ネットバンキングや電子マネーが普及してキャッシュレス化が進んでいるとはいっても、キャッシュカードを使ってATMから現金を引き出す機会がなくなったわけではありません。特に日本人は"現金志向"が強いこともあり、ATMとキャッシュカードは現代人にとってまだまだ必需品といえるでしょう。そのATMがいつごろ登場して、どんなふうに発展してきたのか、『銀行ATMの歴史 預金者サービスの視点から』(日本経済評論社)の著者である日本大学商学部教授・根本忠明先生にうかがいました。
ATMは「オートマチック・テラー・マシン」の略
ATMは「オートマチック・テラー・マシン」の略。テラーというのは、銀行の窓口で顧客の応対をする人のことを指します。その代わりをするのがATMというわけです。ATMでは、預金の引き出しのほかに、預入や振り込みもできますが、その前身は、引き出しだけができる(預入や振り込みはできない)CDです。CDは「キャッシュ・ディスペンサー」の略で、「現金払い出し機」と訳されます。ATMは「現金預け払い機」です。
CDが最初に登場したのは1965年のイギリス。といっても、その当時は引き出し金額を指定できず「10ポンド単位で袋詰めされたものが機械から出てくる仕組み」(根本先生)だったとか。その後アメリカで、現在のような磁気カード式の、指定した金額のお札が一枚一枚出てくるタイプが開発され、1970年代から普及し始めました。
CDが日本に導入されたのは1969年12月で、1000円札10枚を1束にして出す「袋出し」式でした。1971年には、お札が一枚ずつ出てくるCDが導入され、さらにこの年、各CDと銀行の中央コンピュータをつなぐオンライン化を利用した個人向けサービスがスタートしました。
CDが導入されたきっかけは「週休2日制」、日本では三井銀行が先駆け
イギリスやアメリカ、日本でCDが導入されたきっかけは週休2日制だったと、根本先生は言います。土曜日が休日になっても、預金が引き出せるようにするためでした。日本では1971年に三井銀行がCDの365日24時間の年中無休サービスをスタートさせ、他の銀行にも広がりました。ところが、1973年のオイルショックで金融機関の週休2日制が無期延期され、CDの年中無休サービスも中止されてしまいました。今でも、年末年始などにはATMが使えない銀行が多く、年中無休のところは一部に限られています。
根本先生によると、実はCDのあとに、AD(オートマティック・デポジット・マシン)という、預入れ専用の機械が開発されたそうです。でも、そのあとすぐにCDとADの機能を併せ持つATMが登場したため、ADはすぐにすたれてしまいました。ATMは急速に普及しましたが、1990年代の後半まで、CDとATMの両方が使われてきました。理由は簡単。ATMのほうが機械の値段が高かったからです。
CDと切っても切れない仕組み「給与振り込み」
CDと切っても切れない仕組みが、給与振り込みです。
高度経済成長時代、企業への貸出ニーズが高まり、銀行は広く預金を集める必要に迫られていました。そこで、給与振り込みサービスを導入したのです。
それまで、給与は企業が社員に現金で渡していました。社員は、受け取った給与から生活費などを支出して、残ったお金を銀行に預けます。
一方、給与振り込みは、企業が社員に支払う給与を銀行が預かり、それを社員の口座に入金します。社員はCDからキャッシュカードを使って給与を引き出しますが、全額を一度に引き出すわけではないので、銀行にはお金がたくさん残るというわけです。
企業のほうも、積極的に給与振り込みを導入しました。「そのきっかけとなったのが3億円事件」(根本先生)。1968年12月東京で、東京芝浦電機(現在の東芝)府中工場へ向かっていた銀行の現金輸送車から、社員のボーナス約3億円が奪われた事件です。給与振り込みにすれば多額の現金を運ばなくてすみ、こうした事件が防げます。
給与振り込みをするには、銀行と企業のあいだのデータのやりとりが必要です。そこでまず、企業と、その企業が口座を持つ銀行の支店の間のオンライン化が進みました。それが、銀行の各支店間に広がり、さらには異なる銀行どうしもつながるようになりました。 これによって預金者は、以前は自分の口座がある銀行の支店でしか預金を引き出せなかったのが、他の支店でもできるようになり、今では別の銀行のCDやATMからでも引き出せるようになっています。
日本の銀行オンラインシステムの特徴は"リアルタイム処理"
日本で給与振り込みサービスが始まった1973年以降、オンライン化が急速に進み、CDの台数とオンライン化に関して、日本は世界の最先端に立っていました。日本の銀行オンラインシステムの特徴は"リアルタイム処理"です。預金を引き出せば、それがすぐにその人の口座から出金されるし、振り込みも、銀行の営業時間中はすぐに振込先の口座にお金が振り込まれます。
日本では、預金者の増加に伴って銀行での作業量が急増し、作業を効率化させるためにリアルタイム処理が必要だったのです。しかし、リアルタイム処理をするためには、システムが巨大で複雑なものになることから、弊害も生まれました。
例えば、オンラインシステムの事故。特に銀行が合併したときに、システムトラブルでATMから預金が引き出せなくなるといったことが起こりました。
また、リアルタイム処理の盲点を突いたのが"振り込め詐欺"だと、根本先生は指摘します。だまされた人がお金を振り込むとリアルタイムで詐欺犯の口座に入金されてしまうからです。外国の銀行のように、振込みに関する安全性の各種チェックサービスが選択できるようにしてあれば、詐欺の被害は最小に抑えられるといえます。
21世紀に入ると、銀行と郵便貯金のネットワークの相互接続が開始
1990年代、ATMの設置台数で日本は世界一でした。それでも、給料日などにはATMの前に行列ができ、待ち時間に対する利用者の不満の声が高まったため、各銀行が操作時間の短いATMを導入してスピードを競い合いました。また、紙片の折曲がりやしわを伸ばす機能のついたATMや、高齢者や不慣れな人向けに操作スピードが変わるATM、世の中の清潔志向に合わせた抗菌ATMなども登場しました。
根本先生の板書。日本で給与振り込みサービスが始まった1973年以降、オンライン化が急速に進み、CDの台数とオンライン化に関して、日本は世界の最先端に立っていた(左上)。また、1990年代、ATMの設置台数で日本は世界一だった(右下)。 |
21世紀に入ると、銀行と郵便貯金のネットワークの相互接続が始まります。ATMの設置場所も、銀行のキャッシュコーナーや無人店舗から、駅の構内やコンビニまで広がり、預金者の利便性はアップしました。一方で、2003年ごろから、それまで無料だった土曜日のATM手数料が有料になるなど、サービスが後退した面もあります。
ATMとキャッシュカードが登場した当初から、盗難カードで預金を引き出されてしまう事件はありましたが、ATM近くのゴミ箱に捨てられた利用明細からカード情報を盗んだり、カードに書かれた情報だけを盗んだりするなど手口が巧妙化し、社会問題となりました。その対策として、データを盗まれにくいICカードや、手のひらの静脈などで識別する生体認証カードが登場しています。
また、2006年2月に「預金者保護法」が施行されました。それまでは偽造・盗難カードによる被害に遭っても泣き寝入りするしかありませんでしたが、この法律ができたことによって、預金者が普段からキャッシュカードや暗証番号の管理をしっかり行なっていれば、被害に遭った場合も銀行による救済が受けられるようになっています。
ATMとキャッシュカードに積み残された2つの課題
これからのATMとキャッシュカードを考えたとき、積み残された課題の1つは、海外の銀行ネットワークとの連携です。日本人が海外で、あるいは外国人が日本で預金を引き出せるようにしないと、世界から取り残されてしまいます。現在、日本国内で海外で発行されたカードが利用できるのは、セブン銀行・ゆうちょ銀行など一部の銀行のATMのみです。
もう1つは、大規模災害への対応です。東日本大震災ではATMが倒壊したり水没したりしてだけでなく、停電や通信障害によって被災地以外の場所でもATMが使えなくなりました。災害時には、電子マネーやクレジットカードよりも、現金の必要性が高まりますので、銀行はATMのサービスをとめない、あるいは少しでも早くサービスを再開できるように備えておくことが重要です。
私たちにとって、身近にあるATMは無くてはならない生活インフラとなりました。 さらに安心して、快適に利用できるサービスを前向きに検討してもらいと思います。
執筆者プロフィール : 馬養 雅子(まがい まさこ)
ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)、一級ファイナンシャルプランニング技能士。金融商品や資産運用などに関する記事を新聞・雑誌等に多数執筆しているほか、マネーに関する講演や個人向けコンサルティングを行っている。「図解 初めての人の株入門」(西東社)、「キチンとわかる外国為替と外貨取引」(TAC出版)など著書多数。新著『明日が心配になったら読むお金の話』(中経出版)も発売された。