、女性がドングリのような青い木の実を一つ一つ木の葉で包んでいる。これこそ、台湾から南アジア一帯で好まれる嗜好品「檳榔(びんろう)」だ。

こちらが「檳榔(びんろう)」。一袋50台湾元(約150円)程度で売られている

噛むにしたがって唾液は赤く変化

ヤシの一種・檳榔樹(ビンロウジュ)の未熟な実に石灰を塗り付け、コショウ科の植物・キンマの葉で包んで噛みしめる。口の中に青臭くて苦い独特の香気が広がり、口内に唾がたまっていく。噛み進めるにしたがって唾は変化し、血液のように赤く染まる。唾を吐き捨てる姿は、あたかも胸を病んだ悲劇のヒロインだ。石灰で頬の内側がしびれ、実の繊維質がタワシを噛むような食感を醸し出す。

檳榔樹(ビンロウジュ)の実を使って檳榔がつくられる

キンマの葉で1つひとつ包まれる

古来より台湾に住んでいたマレー系の民族の間では、檳榔は人生に欠かせない品物である。求愛の贈り物であり、あるいは子孫繁栄の縁起物でもあり、時代が下って中国大陸から渡来した漢民族にも檳榔噛みの風習は受け入れられたという。噛めば眠気をさまし、空腹を抑える作用があるとされ、深夜営業のドライバーなどが愛用し、幹線道路沿いには彼らを当て込んだ檳榔スタンドが15~20粒で一袋を50台湾元(約150円)で販売する。こんな店では「檳榔西施」(西施とは古代中国の美女の名で、日本で言うところの「小町娘」)と称される、きわどい服装の女性が檳榔を商う場合もあるらしい。

台湾はじめ東南アジアで広く愛用されていた檳榔だが、西洋的な思考が広まるにつれその肩身は狭くなる一方だ。唾を吐く姿は不作法な上、舗装された道は赤く汚れる。その上、過度の服用は健康を損なうとの指摘もある。筆者が買い求めた檳榔の袋にも「行政院衛生署警告: 檳榔の服用は咀嚼障害および口腔ガンを引き起こします」とのオドロオドロしい繁字体が並んでいた。

それでも、南アジアの風土と共にある嗜好品・檳榔である。たばこと異なり、副流煙や火災の心配もない。現地を訪問した折は、一粒くらいならば味わうのもいいだろう。