映画制作に欠かせない"映像編集"。ハリウッドの映画制作では、映像編集者の腕でその作品の良し悪しが決まってしまうとまで言われている重要な役割であるにも関わらず、彼らの仕事がフォーカスされることはあまりない。そんな映像編集者(エディター)として、ハリウッドで活躍するひとりの日本人・横山智佐子氏を紹介したい。横山氏はこれまでに映画『ブラック・ホーク・ダウン』(2001年)、『グラディエーター』(2000年)、『G.Iジェーン』(1997年)といった作品を世に送り出した巨匠リドリー・スコットの多くの作品に携わってきた。本インタビューでは、ハリウッド映画における映像編集者の役割から、横山氏から見た巨匠リドリー・スコットの映像制作術について話を伺った。

横山智佐子
三重県出身。名古屋女子短期大学卒業後、1987年に渡米。91年ユニバーシティー・カリフォルニア・サンタバーバラ校映画科卒業し、1992年レオナルド・ベルトルッチ監督の『リトルブッダ』で編集室インターンとして、アカデミー賞受賞エディター、ピエトロ・スカリアと働き始める。その後同エディターの下、ガス・バンサント監督の『グッドウィル・ハンティング』、リドリー・スコット監督の『グラディエーター』、『ハンニバル』、『ブラック・ホーク・ダウン』、『アメリカンギャングスター』などでファースト・アシスタント・エディターを務める。2010年には映画プロダクション会社「チーム J プロダクションズ」を設立している

――まず、エディターという役職について教えて下さい。

横山智佐子(以下、横山)「映像編集と聞くと、ただ映像を切って繋げるだけの作業だと皆さん考えていると思うのですが、実際にはもっと重要な作業をしています。ハリウッド映画では、とても大まかに映像を撮っていくんです。具体的にいうと、2時間の作品を作るとすると、映像素材は低予算の場合で、約20時間分。大作になると80~100時間分撮るのが普通です。いわば、完成作品の約10~100倍の量の映像素材を撮影するんです。監督はエディターが一番いい映像を選択できるように、色々なアングルの素材を撮影してきます。エディターは、そのなかから1番良い素材を選び、つなぎ合わせていくんです」

――全体の制作期間のうち、どのタイミングから編集作業が始まるのでしょうか。

横山「映画の撮影がスタートしたと同時に編集室もオープンします。で、二日目には前日に撮影した素材があがってくるので、それを監督や撮影監督、プロデューサーに確認してもらってから、すぐにシーンごとにカットしていくんです。そのため、撮影が終わってから約1週間後には、1度スクリプト通りの映像ができあがるんです。これがエディターズカットと呼ばれるものです。しかし、この段階では、まだ4~5時間ほどある映像なんです。そこから、監督とどのように編集していくかを決めていきます」

――なるほど。それほど重要な役割を担っているにも関わらず、個人的には、まだエディターという役職の知名度がそれほど高くないという印象があります。

横山「そうですね。これまでのハリウッドでは"エディター"という職は監督のアシスタントの要素が強かったんです。しかし、状況は大きく変わりました。映画のクレジットを見ていただければ分かると思うんですが、まず、プロダクションデザイナーが出て、その次に撮影監督、そしてその次にはエディターなんです。今や、エディターは非常に強力なポジションになっており、編集によって映画そのものが良くも悪くもなることを制作チームの誰しもが分かっています」

――では、エディターは監督や撮影監督と同じく、1作品につきひとりで、アシスタントが何人かつくといったイメージでしょうか。

横山「はい。アシスタントの人数についても、フィルムのときは7名ほどいましたが、HDになった今では3~4名ほどです」

――そもそも、なぜ横山さんはエディターになりたいと。

横山「学生時代にカリフォルニアに短期留学し、映画に興味を持ちました。その後、1度日本で就職し、お金を貯めてから、改めて映画の世界に挑戦するために渡米しました。しかし、その当時は"映画に携わる仕事をする"ということのみ決めており、まだ具体的にどういった業種があるかも分かりませんでした。なので、この業界に入る際に大体の人が最初にやる"プロダクションアシスタント"といういわゆる雑用係から始めました。で、何度かやっていくうちに自分が"現場はあまり好きではない"ということに気づいたんです。現場だと、待ち時間は長いし、実際にどういうショットが撮られているのかも分かりません。それなら、編集室に入って、撮った映像が最終的にどういう風に繋がるのかというところに興味を持ったんです」

――横山さんが考えるハリウッドで成功する秘訣はなんですか。

横山「諦めないということですね。ハリウッドで成功するためには3つ大事なものがあると言われているんです。それは"諦めない・才能・運"です。この3つが必要だと言われています。で、才能・運はそれぞれ10~20%でいい。あとは諦めないということなんです。とにかく継続あるのみですね」

――話は変わりますが、横山さんが映画『ブラック・ホーク・ダウン』、『グラディエーター』などで一緒にお仕事をされたリドリー・スコット監督の最新作『プロメテウス』が公開されました。横山さんは監督にどのような印象をお持ちですか。

横山「とても映像感覚に優れた監督だと思います。自分の撮りたい物がしっかりと頭にあるので、他の監督に比べ撮る素材の量が少ない。通常戦争映画等は素材の量が大変多く70~80倍もの素材を撮りますが、ブラック・ホーク・ダウンは50~60倍程度でした」

映画『プロメテウス』

科学者エリザベス(ノオミ・ラパス)は、≪人類の起源≫の謎を探し求め、宇宙船プロメテウス号で地球を旅立つ。長い航海を経て未知の惑星にたどり着いたエリザベスらは、砂漠の大地にそびえ立つ遺跡のような建造物の調査を開始。やがて、地球上の科学の常識では計り知れない驚愕の真実を目の当たりにするのだった……

――それでも撮影にも相当な時間がかかると。

横山「いえ、私は撮影現場に行くことはあまりないのですが、彼は凄く撮るのが早いことで有名です。現場に入った段階で今日、何をどう撮るかを明確に決めているのです。1ショットで大抵3台のビデオカメラを回すわけですが、その位置も的確にすばやく指示する方と聞いています」

――最後に、映画『プロメテウス』を観た感想をお願いします。

横山「彼は映画を制作する際に、その作品の世界観というものをとても大切にします。世界観は作品ごとにもちろん異なるわけですが、本作でも彼の構築したかった世界観を強く感じました。まさに"リドリースコットの世界そのものだな"と思いましたね」

実際に映像編集を行なっている場所

横山氏とリドリー・スコット監督

映画『プロメテウス』は、8月24日 TOHOシネマズ 日劇ほか全国拡大ロードショー<2D/3D同時上映>。

撮影:石井健

(C) 2012 TWENTIETH CENTURY FOX