――ところで、今回お二人がコンビを組んだことについてはいかがですか。

犬童「最初から二人で映画を作ることを決めていたし、やり始めたらすごく自然というか、当たり前のことを当たり前にやった、という感覚の方が強いですね。映画を作っていく上で、一人で出来ることって限られていて、監督はカメラマンや出演者からいろいろなものを生み出してもらい、それを受け取るわけです。映画監督は普通、一人で俳優やスタッフにそれを投げかけるわけですが、今回は、最初に同じ立場である樋口さんに投げられるんです」

樋口「二人で事前にやりとりが出来るのは大きかったですね」

犬童「そういう作業はある意味、真っ当で本来の映画の作り方なんだろうけど、監督を実際にやってみないと分からないことも樋口さんは分かっているから、わざわざ申し合わせする必要がない」

樋口「作業そのものは面倒くさいことは分かっているけど、何のためにそんなことをするかというと、結局、そうすることによって映画が“豊か”になるんですよね。それは間違いないことですから。あと、これは二人の共通点かもしれないけど、“欲張り”なんですよ」

犬童一心
1960年生まれ。東京都出身。主な監督作は『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)、『眉山-びざん-』(2007年)、『グーグーだって猫である』(2008年)、『ゼロの焦点』(2009年)

――と、いいますと?

樋口「自分が望んでいることだけでは到底、満足がいかない(笑)。自分以上の何かがないとこの映画は成立しないのではないかという予感が、自分以外の監督を必要としたんでしょうね。結局、罪作りなのは和田さんの脚本なんですけどね。はっきり言ってスケールのでかい寝言みたいな話なんだけど、それが面白いんだから仕方ない(笑)。せっかくの面白い話を大胆に削ってしまったらこの作品の魅力が大きく損なわれてしまいますから」

――主人公である「のぼう」こと長親の魅力について、お二人はどう思いますか?

犬童「彼の魅力は、最終的に『分からない』ところ。今の日本のエンターテイメントには自分の心情を重ね合わせられるキャラクターが多いですけど、この長親という人物はちょっと違って、ミステリアスな部分だけが最後まで残るんですよ。演じた野村萬斎さんの魅力でもあると思いますが、ものすごく興味を惹かれるし、時としてセクシーだし、見てるだけで楽しい珍しい動物的存在というか(笑)」

――確かに長親のキャラクターは群を抜いてますよね。

犬童「丹波役の佐藤浩市さんとも『結局、のぼうのことは分からない、理解出来ないことにしよう』ということで意見が一致しましたし、柴崎(山口智充)とか酒巻(成宮寛貴)、三成もある程度心情的に理解出来るけど、のぼうだけは何を考えているのか分からない。でも、分かりやすいキャラクターだらけの中で、そんなヤツが一人くらいいてもいいんじゃないかとも思うんですよ」

樋口「そもそもこの映画自体、実話ベースだけど真相は誰にも分からないんですよね。はっきりしているのは、昔、こんな人がいて城に攻め込まれたけど勝っちゃった、ということだけ」

犬童「家臣も実在する人物だし、どの門を守ったかも記録に残っている」

樋口「ただ、どうやって勝ったかだけは分からない。ですからこの物語は基本的に『こんな男だから勝った』という、和田さんの推理に基づいているんです」

樋口真嗣
1965年生まれ。東京都出身。『ゴジラ』(1984年)に造形助手として参加し、特撮監督を担当した『ガメラ 大怪獣空中決戦』で日本アカデミー賞を受賞。『ローレライ』(2005年)で長編映画監督デビュー。以降、『日本沈没』(2006年)、『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』などを手掛けている

――では最後に、この作品を見る人に感じてほしいことをぜひ。

犬童「僕が撮っていて一番面白かったのは、長親が『やなものは、やなのじゃ!』と叫んだ後、いろいろと説明を重ねて『わしは許さん!』と言うシーン。シナリオを読んだ段階で僕はその説明部分が映画を"動かす"と思っていたんですよ。でも、実際に撮ってみると『やなのじゃ!』って長親が言った瞬間、俳優たちの顔つきが変わっていくのが分かる。理屈ではなく、正直な言葉の方が人を説得してしまうことの面白さというか、その時にみんなが思っていることをズバッと言い切る正直な言葉の方が力強くて心に響き、人を動かす。そこが面白いですね」

樋口「恐らくこの時代に生きていた人たちって寿命は短かったと思うんですよ。ケガしたら死ぬしかない、病気になったら死ぬしかない。いつ死んでもおかしくない時代の中で『死ぬのは嫌だ』とか『死ぬのが恐い』とすら思ってもいないのではないか。刹那的かもしれないけど、今日を楽しんで生きる人たちの姿がこの作品にはある」

犬童「そもそも戦国時代を日常的に見ようとする視点が和田さんの本にはありますよね。わざわざ大変な時代だと思わなくてもいい、戦国時代だって毎日の生活があった、そこがすごく新鮮でした」

樋口「よくある『生活が苦しい』とか『侍から酷い目に遭っている』とかいう設定や描写って、結局、現代の価値観を当てはめてしまっているのではないかって思うんですよ。そういう形で現代を投影する方法もあると思うけど、この映画は逆ですよね。過去を見て今をどう生きていくか考え直せる、そういう作品だと思います」